第七条(高級真珠)
高級真珠とは、その名の通り発掘した真珠の中でも高級品として取り扱う品のことだ。
ライグ商会と契約を取り交わした後、平民に向けた真珠と貴族に向けて真珠を選別する話を決めていた。
現地に訪れた宝飾を取り扱う商人や鑑定人を呼び、真珠の中でもより状態も良く色艶の良い真珠を高級真珠と呼んで区分けした。
現時点で発掘した真珠の中でも、とりわけ美しい真珠は流通に回さずレイド傭兵団とモルドレイドとの間で保管をしていた。素人から見ても形の美しいものは見分けがついたため、後々貴族に向けて売れるかもしれないと保管しておいたのだ。
「書面で書かれてた高級真珠がどんなものか視察に来ただけだったのだけれど、まさか賊が来るなんて思わなかったから。賊に奪われるよりも前に高級真珠だけでも回収しておくべきでしょう?」
「それは……」
言われてみればそうかもしれない。
けれど、状況が状況なのでそこまで考えは及ばなかった。
「高級真珠は何処に保管しているの?」
「発掘場の側に倉庫を作って保管してあるわ。レイドの者とモルドレイドさん……役人の一部だけが番号を知る施錠箱に入れてあるけれど」
「数はどのくらい?」
「一箱ですわね」
まだ遺跡発掘に人手を多く取れない状況の中、高級品と思われる品は多くはない。それでも随分と集まっていることは確かだ。
パトリシアとしてもライグ商会との話が落ち着いたら預けたいと思っていた品でもあった。
高級な品が保管されていると外部に知れ渡れば、それこそ盗人に入られるかもしれないと思っていたからだ。
「尚更急がないとね。では参りましょう」
「え?」
急に腕を掴まれたパトリシアはグイグイとアイリーンに引っ張られた。
「今から急いで馬を走らせれば良いことでしょう? まだ人もいるでしょうし間に合うわ」
「でも、この馬車は疲れているでしょう? 休ませないと……」
「馬車で行くつもりはないわよ。ねえ、用意して」
待機していた御者に声を掛けると、御者は急いで馬から降り、事もあろうに馬と荷台に掛かっていた紐を全て外してしまった。
残ったのは馬が二頭と、馬がついていない馬車の荷台と、御者である。
「一頭の馬に一人ずつ乗れば馬にも負担はないでしょう? 貴方、乗馬は出来たわよね」
「乗馬はできても……走れないのでは?」
「私が誘導します」
アイリーンは慣れた手付きで馬の鞍を自身の体型に合わせて形を整えていた。御者は既に話を聞いていたらしく、もう一頭の馬に鞍を付けている。
「貴方は走れないんだったかしら?」
「……走ることは覚えましたわ」
「上等ね。本当は二人乗りまで考えていたけれど。お陰で早く着きそうね」
パトリシアには信じられなかった。
女性二人が相乗りして馬を走らせては、それこそ危険な目に遭うのではないだろうか。
「アイリーン落ち着いて。女二人が馬で走って戻るなんて危険な行為だわ。しかも貴方は貴族なのよ? 何かあっては困るじゃない」
「ネピアからヴドゥーまでの間には兵がいたわ。むしろ今の方が安全でしょう? お兄様はギリギリまでネピアにいらっしゃるでしょうから、タイミングが良ければ帰りはお兄様の馬車に乗るのよ」
「でも……」
「パトリシア。貴方、ライグ商会とレイド傭兵団の未来に繋がる一大事なのよ? ここで根こそぎ賊なんかに奪われたら真珠の価値すら危ぶまれるわ」
「…………」
その通りでもあった。
最悪の場合、賊に現在発掘した真珠を奪われる可能性についても話し合いには出てきた。
奪われたと想定しても、賊自体を一掃してしまえば財は戻ってくる事もあるし、何より未発掘の箇所は未だあるため未来はある。
けれど高級真珠ともなる物が闇市で取引されてしまえば、貴族界隈においても信用にヒビが入る恐れもある。更に高級品のみ闇で先に流れてしまえば、いくら後出しでライグ商会が高級真珠を紹介したとしても、貴族達は信用をしないだろう。
「ほら、いくわよ。私だって朝食も抜いて来ているのだから、貴方もさっさとなさい。運が良ければ昼過ぎには食事にありつけるわ」
「…………あの、申し訳ございません」
パトリシアは御者に向かって声を掛けた。
「ドレイク傭兵団にいるリンダという女性に言伝をお願いしてもよろしいでしょうか?」
パトリシアは諦めることを覚えた。
アイリーンがニッコリと微笑んだが、御者と話していたパトリシアには見えなかった。
途中休憩を挟みつつもパトリシアとアイリーンは馬を走らせた。
走らせるといっても、ドレスな上に乗馬にそこまで慣れていないパトリシアは落馬しないよう必死だった。時折アイリーンが馬を宥めたり指揮するお陰でどうにかなっているぐらいだった。
パトリシアは先ほどから驚いてばかりだった。
アイリーンがここまで乗馬が上手いと知らなかった。
彼女は、どちらかといえば茶会や舞踏会などで優雅に踊る印象や、女性達と陰口をして愉しむような人物だと思っていたからだ。
けれど目の前で乗馬をしている彼女からは、その印象は一切ない。
「乗馬が出来たのね」
馬を休ませるためにも走らず歩いていたので、軽く会話を始めた。
「ルイお兄様……次兄に教わったの。兄は頭は悪いけど乗馬は得意だったから、おねだりしたらすぐに教えてくれたし良い馬も与えてくれたわ」
一言とんでもない単語が出ていた気がするが、パトリシアは気にしないことにした。
「私は貴方が馬で走れることに驚いたわ。貴方、乗馬は散歩程度だったでしょう?」
「傭兵団で馬を飼いだしたから教わったのよ」
時間を作ってヒースがミシャに乗馬を教えていた。そのついでにパトリシアもヒースから馬の走り方を教わっていたのだ。
「ふぅん……ねえ、どうして貴方は死んだことにしているの? どうして傭兵団なんかに身を潜めているのよ。修道院はどうしたの?」
とんでもない勢いで質問をしてくる。
「貴方が死んだ話が出た時は最悪だったわよ。私とクロードが殺したんだって陰口が酷かったんだから」
「……間接的には合っているとも思えるのだけれど」
「何よ。貴方がクロードの手綱を引いていないからいけないんでしょう? さっさと奪ってくださいってばかりに放置してたんだから」
次々と出てくるアイリーンの悪態に、パトリシアは何処か懐かしさを抱いていた。
アイリーンと顔を合わせては、こうして口喧嘩のようなことをしていた気がする。
言葉で敵わないパトリシアは、怒りに任せて紅茶を彼女にぶちまけたこともあった筈だった。
「貴方ってば、わざわざわたくしがクロ……ライグ会長に捨てられるところを従者まで付けて確認していらしたわね」
クロードに婚約破棄された時の事を思い出し、つい口を滑らした。
「貴方がヒステリー起こしてクロードを襲わないか心配だったのよ。ところが賠償金要求してきたでしょう? 誰の入れ知恵よ」
「正当な権利でしょうに」
「想定外だったわ」
あけすけに語るアイリーンの言葉にパトリシアは微笑んだ。
以前は何を言われても苛立ちしか覚えなかったアイリーンとの会話が、ここまで楽しいと思わなかった。
それは、真にアイリーンと向き合っていなかった、かつてのパトリシアでは気付かなかったのかもしれない。
まあ、それでも。
「セインレイムに無駄金掛けるなんて屈辱的だったわ」
堂々と悪態を吐く黒髪の美女と。
友人関係を続けたいとは、思わなかったが。




