第六条(警告)
ドレイク傭兵団副団長というポジションを持ち、強さに自信と誇りを持つアルトは、好きな女性から盛大にお見舞いされたビンタによって赤くなった頬を触りながら宿の外に出た。
(やばい、ニヤけが止まらねえ)
ついつい揶揄いたくなる澄ました女性、アルトの想い人。
女性について生い立ちのせいもあり嫌悪していた自身が、唯一人の女性に対してだけこうも感情が揺さぶられることにアルトは新鮮な感情を抱いていた。
女性が嫌いというわけではない。生理反応は勿論存在する。
ただ、女という生き物の持つ妖しさや欲深さ、浅はかさを嫌悪している。
勿論ソレは女性に限ったことではない。男も大概は最悪だ。欲望に忠実で、己の行為の先に見据える未来すら見えていない……
アルトの生き方は、そんな軽蔑すべき両親から産まれた。その事をアルトは今もなお縛られると分かりながらも疎んできた。
けれどパトリシアと出会い、彼女はアルトの考える女性という存在を払拭した。
真っ直ぐに見据える瞳。仕事に対して責任を持ち、惜しみなく力を発揮していく。
媚びず、自身の信念を貫く彼女に惚れるのも時間の問題だと、知り合った時から何処かで考えていたのかもしれない。
しかし、相手はそう簡単に堕ちる人ではない。
数多の女性がアルトの美しい顔を見て惚れ惚れとする様子を見せてきているが、パトリシアは一切そんな素振りを見せたことがない。
それもまた、アルトがパトリシアに惹かれる理由でもあった。
アルトは両親に似たこの顔が嫌いだった。
小さい頃から端正な顔立ちのせいで、変な輩に声をかけられることもあった。大人の女性により力で押さえ込まれることもあった。それが余計に拍車をかけて女性を疎む原因にもなっていた。
パトリシアもまた、アルトを綺麗な顔だと思っていることは知っている。
けれど、それだけなのだ。
我が物にしたいとか、恋人になりたいとか。
そんな欲望を何一つ抱かずにアルトという人物は顔が綺麗だ、という認識だけで終わらせている。
それは当たり前のようでいて、アルトには今まで初めて会う女性だったのだ。
(あ〜……無理言ってこの仕事引き受けておいてよかった)
ドレイク傭兵団に届いたヴドゥー領主の護衛仕事は、何も副団長のアルトでなくても任せられる仕事だった。
しかしレイド傭兵団から仕事の依頼が来ていた時に思ったのだ。
もしかしたらパトリシアも着いてきているのではないか、と。
普通事務官が付いてくることなどないが、それでも可能性は捨てきれないために、率先して仕事を受けたいと名乗りあげた。
本来なら反対しても良い立場であるモンドもそれに承諾し、今に至っている。
(やべえな……)
恋心を自覚してからのアルトは思春期の少年のような反応を見せる。
好きな女性が視界に入るだけで嬉しい。
会話できるだけで嬉しい。
更には意識してもらえたらもっと嬉しい。
子供だ。
充分に承知している。けれども止められない。
何せアルトにとって、初めての恋なのだから。
宿から街を歩いていると、一つの気配に気が付き顔を上げた。
その顔を見てアルトは少年のように浮ついていた心を元に戻した。
この男の前でだけは、油断を見せてはならないと自覚しているからだ。
「よう。ドレイク傭兵団副団長殿」
「…………どうも」
はじめこそ訝しげに表情を変えなかったヒースが、少しして気の抜けたような顔で挨拶をしてきた。
アルトはパトリシアと知り合う以前からヒースの存在を知っていたが、相変わらず謎に包まれた奴だと思っていた。
辺境な傭兵団でサボりながら暮らしているヒースという男は、モンドとも顔見知りであった。
モンドという人物はアルトにとって父親のような存在でもあったが、尊敬すべき上司でもあった。
名を馳せる偉大な団長でもあるモンドと、何故田舎暮らしをするヒースが顔見知りなのか。
そもそもが不明だった。
そして今は恋敵でもある。
パトリシアがヒースに気があることは薄々感じ取っていた。
だがさっき会って改めて確信した。カマをかけてみたら的中したというのもあるが、パトリシアはヒースに対して恋慕を抱いている。
勿論、アルトは引くつもりなどない。
言い方は悪いが、アルトにはこの男に勝てる自信があったからだ。
歳も、実力も、彼女への想いも劣らない自信があった。
その考え方はまるで傭兵としての力量を測るような考え方でもあった。むしろ、そうして今まで生きてきたアルトにとっては、恋愛においてもそう判断せざるを得なかった。
「パトリシア、歓楽街で道に迷ってたから送っといた」
アルトが伝えるとヒースの表情が驚きで目を瞠った。
「気をつけろよ。大事な事務官だろう?」
「……ありがとう。悪かったね」
ヒースの表情は外の灯りが少ないせいもあって詳しく確認は出来なかった。が、感謝を述べる声に偽りはない。
「気をつけるよ。わざわざ副団長殿に手を煩わせたね……」
「いいんだよ。好きだから」
アルトの言葉にヒースは口を閉じた。
「この間聞いていただろう? 俺はパトリシアが好きだから。アイツを守れるんだったら何でもやる」
「…………」
「アンタはどうなんだ? ヒースさん。アイツに気が無いなら俺の行動には口出さないでくれよ。これからもきっと俺は今日みたいに行動していく。アイツを少しでも守れる役割を果たしたい。アンタにその役目はやりたくない」
投げかける言葉はヒースに対する挑発でもあった。
邪魔をするな。
邪魔をするなら、相手になると。
相手の反応を待ったアルトだったが、ヒースから返ってきた反応は予想外だった。
「……パトリシアのお嬢ちゃんがそれを望むならどうかアイツを守ってやってくれないか」
まさか、応援されるとは思わなかった。
これは不戦勝というやつか?
そんな風に構えた時、肩を掴まれた。指が、強い力で肩を食い込む。
「けれどお嬢ちゃんを少しでも傷つけてみろ。彼女が許そうと俺は許さないよ……?」
鋭い瞳に睨まれる。
否、鋭いだけではない。
殺気すら感じる。
強い獲物に狙われる時に感じる弱者の恐怖、危機感を知らせる信号がアルトを震わせる。
「…………」
恐怖で硬直する己を、どうにか律した。立ち止まっていることがやっとだった。
これほどの恐怖を味わったことはない。
ただ、一人の男に肩を掴まれひと睨みされただけだというのに。
一歩でも動けば、反論すれば殺されるような鋭利な刃に突きつけられるような感覚をアルトは初めて抱いた。
「……まぁ、今日みたいに見てらんないところがあるからなぁお嬢ちゃんは。よろしく頼むよ」
へらっと笑いアルトの肩から手を離した。
途端、周囲を包んでいた殺気が霧散した。
アルトは頸から一筋の汗が流れていることに漸く気がついた。
軽く手を振りながら宿の中に入っていくヒースの姿を、アルトは黙って眺めていた。
「何者だよ……あのおっさん……」
もしかしなくともアルトは、とんでもない能力を隠す鷹にちょっかいを出してしまったのかもしれない。
そんな風に思った。




