第九条(社交業務)
久々の更新です。お待たせしてしまいすみません…!
スウィーデルで行われる領主会議のメインは会議ではなく、社交の場だと噂されるほど華やかな会場となっていた。というのも改まった会議で話し合いをするよりも、酒を飲み会話を楽しみながら商談をする方が商売も上手く回るためだ。
卓上では話せないような極秘裏の相談や商売も繰り広げられる舞踏会。そんな華々しい舞台の中に、何故かパトリシアは参加していた。
貸衣装として用意されたドレスは上等な仕上がりの物だった。少しばかり大きいサイズでウエストの辺りが余ってしまうと分かると屋敷に臨時で雇っているらしい仕立て屋が調整してくれた。
深紅のドレスは艶めかしいスリットが入っているが、下品には思わせないようにレースが付いて素足が見えないようにデザインされている。
背が他の女性よりも高いパトリシアにはよく似合っていた。
普段は控えめに三つ編みでしかまとめていない髪も今は花飾りを付けて上にアップしてある。手や胸元に装飾品の宝石も付けているが、勿論借り物だ。
どうしてもこれだけは譲れないと、ヒースから貰った髪飾りだけは付けさせてもらった。
「ガーテベルテ様……これはどういったことでしょう」
「社交の場では下の名で呼べ」
質問した男はパトリシアに視線も合わせず、姿見で自身の襟元を正している。
「綺麗ですねぇ」とのんびり褒めてくれるノイズも正装だが、何だかふっくらした体系に正装しているからか格好良いというよりも可愛い印象を抱いてしまう。
「素性を知られない方がいいならこれを付けておけ」
近くにあった装飾品の中から、目元を隠す仮面を手渡された。仮面舞踏会でも行うのかとレオを見たが、どうやら本気らしい。
「余計に目立つような気もしますけれど」
「だがセインレイムのお嬢さんとは思われないだろう?」
「…………」
パトリシアは考えた末、ガラス細工の入った仮面を付けた。
レオが笑う。
「名前は愛称で呼ぼう。シア、リーア……何がいい?」
「何でも構いません」
「ではシアと呼ぼう。思う存分エスコートされてくれ」
「…………かしこまりました」
レオが腕を差し出したため、パトリシアは貸衣装の手袋をつけた手で、その腕に身を寄せた。
華やいだ舞踏会は既に開かれていたらしい。
受付にレオが名を伝えると高らかにレオ・ガーテベルテの入場を告げる。
周囲から微かに拍手を送られると同時に、パトリシアに視線が突き刺さる。
ガーテベルテ家という知られた名に、良い縁談相手だと声を掛けようとした令嬢達が足を止めた。
レオに並んで歩く若き女性の姿に男女問わず目を奪われたからだ。
美しい銀色の長い髪とスタイルの良い体。
整った顔立ちを思わせる輪郭でありながら隠された顔。
周囲がパトリシアを見つめているのだが、当の本人は仮面のせいで変に注目されていると思っている。
「あ……」
パトリシアは会場で見知った顔を見つけた。
ヒースだ。
レオの入場を待っていたらしく、入って暫くしてすぐに見つけた。
ヒースの洋装にパトリシアは目を大きくした。
彼も正装していたのだ。
ブラックタイの正礼服。社交の場では護衛であっても帯剣が許されず、常に帯剣していたヒースであっても剣を持っていなかった。
普段は適当に伸ばしたままの髪も整えられ、オールバックにされた髪型によって余計に大人らしさを醸し出す。無精髭まで剃り整えた顔立ちを遠目に見てパトリシアは頬が赤く染まった。
(あんなに整ったヒースを初めて見たわ……)
あまりの格好良さにパトリシアはドキドキしていた。格好良すぎて他の女性に声を掛けられてしまったら、と考えてしまうのは惚れてしまった欲目だからではない。事実だからだった。
日頃ヒースを知っている者がいれば別人と勘違いするだろう。それだけヒースの正装は似合っており、むしろその服装が馴染んでさえいた。
他の領主にも護衛として付き添うため正装している者が多かったが、誰もが着慣れない正装によりチグハグな姿になっていたが、ヒースは別だ。
(とても素敵ですが……わたくしはいつものヒースがいいわ……)
まるで遠い世界の人間になってしまうような印象を与えるヒースよりも、いつも側にいてくれるヒースの方がパトリシアには愛しかった。
ふと、ヒースと目が合った。
ヒースはパトリシアだとすぐに分かったらしく驚いた様子を見せていたが。
髪に飾られた贈り物を見て細やかに微笑み、小さく口を開き何かを話している。
パトリシアはじっと唇の動きを見た。
(き……? れ……?)
きれいだよ。
単語を理解したパトリシアの顔が真っ赤に茹で上がった。
「お前の本命はあいつか」
急に向けられたレオの言葉に、パトリシアは慌ててエスコートしている男を見上げた。底意地の悪そうな顔がパトリシアを見ていた。
「以前のシアには見られない色気があったから、クロードを忘れて誰とデキてるのかと思ったが、随分と年上の男だな」
「レオ……!」
「なんだ?」
違うのだと、慌てて否定しようと思った時、パトリシアの手に触れてくる気配に背後を向いた。
そして目を奪われた。
金色に輝く髪に誰をも魅惑する美しい顔立ちの男性、アルトがそこに立っていたからだ。
ヒースと同様に正装して。
「ご機嫌よう。美しき令嬢」
久し振りに見るよそ行きスマイルのアルトに手の甲をとられ口付けられた。
「ご……ご機嫌よう」
「よく似合ってますよ……出来れば私がエスコートしたいほどに」
アルトが横目にレオを見る。流し目でレオを見据えながら、レオにしか分からない無言の牽制を投げつけてくる。
「……お互い仕事が終わった後に、また」
「は…………はい」
もう一度手の甲に口付けた後、人混みの中に紛れて去っていくアルトの背中を見つめていると、レオがブハッと笑い出した。
「どっちが本命かな? 俺の付き添い人は」
「…………!」
「ああ、面白い。お陰で楽しめそうだ」
まるで浮気者ではと周囲がざわつくことなど気にもせず、レオはパトリシアの腕を引き。
彼らもまた、人混みの中へと紛れ込んでいったのだった。




