激闘
現れた巨大な、そして冒涜的なまでに禍々しい異様の魔獣。『試作10103号』、そう銘されているらしい化物は無数に生えた蜘蛛の手足で、リムルヘヴンに襲い掛かった。
『────!!』
「ぬ、ぅ!?」
息もつかせぬ連続攻撃。怒濤の勢いで放たれる爪の数々は、どれ一つ取っても致死に値する恐るべき威力だ。矢継ぎ早に迫る殺意に、リムルヘヴンの攻勢は一転して守勢へと追い込まれる。
『ウォーター・ドライバー』を振るい縦横無尽に鞭を走らせるものの、魔獣の連撃に追い付かずじわじわと追い詰められていた。
「おのれ……! このような、ことが!?」
「ふ、ふふふ……やっぱり魔獣は無敵なんです!」
「何を……っ!!」
ミーナの勝ち誇った声が、必死になって攻撃を避けるリムルヘヴンに聞こえてくる。それが癪に障って睨み付けると、少女は負傷した指を抑えながらも安堵したような、それでいて挑発的な笑みを浮かべて続けた。
「お婆ちゃんの『オペレーション・魔獣』は……貴女のような亜人なんかで止められるものじゃないってことです!! いつか『天命魔獣』へ至る大いなるこの使命は、私たち『ミシュナウムチルドレン』が果たすのです!」
「ガキがぁッ!! まだ私はほんの少しとて全力ではないぞッ!!」
「負け惜しみですか、みっともないですよ!」
「舐めるな、貴様ァッ!!」
侮られた不快さに激怒して、リムルヘヴンは『ウォーター・ドライバー』を思い切り、周囲のべつまくなしに撒き散らした。半ば強引に魔獣の攻撃をすべて、弾き飛ばしたのである。
生まれた僅かな隙。それこそが彼女の次なる一手へと繋がる瞬間だった。水の魔剣の機能を一旦停止させ、更に無限エネルギーを引き出していく。
「……!? その力、その出力!?」
「そんなに死にたいならば見せてやろう! 私が連邦へ来て辿り着いた境地、水の魔剣の最終進化系!! アインにも負けない、高みに至るための力をなぁ!!」
「な……にを、そんなの悪足掻きです!」
怖じ気を振り払うように叫ぶミーナだが、内心では既に分かっていた。目の前のリムルヘヴン、水の魔剣士は『最終段階』へと到達している。魔剣騒動においては第二段階までで戦い抜いていたのが、連邦に来てからの半年で進化を遂げてしまったのだ、と。すべて、魔剣から放たれるすさまじいエネルギーが物語っていた。
ここまでの出力に対抗できるだけの力は、少なくとも『試作10103号』にはない。となればもはや、撤退する他ないかとミーナは即座に判断を下した。先程の笛で同時に呼んでおいた、もう一体の魔獣もやって来る頃合いだ。後は、タイミングのみ。
そうして冷静に戦況の推移を見定めんとする少女を諸共に始末せんと、リムルヘヴンは魔獣目掛けて魔剣を構え、叫んだ。
「足掻きかどうかたしかめてみろ……その命、その魂で以てなぁッ!! 行くぞ──」
「──悪いが選手交替だ、ヴァンパイア」
極限まで高めたエネルギーを引き出さんとする刹那。リムルヘヴンがすべてを解き放ち、ミーナが強がりつつも怯え、魔獣もまた正体不明の危機を本能的に察知して震えた、その一瞬の狭間。
──割って入った男の、光を纏った刃が魔獣目掛けて刃を走らせた。一撃、二撃、三撃。一振り毎に爪が数本消し飛んで、腕が切断されて雪に落ちていく。
「え──!?」
「な、あ?!」
『────!?』
「あれ、半裸ちん? さっきまでここにいたのに、半裸ちん?」
予想外の事態に全員が硬直する。
時間が止まったような数秒、その中でたった一人、澱んだ瞳のままのクロードだけが光の収まった『攻勢魔剣』を構え、呟いた。
「『ストライクドライバー』。こんなガラクタでもまあ、手足くらいは落とせるか」
「……負け犬、何のつもりだ。どけ……っ」
「さっき散々暴れたんだ、俺にも殺らせろ──こんな程度の奴に、煽られたからって全力出してんじゃねえよ」
「……!!」
横槍を入れたことに憤怒と共に問いかけたリムルヘヴンだったが、逆に言い返されて平静を取り戻す。たしかに今、彼女はミーナに挑発されたことで我を忘れていた。圧倒的力で舐めた子どもを粉砕してやろうと、そればかりに意識が向いてしまっていたのだ。
昔からの悪癖の発露だった──プライドが高く怒りの沸点が低いゆえ、挑発や煽りにすぐに乗ってしまう。親代わりのヴァンパイア・アリスやその友、リリーナにもよく指摘されていた気質が、まさに出てしまっていたのだ。
「てめえの『最終段階』がどんなもんか知らねえが、こいつらに見舞うような程度の低いもんじゃねえだろ……第二段階、『タイダルウェーブ・ドライバー』でももったいねえくらいだ」
「……そう、だな。その通りだ」
「キレて余計な手札晒すくらいなら俺に寄越せ。こいつでもまだ足りねえが、もしかしたら何かの間違いで俺を殺してくれるかも知れねえからな」
「ふ……ふふ。どこまでもそれか、負け犬め」
あるいはそれが、初めてクロードに見せる本当の笑顔だったのだろう。リムルヘヴンは険の取れた表情で、苦笑いして応えた。
助かった、素直にそんな思いがある。危うく彼女は怒りに任せて、己が今放てる最大威力を軽々に披露するところだったのだ。戦士としてそれがどれだけ危険な行為か、当然彼女も分かっている。
しかしてまさか、この男に助けられるとは。奇縁も極まる話だと笑いながら、リムルヘヴンは後退した。クロードに向けて、告げる。
「後は任せる……お手並み拝見といこうか、風の魔剣士」
「そいつはとっくに廃業した。今の俺はただの死人だ──死んでねえだけのな!」
短く言い残し、飛び跳ねる。瞬迅たるその跳躍は容易く魔獣の懐に入り、同時に手にした鉄塊を思い切り振りかぶる。
「雑なんだよ、継ぎ接ぎが……死人に殺されろ!」
『────!?』
魔獣も咄嗟に反応し、いくらか残った腕にて攻撃をしようとするがもはや遅い。クロードは己が身体全体をコンパクトに回転させ、一息に超加速させた剣にて斬撃を放った。
亜人たるリムルヘヴンの動体視力にさえ捉えきれない程の、筋力と柔軟性と技術とが織り交ぜられた神域の剣。それがまさしく魔獣の胴体、無数の虎の胴体同士を縫い付けている部分を、寸分違わぬ精確さで両断した。
『────!!』
「早い……! 人間に出せる速度の斬撃ではない!」
「嘘!? 『試作10103号』の脆弱性を、ピンポイントで!?」
魔獣はもちろんリムルヘヴンもミーナも驚いているが、それぞれにその理由は異なる。魔獣は斬られたことに驚き、リムルヘヴンはクロードの一撃のあまりの早さに驚き。
そしてミーナは……わずかな時間で『試作10103号』の弱点とも言うべき脆弱な箇所を見抜かれ、あまつさえ的確にそこを突かれたことに驚いていた。にわかに信じがたい話だったのだ。
「何で、何で……! 魔獣の弱点を、そんな!?」
「新種の生命体っても、所詮はパーツ同士を無理くり接続してるだけ……当然接合部は脆いか。ミシュナウムのババアめ、案外いい加減なことしやがる」
「……! お婆ちゃんを知っている!? 貴方、誰です!?」
明らかにミシュナウムを知る素振りの男に、ミーナは焦りと恐怖を胸に問い掛けた。撤退はもはや確定事項にせよ、リムルヘヴンだけでやくいきなり割って入ったこの恐るべき戦士について、少しでも情報を探らなければならない。
そんな思惑を知ってか知らずか彼は、腹が裂けて倒れていく魔獣を他所に応えた。
「ただの死人だ……殺されに来た。殺してやるから殺しに来い。『オロバ』ならこんなもんよりもっと強いのいるんだろ? 出せよ」
「な……何を、貴方、一体」
「足りないんだよ、こんなんじゃ……俺を殺してくれよ。殺されるまで俺は殺し続けるぞ。どうせ俺なんか、殺して殺される以外に何もない死人なんだ」
魔獣に『攻勢魔剣』を突き刺して解体していきながら、殺すだの殺されるだの嘯く半裸の男。その異様さに理解不能な恐怖を覚えて、ミーナは後退りした。
人間……か、どうかさえ怪しい。目の前の男は身体能力も技も亜人のそれに近いのだが、多くの亜人種に見られる何がしかの身体的特徴が見当たらないのだ。人間のような気はするのだが、亜人らしい気もする。
そう言えば、と先程のリムルヘヴンの言葉を思い出す。彼女はそう、言っていた──『風の魔剣士』。
聞いたことのある輩だ。魔剣騒動に際して『オロバ』に与し、しかして敗れた剣士という。以後は行方知れず、死んだものかと思っていたのだが、まさか。
「貴方、もしかして風の魔剣士です!? 『オロバ』の下で活動していた、あの!」
「勝手に手下にしてんじゃねえよ。俺はてめえらを利用していただけだ。もっとも、そんな打算ごと砕かれて地獄に堕ちたがな」
「なぜ今になってそれが、私たちに敵対するんです!? ミシュナウムお婆ちゃんを知っているなら、協力するのが筋ですよ!?」
ミーナの主張が響き渡る。ミシュナウムとさえ面識を持つ元『オロバ』の剣士が、まさかここに来て自分たちの邪魔をするなどあり得ないことだ。むしろ協力するべきか、せめて関係ない立場でいるべきだろう。そう考えてのものだ。
だが結局のところ彼女の物言いは彼女だけのものでしかない。鼻で嗤ってクロードは、低い声で返した。
「知るか。てめえらの思惑なんざはなからこっちはどうだって良いんだよ……今は成り行きでてめえらを殺すことにした、それだけだ」
「滅茶苦茶ですっ!?」
「死人が生きてんだ、そりゃ滅茶苦茶だろうよ……!」
言いながら駆ける。既に解体し終えた『試作10103号』の死骸から一息にミーナの元にまで接近して、彼は攻勢魔剣を振りかざす。
すべての動作が早い。頭で考えてのことでない、ほとんど本能にて最短最速の身体捌きをしているがゆえの無駄のない洗練された動きだ。異質なまでの天性が、紫髪の少女を躊躇なく斬り付ける。
「ひ──っ!?」
「とりあえずは腕一本、もらうぞ」
次の瞬間には至近距離から攻撃を仕掛けてきた男に、おぞましい恐怖を覚えてひきつった吐息を漏らす、ミーナ。もはや全身は硬直し、クロードからすればどこを取っても一撃必殺に持ち込める程に隙だらけの姿だ。
まずは手足から。『オロバ』の情報、『オペレーション・魔獣』の子細について問い質すにはいきなり殺すわけにはいかない。加減して攻勢魔剣を放とうとした、その時。
空からすさまじいスピードにて襲いかかってきた、何かを彼は察知して回避した。
「──あぁっ!?」
『きゅっきゅっきゅっきゅっうううっう!!』
「ぁ、あ……」
突撃を避けて雪道を転がる。クロードが体勢を整えたのは、少しばかりミーナから距離をおいた辺りのことだ。襲撃者を見る。
鳥のような、象のような何かだ。長い鼻の先端に鋭く尖った嘴があり、巨体にいくつも翼が取り付けられており、無理やり飛んでいるかのように勢いよくはためかせている。
紛れもなく魔獣だ。舌打ちするクロードを前に、命拾いしたミーナが安心からその名を呼んだ。
「『特A型58号』! 来てくれたです!!」
『きゅっきゅっきゅっううう! きゅうううう!』
「気持ち悪い数の翼を生やした、今度は象かよ……マジでイカれてやがる、あのババア」
『オペレーション・魔獣』首謀者だったミシュナウムの造形センスに改めて、薄気味の悪いものを覚えながらも。
現れた魔獣に対し、クロードもまた構えるのであった。




