第六条(旧知)
大勢を乗せた馬車は、重い空気を纏いながらゆっくりと進んでいく。
ぎゅうぎゅう詰めになった馬車には女子供が乗っていた。小さな子供はよく分からない突然の馬車に喜び、その笑っている声だけが、唯一明るい空気を出している。
パトリシアとミシャは肩を寄せ合いながら馬車に乗っていた。
ネピアを離れ,ヴドゥーへと向かう道のりを、ただひたすら無言のまま進んでいったのだ。
久し振りに訪れたヴドゥーは変わらぬ賑わいの中に、ネピアと同じで武装した人が目立った。
以前は所狭しと並んでいた露店も中止されているのか見当たらない。行商人の姿もないため、どうやらヴドゥーでも一部避難を行なっている様子だった。
到着した馬車を誘導する人々の声が聞こえてくる。その中にパトリシアは聞き覚えのある声を聞いた。
「リンダさん」
「あら、パトリシアさん!」
書類をまとめ人に指示出しながらテキパキと働いていたリンダは、パトリシアを見ると笑顔で走り寄ってきてくれた。
そうして暫く見つめていると優しく肩を叩いた。
「疲れているでしょう? ゆっくり休んで頂戴。明日からまたドレイクを手伝ってくれるかしら?」
「勿論です」
久し振りの再会を懐かしむ時間もなかった。
パトリシアはネピアから一緒に来た町民を臨時で避難させる場所へと誘導した。
ドレイク傭兵団の建物は広いため、訓練場に野営を立てたり会議室などの部屋を子供や体の弱い者へと配分した。
食糧などもレオが既にヴドゥーの領主と話を合わせてくれていた。更に、ネピアで手に職を持っていたものはヴドゥーの地でもその仕事を役立ててもらおうと声を掛ける。
元々ネピアとヴドゥーは親交も深いため、急な受け入れに対してヴドゥーの町民からも反発は無かった。どちらもお互い様の状況だ。ネピアが街を犠牲にする分、ヴドゥーは全力でネピアの民を救護する必要があるのだと説明もされているのだろう。
ミシャは走り回り、ネピアの民に対し困ったことや不安がないか確認をとってくれている。それに加え、町民の誰が何処にいるのかも調べている。
パトリシアは久し振りのドレイク傭兵団で出来る限りの仕事をしていた。
ヴドゥーでの初日は、あっという間に終わった。
暫く水を多く使用できないため、入浴は限られた者を優先で行う事になる。
パトリシアは自身に用意された水桶から僅かに水を布地に染み込ませ、シュミーズだけを着た状態の自身の身体を拭き始めた。
馬車移動の間に砂埃が付着していた上に、ずっと働き通しだったため早々に清めたかった。
パトリシアにはすぐ移動ができるようにとリンダの私室を相部屋にしてくれた。
遠慮なく使って構わないと言われたものの、パトリシアは遠慮して僅かな水で身体を清めていた。
既に夜更けの頃。パトリシアは一人きりでリンダの部屋にいた。リンダは既に自室のベッドで眠っているため大きな音は立てられない。
身体を清め終えたパトリシアは就寝用のワンピースを身に纏ってから窓の外を覗いた。
リンダの部屋は二階にあった。
ここからでもアルマンの狼煙は見えるだろうかと、遠目を眺めるも分からない。
高台に行けば見えるらしく、ヴドゥーでもアルマンの狼煙に気付いていた。
アルトとモンドは賊の討伐のため暫く傭兵団には戻っていないらしい。
パトリシアは小さく溜め息を吐いた。
ヒースは無事だろうか。
バックスはオールドレと共に避難を行ったというが、ヴドゥーではなくバックスが働いていた商会の方に移動しているらしい。
この危機の状況でも商売を途絶えさせてはならないという使命感を抱く商人達は活動的だった。
そう。
誰もがみな、不安だというのに自分に出来ることを精一杯してくれる。
貴族の頃には見ることの無かった、一人一人の絆がパトリシアは愛しかった。
(どうか無事でありますように……)
パトリシアは夜の月に向けて祈った。
愛すべき街が無事であるように。
そして、大切な人が傷を負うことなく無事であるように。
翌日。
朝からパトリシアはパンを焼いていた町娘と共に生地を捏ねていた。
けれど段々とパトリシアの料理の腕前に不安を見せた町娘に「休憩してていいから!」と追い出されたところだった。
まさか、パン作りまで断られるとは思わなかった……
次の馬車が来るまでに朝食の支度をと思っていたパトリシアは、それならせめて出迎えの準備をすべきと外に出た。
次にネピアから馬車が来るのはあと数刻後の予定である。計画的に馬車を走らせる話は聞いていた。
町民のリストを手に取り再度確認をしていると、遠くから馬車の音が聞こえてきた。
随分早い到着だと思い顔を上げたパトリシアは硬直した。
つい最近見たばかりの紋章が目に入ったからだ。
馬車は通り過ぎることなく何故かパトリシアの目の前に止まった。
馬の嘶く声、御者が用意するまでもなく開く馬車の扉。
「ご機嫌よう? パトリシアさん」
したり顔の黒髪の美女、アイリーンが降りてきた。
パトリシアは驚きのあまり声を出せずにいたが、気にせずアイリーンはパトリシアに近付いてきた。
「貴方の葬儀に参列しなくて良かったわ。無駄な時間を作るところだったわ」
兄と同じことを言っている。
「……その様子ですとご存知なのね」
何が、とは言わない。
アイリーンは嬉しそうに微笑んだ。
「ええ。パトリシアの名を聞いた時からおかしいと思ったのよ。レオお兄様は嘘をつくのが下手なことが弱点ね」
パトリシアにはそこまでレオがバレるような態度をしていたとは思わなかったが、どうやらその後二人の間で核心を突くような話し合いがあったのだろう。
「驚いたわ、まさか気位高い貴方が平民として生活しているなんて」
意外そうにしているアイリーンの顔を見て、パトリシアもそこには同意したかった。
前世を思い出すまでのパトリシアは、気位だけは一人前だった。寂しさを傲慢さやプライドという鎧で身に纏っていた頃を知っているアイリーンからしてみれば当然の意見だろう。
「……ドナルド子爵ともあろうお方が、平民のわたくしに何の御用でしょうか?」
パトリシアは静かに頭を下げた。
いくら顔見知りとはいえ、相手はパトリシアよりも身分が高い存在だ。
けれどパトリシアの態度にアイリーンは衝撃を受けたらしい。
「ちょ、ちょっと、貴方本当にどうしちゃったの? 絶対噛み付いてくると思ったのに! それじゃ本当に平民じゃない!」
「ですから、仰る通り平民なのです」
いつも口喧嘩ばかりしていた二人だったためか、こうしてパトリシアが膝を折り頭を下げる様子にアイリーンの調子も狂わされているらしい。
美人な顔を困惑させながら、「無礼は許すから元の口調に戻してくれない?」と頼んできた。
どうやら調子が狂うことが嫌だったらしい。
「お言葉に甘えて……帰らなくてよろしいの? 賊が近くに来ているのよ?」
「帰るわよ。用事を済ませたら」
そう言うとアイリーンは薄い唇を吊り上げて微笑んだ。
「貴方から高級真珠を受け取ってからね」




