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連邦魔獣戦役クロード-よみがえる刃-  作者: てんたくろー
第一章・錆び付いた刃
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鮮やかなりし、天賦の才剣

 空を切り裂くように急降下してきた『特A型58号』の背に、すかさずミーナはよじ登った。片手を負傷しているがゆえにぎこちない動作を、魔獣のグロテスクなまでに生え連ねる翼のいくつかが抱えあげ、押し上げてサポートする。

 そんな異様極まる怪物の姿に舌打ち一つして、クロードは少女を決して見逃すまいと飛び掛かった。攻勢魔剣を油断なく構え、一気に斬りかかる。

 

「化物が……死人に殺されろ!」

「っ! 『特A型58号』!!」

『きゅっきゅっきゅっ! きゅうううう!』

 

 人間の域を超えた斬撃が再び放たれる。ミーナ目掛けての剣刃は、『試作10103号』を打ち倒したものと比べてもなお、鋭く早い。

 それを受けて短く叫ぶミーナに応え、『特A型58号』なる魔獣は無数の翼のいくつかをクロードへと向けた──戦慄の予感。戦歴が培った直感にて、彼は咄嗟に回避行動へと動きを切り替えた。

 

「ちっ……!」

『きゅきゅきゅきゅきゅきゅきゅっ! きゅきゅーっ!!』

 

 放たれる羽根が幾数十。硬質で速度の乗ったそれらは、引き絞った弓から放たれた矢さえもゆうに超える殺傷力だ。

 迫る羽根をすべて、手首のスナップを利かせた攻勢魔剣の回転にて弾き防ぐ。やはり常人には不可能な挙動だが、強靭な肉体を持つクロードならば容易なことではあった。とはいえすべていなしきった反動により彼も、それ以上の追撃には出られなかったのであるが。

 

 雪の大地に着地して、巨大に聳える魔獣を見上げる。畏怖でなく恐怖でなく、感心のみを以て男は呟いた。

 

「……中々のもんだな。イカれたババアの出来損なった玩具かと思えば、案外やるじゃねえか」

『きゅ! きゅ? きゅきゅー!』

「負け惜しみです? 風の魔剣士、貴方なんかに魔獣が倒せるわけないんです!」

 

 魔獣『特A型58号』の背から顔を出し、ミーナが勝ち誇って言う。リムルヘヴンによって片方の手を損傷させられたことによる痛みで蒼白だった先程よりは、元気を取り戻した風だ。

 

「魔剣士とは言え所詮は人間! しかも『プロジェクト・魔剣』で敗れ去った、貴方に何ができるものですか! 諦めて、死ぬか私たちに協力するか選ぶです!!」

「死ぬ方を選びたい……ところだがな。そいつは無理みてえだ、残念ながら」

「……何です?」

 

 嘲る笑みを浮かべるクロード。己か、それとも他の誰かを嗤っているのか定かでないが、少なくともミーナは不穏な挑発の気配を感じ取っていたらしかった。あからさまに不快げに眉をひそめ、彼を見る。

 死人めいた澱んだ瞳のまま、男は更なる嘲りを口にした。

 

「てめえら程度じゃ一生かかっても俺は殺れそうにねえってこった。まったく期待して損したぜ……あのババア、千年生きたとか大口叩いといて出来の悪い生ゴミしか創れねえとはな」

「……殺るです!」

『きゅ! きゅきゅきゅーっ!!』

 

 仕切り直したとはいえ多少、逃げを打とうとしていたミーナはその言葉に激昂した。すぐに魔獣をけしかけ、無数の羽根を射出させる。

 許しがたい男だ……魔獣を殺し、ミーナを嘲り、挙げ句の果てには『お婆ちゃん』たるミシュナウムまで虚仮にする言葉を口にした。絶対に殺さなければならない男だ。何があっても、そう、『この夢を馬鹿にするものは決して許さない』。

 

 放たれる羽根。たとえ一つとて、擦っただけでもダメージは必至なものを、それがすさまじい密度にて迫る。

 勝った、殺せた。確信する少女の期待と裏腹に、かつての魔剣士は酷く、つまらなさそうに呟いた。

 

「ほらな。やっぱり殺れそうにもねえ」

「? 何を──」

「容易く逆上するガキなんぞ、玩具もろくに振り回せねえってんだよ──『ストライクドライバー』ッ!!」

 

 轟音──大切断。無限エネルギーを超瞬間的に引き出した攻勢魔剣の、爆発じみた斬撃が放たれた。迸る光が地を裂き空を割り、当然ながら羽根など消し飛ばして更に魔獣とミーナを襲う。

 そして、『特A型58号』の片腕片足は次の瞬間。跡形もなく消滅して無惨な切断面ばかりを覗かせていた。

 

『きゅ──っ!?』

「な──空、空へっ! 飛んでぇっ!」

「遅い」

 

 呆然とする刹那、本能的反射にて叫ぶ少女と応える魔獣。しかしてクロードはそれらよりなお、迅速かつ容赦がなかった。

 『ストライクドライバー』の大斬撃を放つと同時に彼は既に、魔獣目掛けて走り出していたのだ。必然、慌てる少女が指示を出す頃には至近距離にまで接近している。動揺の隙を突くには絶好の機会だ。

 もう一撃。鮮やかなりし天賦の才剣が煌めいて疾走した。

 

「今度こそ、だ──死人に、殺されろ」

『ぎゅ──っ!?』

 

 今度は胴体、袈裟懸けに一閃。

 『ストライクドライバー』ではないが、それでもクロードの膂力は亜人さえ強引に引き裂く威力を生み出せる。攻勢魔剣の錆び付いた刃でも何ら問題なく、千切るように魔獣の身体は深く切り刻まれた。

 無数の翼の多くが散っていく。羽根舞う雪原の夕陽が、吹き出る血をも照らす中で、それでも魔獣『特A型58号』は空へと跳ねた。

 

『ぎゅっ、きゅぎゅーっ……!』

「逃げて、逃げて……! 飛んで! そう!!」

 

 必死に応援するミーナに、魔獣も力を振り絞ったようだった。ぐんぐんと高度を上げ、残った翼を無理矢理にでもはためかせる。

 追撃不可能な高度へと至りかねない──近接戦特化のクロードに代わり、再びリムルヘヴンが水の魔剣を構えた。

 

「ここまで来て逃げ切れると思うなっ!! 『タイダルウェーブ──」

「ヘヴンちゃん! 危ないっ!!」

「──何っ!?」

 

 逃げんとする魔獣とミーナを諸共に粉砕せんと、水の魔剣第二段階機能『タイダルウェーブ・ドライバー』を放たんとしていた矢先。突然リムルヘルが押し倒すように飛びかかってきて、リムルヘヴンは呆気なく雪の中に倒れ込んだ。

 

 いきなり何を邪魔するのか──などと、彼女は欠片とて思わなかった。肝心要のところでは自分などよりずっと大人でしっかり者の妹が、このような場面で何ら理由なくふざけるわけがないのだ。

 危ないと、言うからには危機が迫っていたのだ。護るように抱きしめるリムルヘルを抱きしめ返し、しかして脇に退けて体勢を整えるべく元いた場所を見る。

 大型の、犬らしい生物がそこにいた。血走った目と極端に大きく鋭い犬歯を除けば、自然界で見かけないこともないレベルの違和感のない見た目だ。

 

『ぐるるるるるるっ!! ふるるるるるるっ!!』

「くたばれ」

『────きゃいん!?』

 

 しかして殺意に溢れた唸り声。少なくともリムルヘルが危険視するのも頷ける程度には、目の前の生物は殺気立っているらしい。

 いきなり現れた脅威に対して、いつの間にやら接近したクロードが、即座に剣を振るっていた。斬りつけて胴体を真っ二つに開けて、更に首を跳ね飛ばす。当たり前のように犬は死に絶え、首だけが断末魔の呻きを余韻として残していた。

 

「新手か……だが、毛並みが違うな。こっちのがまだ、まともな生物してるじゃねえか」

『ぐ、るる……るる……る』

「ま、負け犬……奴は、『ミシュナウムチルドレン』とやらはどうした」

「空見りゃ分かるだろ。いねえよ……囮を呼んでいたとはな」

 

 問い掛けに指差す空にはもう、雲以外の何一つとてない。手負いの魔獣もミーナもどうやら、視認不可能な領域にまで飛び去ってしまったらしかった。

 逃げられたのだ。痛恨に顔を歪めるリムルヘヴン。一方でリムルヘルはクロードが今しがた斬り伏せた、恐らくはこれも魔獣であろう生物に視線を投げて呟く。

 

「……ワンちゃん?」

「見てくれはな。中身はこの通りだ」

 

 言いながら開かれた魔獣の腹を攻勢魔剣で更に広げる。本来あるべきものがそこにはなかった。ひたすらに血と肉ばかりが盛り出てきて、内臓らしきものがどこにも見当たらない。

 不自然極まる、現実味に乏しい内容のディテール。唖然としてリムルヘヴンが、呆然と呟いた。

 

「これは……筋肉ばかり、なのか? 骨や内臓はどうした」

「知らねえよ。これも魔獣の一種、ってなら分かるがな。さっきの継ぎ接ぎだらけの奴とはまた別口だろう」

「見かけは普通でも、中身は異様か。どこまでも常軌を逸した連中だ、『オロバ』というのは……!」

 

 およそ理解不能な仕組みをした生命体ばかりの魔獣に向けて、ついにヴァンパイアの少女は耐えかねて非難がましい声をあげる。

 先程の『ミシュナウムチルドレン』ミーナが繰り出していた魔獣もそうだが、外見か中身かその両方か、とにかくおぞましい性質をした箇所が必ずあるというのが、『オロバ』並びに『オペレーション・魔獣』とその関係者たちの異常性をこれでもかと物語っていた。

 

 もとある生物を組み合わせて異形を生み出すばかりか、そもそも構造からしておかしなものを造り出してしまう、倫理観の欠如も甚だしい所業。やって良いことと悪いことの区別がまるで付いていない組織の有り様に、リムルヘヴンは胸の悪くなるものを感じて呻く。

 

「狂っているな。何が奴らをそこまで駆り立てる? 『人間に進化をもたらすこと』を目的にしていると以前聞いたが、それは奴らにとって何なのだ」

「俺が『プロジェクト・魔剣』の時に聞いた話じゃ、何でも『人間は亜人の失敗作だから亜人の領域にまで引き上げてやる』って論法だそうだ。そうしたら人間は異常な速度の発展はしないだろう、とか何とかな」

「ふざけた話だ……人間は私とて好きになれんが、それでも亜人の失敗作だのと考えたこともない。奴らは奴らで、亜人にも勝る長所をいくらでも備えた種族だろうに」

「およよアダルトヘヴンちゃん!? オーナーもドン引きの超差別主義だった少女の身に何が、やっぱりアインきゅんきゅんへのあわーいピュア・ラブ・ハート? 横恋慕、しちゃうざんす?」

 

 リムルヘルが姉に抱きつき、耳元でそんなことを嘯く。半年前まで人間はおろか、ヴァンパイア以外の亜人種すべてを見下していたリムルヘヴンの変節ぶりはやはり、魔剣騒動にてアインを認めたことなのだろう。それを受けてのからかいだ。

 うんざりとした様子でリムルヘヴンは、首を横に振った。

 

「するかそんなこと……前にも言ったが私はアインに、男としての魅力など何一つ感じてはいない。剣士として尊敬に値する、それだけだ」

「そかそかー、ざんねーん。じゃあ半裸ちんでいこかー、今ならヘルちゃんも付いてきてお買い得なりよー」

「それこそ論外だ。男として以前に人としてすら厳しいわこんな負け犬。おぞましいことは口にもしてくれるな」

「どうせ俺なんか論外だよ……つっても死人だ、変にすり寄られても鬱陶しいだけだが」

 

 多少打ち解けた声音だがそれでも言っていることは手厳しいヴァンパイアの少女に、クロードはやはりいつもの死んだ瞳で応える。

 何にせよ戦闘は終わった。弛緩した空気の中、二人の魔剣士は剣を納めるのであった。

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