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第五章(セクシャルハラスメント)

 ネピアから馬車で二日ほどかかる道のりの先にスウィーデルという大都市が存在する。

 ユーグ大帝国で最も栄えた地は王都であることは勿論だが、商業地域として名を誇るにはスウィーデルの方が有名だった。

 スウィーデルは西部から王都に向かう際に誰もが必ず向かう中継地点でもあり、商売の拠点とされることが大きい。


(王都では税も高いけれどスウィーデルでは商売を行う者に対して税金の控除が決められているところが大きいのよね。とても商売人らしい土地だわ)


 パトリシアは傭兵団で勤めることになってから国の税について詳しく学んだ。

 前世の記憶を取り戻す前は令嬢としての最低限な知識しかなく、お金の回り方など女性は知らなくても良いとされる環境だったからだ。

 実際に調べてみれば前世の時にあった税に似通ったものがあって理解は早かった。

 ただ、住まう地域によっては国に納める税額を土地が補填する場合もあったりなど、前世とは異なるルールも勿論ある。

 その一つがスウィーデルで行われている税金控除の制度だったりもする。


(面白いわ……)


 窓から眺める景色を眺めてみれば、ブドゥーやネピアと異なり道の整備もしっかりしている。王都へと向かう道の舗装はしっかりしているが、スウィーデルに向かうほど舗装の整備は強固となっている。

 パトリシアは馬車で向かっているが、護衛を務めているヒースは領主と共に馬で先にスウィーデルに到着している筈だ。

 馬車の移動では二日かかる旅だが、馬を走らせれば一日と少しの時間で到着する。

 新領主のレオは馬車での移動を好まず一人の場合は馬で移動しているのだという。それに合わせてヒースと他護衛の者は馬で向かっている。


 今日が馬車での移動も二日目となり、あと数刻すればスウィーデルに到着すると聞かされたパトリシアは最終確認とばかりにスケジュールを頭の中で確認した。


(今日の夜に会議が行われる。その間ヒースさんは護衛。明日は会議が日中に終わってから夜会。その時間までの間に……レオ様との時間を作る)


 パトリシアはそっと三つ編みに結んだ髪につけた髪飾りに触れる。

 最近不安な気持ちになると自然に触れている髪飾りは先日ヒースから贈られたものだった。

 あれから毎日、パトリシアは身に付けている。

 もはやパトリシアにとって御守りのような存在だった。


(何事もありませんように……)


 パトリシアの願いは。

 ただ平穏に、レイド傭兵団で過ごしていたいだけだった。




 スウィーデルの街は大きかった。

 夕刻にもなるというのに街の賑わいは収まるどころか、夜に向けて一層騒がしい。

 露天だけではなく高級品を扱う商店もある。建物はずらりと並び所狭しと人の姿。


(すごい……人がこんなに)


 パトリシアは感激した。

 王都でも人の賑わいは多かったが、スウィーデルの賑わいは活気に満ちている。そして貴族平民関係なく出歩く姿もまた珍しかった。


(そういえばヒースさんが言っていたわね……スウィーデルでは階級による差別扱いはご法度だと)


 王都では考えられないが、商売を中心としたこの都市では身分階級による差別化は極力行われない。

 勿論高級店などに立ち寄る者は貴族が多いが、平民であろうと金を持つ者であれば受け入れる、というのがこの街のルールだと。

 パトリシアは始終周囲をキョロキョロと見渡しながら宿を探した。

 予め新領主の部下から宿の手配はされているという。場所と名前を聞いたものの、初めて訪れる土地では中々見つけることが難しい。

 そうしている間に日は暮れ、一番星が空に輝き出した。

 未だ見つけられず街を歩くパトリシアの足取りにも焦りが見え始めた。

 と、いうのも今いる建物が明らかに異なる場所だったからだ。


(ここは……よろしくないわ……!)


 露出の高いドレスを身に纏った女性達が表に現れ出した。酒に酔った男達が周囲を歩く。

 いわゆる娼館のある建物の近くに来ていたことに気づいたのは、建物の灯りがついてから気付いた。それまでは静かな建物で、宿街かと思っていたが方向性が違った。宿街だけど、宿街ではない。


 時々興味深そうにパトリシアを見てくる視線に気がついて、パトリシアはとにかく顔を俯かせながら足早に石畳を進んだ。

 焦っていたせいか、目の前に人がいることに気付かずぶつかってしまう。


「申し訳ありません」

「あぁ? お嬢ちゃん……何処の店だ?」


 酔った男にそのまま腕を掴まれる。

 顔を上げれば男はニヤけた表情を浮かべ、パトリシアを執拗に見つめてきた。

 ゾワっとした。

 本能的に危険を感じ、必死で腕から逃れようとするも力強く掴まれたせいで離れない。


「違います! わたくしは……」

「お高くとまりやがって……!」


 駄目だ。

 言葉で説き伏せることが出来ないと分かり、どうにか逃げようともがこうとした時。


「グッ……!」


 酷く鈍い音と共に男の呻き声が聞こえた。

 掴まれた腕の力が緩んだため、慌ててその場を離れた、見上げた先に立つアルトの姿に驚きを隠せなかった。


「アルトさん……?」


 アルトは、無言の圧力で男の喉元を握り身体を浮かせていた。青ざめていく男の様子を見てパトリシアは慌ててアルトに駆けつけた。


「これ以上は騒ぎになります……!」

「…………」


 アルトはやはり無言の手を離し、急に落とされた男は地べたに尻を打ち横になって呻いている。

 周囲の人から視線を受け始めたことに気づき、パトリシアは慌ててアルトの腕を取り走り出した。


「はあ……っ、アルトさん……どうしてこちらに……」


 人の気配が減った通りまで辿り着いたところでアルトに声を掛けたが。

 アルトが両腕を勢いよく壁に押し付け、パトリシアを囲うようにして迫った。


「アンタ、あんなところで何してるんだよ」


 怒っている。

 アルトの怒気にパトリシアは血の気が引いた。

 端正な顔立ちだと思っていたが、綺麗な顔が怒りに染まると恐怖までも増している。

 両腕によって阻まれて逃げることも出来ず、壁にへばりついた状態でパトリシアは口を開いた。


「道に…………迷っていました」

「はぁ? あのおっさんはどうした」


 おっさんという単語に失礼ながらヒースを思い出す。


「ヒースさんのことでしたら、護衛の仕事の最中です。わたくしも同行してきたのですが、別行動でして」

「ガーテベルテの護衛か」


 どうやら全てを把握しているらしい。

 はあ、と溜め息を吐くと共にアルトの頭がパトリシアの肩に乗る。


「アンタを見つけた時は驚いた……あんな所、一人で歩くなよ」

「……申し訳ございません」


 アルトが肩にもたれかかっていたかと思いきや顔を上げる。至近距離すぎて直視出来ない。


「……アルトさんはどうしてあそこにいらしたのですか?」


 パトリシア自身は道に迷っていたため仕方ないが、アルトがあの場に居たとするならば理由は限られている。

 まさか、と思い視線で問えばアルトは顔を赤らめて声を荒らげた。


「違う! 仕事だ仕事! 俺も護衛の仕事してるんだよ!」

「……でしたらこの場にいてはよろしくないのでは」

「バカ。中まで付いていけるわけないだろ……でも一応、俺の部下が別室同席してる」


 顔を赤く染めたまま、先ほどの勢いを萎ませた状態でアルトが答える。


「俺は利用しないぞ。アンタが好きって言っただろうが」


 思い出される告白に今度はパトリシアの顔が赤く染まる。


「……それとこれとは、別という言葉もありますし」

「あのなぁ。俺がそんな器用な人間なわけねえだろが。それに、俺はこういった所が特に嫌いなんだよ」


 端正な顔をしている癖に女性嫌いなアルトの言うことは正しい。

 心底嫌そうな顔をしているアルトの言葉を信じ、パトリシアは小さく頷いた。


「……とにかく、ここを出るぞ。宿まで連れてってやるよ」

「ありがとうございます」


 掴まれた手をそのまま離されることもなく、パトリシアはアルトに続く。

 気になってしまい手を離そうかと動くもそれ以上に強い力で阻まれる。


「宿はあそこだろ。俺の利用している宿から近いってのはアンタのところに邪魔してる部下から聞いている」

「アルトさんはどなたの護衛を?」

「ヴドゥーの領主だよ。例年依頼されている」


 そういえばヴドゥーにも領主がいた。

 パトリシアは見た事が無いが、モンドと歳が近い領主であるということは聞いている。


「……アンタはきっと、俺から言われたことを気にしてるんだろうけど」


 宿が近づいてきた頃に、ボソリとアルトが告げる。彼の目線は前を見ていて、後ろから付いてきているパトリシアにはその顔は見えない。


「俺は変わらない。アンタが誰かを好きでいようと、アンタがアンタでいる限り変わるつもりはない」

「え…………?」


 パトリシアは足を止めた。

 繋いでいた手がピンと伸び、アルトも足を止める。そうして振り向いた表情は穏やかだった。


「アンタがおっさんに気があることは知ってるってこと。だけど、それを理由に断るなって俺は言いたい。意味、分かる?」

「……………………分かりません」


 全然。

 パトリシアには分からなかったが。

 

 相変わらず憎たらしい笑顔を見せてくるアルトが近づいてきて、そのまま額に口付けてきたので。

 パトリシアは抵抗する余裕も起こせないままに、その口付けを受け入れてしまった。


 この後、パトリシアから盛大に張り手を食らったアルトの笑い声が、宿で休んでいた彼の部下に聞こえたのだが。

 普段大声で笑うことなどないアルトの笑い声は誰にも信じられることもなかったというのは。

 また別の話である。


 

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― 新着の感想 ―
アルト嫌すぎる。自分がされて嫌だったことを相手にしてることに気付いてないのかな。好意を持ってない相手に迫ってキスまでしてるのはハラスメント。育ての親に似ていますね。
[良い点] アァァァァァァ!!!!! アルトが好き過ぎるしんどいつらい幸せになって アルトルート!アルトルートはありますか!?!?
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