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第十一条(帰社)

 舞踏会は夜通し華やかな時間を彩っていたが、パトリシアはレオが退場するのと同時に舞踏会を離れた。

 退場もまたレオにエスコートされていたパトリシアの噂は、まことしやかに貴族界隈で流されることになった。

 湖畔ネピアの新領主、謎の令嬢と共に舞踏会へ。謎の美女は真珠の精霊? などという新聞記事を後日目の当たりにしたレイド傭兵団で大笑いされる未来は、まだ少し先のことである。




 夜も遅い時間のためネピアに戻るわけもなく、パトリシアはヒースが借りたという宿に向かうことにした。

 レオからは特別報酬と、今日のエスコート分の報酬をしっかり払ってくれた。ついでに護衛も付けるかと、ドレイク傭兵団から雇っていた青年を呼び出そうとされたため慌てて断った。それでは何のために護衛をしているのか分かったものではない。


「護衛を傭兵団に任せたのは力量を測るためだってのは知ってるだろ? 俺には俺の護衛がいる。気にすることはない」

「それでも何があるか分かりませんので」


 渋るレオの様子から、彼が案外親切な青年なのだと認識したパトリシアは、せめて姿を見せないように顔を隠せるフードだけを借りることにした。

 貸衣装のドレスや装飾は全て取り外し、私服に戻した。整えた髪型だけは洗わないと戻らないため髪型だけが華やかなままなのだ。その姿で夜の街を歩いていれば客商売の人間と間違えられそうなため、フード付きのマントを借りたパトリシアは髪と顔を隠して外に出た。

 夜も遅いため馬車は無い。人の通りも少ない道をパトリシアは歩き出そうとした。

 が、マントが突然引っ張られた。


「な〜に一人で帰ろうとしてるんだお前は」

「ヒース!」


 急に引っ張られたことで驚いていた体が弛緩した。

 振り向けば少し怒った表情を見せるヒースが立っていた。

 服装は先ほどと変わらず正装のままだった。


「一緒に帰るぞ」

「お仕事はよろしいので?」

「もう終わった」


 さっさと進んでしまうヒースの後をパトリシアは慌ててついていった。


「どうだった?」

「はい?」

「ガーテベルテさんとの話し合いだよ」

「ああ……はい……」


 改めてパトリシアはレオと交わした話を説明した。

 元婚約者であるクロードの商会と、その婚約者でありレオの妹でもあるアイリーンが真珠業を狙っていること。

 そして、レオにはどちらを選ぶべきか課題を出されているということを。


「随分と難題を叩きつけて来やがるわ」


 ヒースは渋い顔をした。


「ですが、身内という視点で即決されなくて良かったです。ガーテベルテの一族といえば血の結束の固さで有名でしたから。もしレオ・ガーテベルテではなく彼の長男や次男であれば、即決して真珠業の受託はアイリーンの元にいったことでしょう」

「そういう意味では、良い領主ってことだね」

「ええ。本当に」


 会ってまだ間もないレオだったが、パトリシアは良い人材だと思った。

 狭い視野ではなく広い目で分析する冷静さと、私情に囚われない考え方の持ち主は貴重だ。

 ガーテベルテの事が本当に嫌いであればアイリーンの誘いなど一蹴していただろう。けれども、彼はネピアの未来を考え、こうしてパトリシアにも話題を持ってきてくれた。それは容易いようで難しいことだと思う。


「本当に……良い方がネピアに来てくれましたね」


 嬉しさからパトリシアがヒースに向かって告げたが、ヒースからの反応はない。

 それどころか。


「領主に惚れたか?」


 などと聞いてきた。

 最近のヒースは、色恋について煩い……気がする。


「……惚れません」

「良い雰囲気で踊ってたじゃねえか」

「あれはっ!」


 踊っていたことを言われるとは思っていなかった。

 反論しようとヒースを見上げた時に、ふとヒースの表情が気になった。

 拗ねたような表情だった。


「…………もしかして、妬いてたりしませんか?」

「いいえ? してませんが」


 不似合いな敬語で返ってきた。

 パトリシアはみるみると頬を赤くした。

 嬉しい。

 妬いていてくれたのだ。


「…………レオ様は結婚相手にと女性を押し付けられるのがお嫌だからわたくしをエスコートしたのです。踊りは……社交の場でしたから、致し方なく」

「分かってるよ」


 苦笑しながら頭に手を乗せられた。まるで子ども扱いだ。

 少しでも嫉妬してくれたのではと思い浮かれていた自身が、すぐに落ち込み萎むのが分かった。


「うまかったな、ダンス」

「……わたくしの唯一の特技ですから」


 見られていたのなら、せめて少しでもヒースの目に大人らしい女性として映し出されていれば。


(それだけで十分ですわ)


 パトリシアの頭に乗せていた掌が、少しずつ下がり背中に回された。

 不思議に思いパトリシアがヒースを見上げる。

 彼の表情は真面目だった。


「見られてる。悪いがこのままでいいか?」


 パトリシアは周囲の視線など分からない。ただ、ヒースの言う事ならば本当なのだろう。黙って小さく頷き前を見て歩き出した。

 背中にあたるヒースの掌から感じる温もりに、ひどく意識を集中させながら。

 



 翌日になり、ヒースはまたレオの護衛として共にネピアへと向かった。

 パトリシアが居るのだということはバレたため、パトリシアも共に馬車に乗らせてもらうことにした。

 勿論、領主と肩を並べることは恐れ多いため、御者の隣にだが。

 馬車に揺られながらパトリシアはレオに言われた言葉を何度も思い出していた。


(いくら利点を訴えたとしても……成長性を見込めば確実にライグ商会が有利なのは一目瞭然ね)


 民の生活を潤わせることを考えれば、ネピアの民自身の益が減ろうとも、ライグ商会に委託する方が全体を通して見れば有益なのかもしれない。


(それはガーテベルテ卿も分かっているはず。それでもわたくし達に機会を与えたということは……ライグ商会に対しての不信もあるということ)


 パトリシアは揺れる馬車の中で俯き考える。

 すると、隣で馬が嘶く。

 顔を上げてみるとそこにはヒースが乗馬したままこちらを見ていた。

 手綱を片方の手で持ち、空いた手をパトリシアに向ける。拳を握って近づいてくるため、何か持っているのだろうかとパトリシアも顔を寄せた。

 ピンッと鼻を弾かれる。


「いたっ」


 突然の攻撃に驚いて声をあげる。

 鼻を軽く指で弾いたヒースは呆れた様子でパトリシアを見る。


「一人で考え込むな。あとでみんなで話し合うんだろう? いつも話し合う時間を作ってたのはアンタだろうが」

「そ……そうでした……」


 拍子抜けした様子のパトリシアに苦笑をしたヒースは、そのまま鐙で軽く馬を蹴り先を進み出した。

 定期的な会議をするべきだといつも言っていたのはパトリシアだった。


(そうだわ……この問題はわたくし一人の問題ではない)


 レイド傭兵団全員に関わる問題は。

 全員で話し合うべきだ。


 気を取り直しパトリシアは顔を上げた。

 その表情は、先ほどのように俯かず。

 ひたすらに前を見据えていた。



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