前編
闇堕ちする主人公が書きたかった。ただそれだけ。
イメージとしては、後に魔王と呼ばれることになる人物の過去編みたいな感じで。
この世界には、『魔物使い』と呼ばれる一族がいる。魔物使いとは、魔方陣を介して契約した魔物を呼び出し、使役する者のことである。
彼らは古来から科学技術を持つ人々と手を取り合い、互いに助け合いながら暮らしていた。
しかしある時代から、魔物使いは『ケダモノを操る一族』として、人々から迫害され始める。かつての仲間たちは急速に離れていき、彼らは故郷を追い出された。
追い出された数人の大人と子供は、しばらく途方に暮れていたが、やがて森の奥深くへと入り、そこを切り開き小さな集落を作った。
そうして彼らは身を隠すようになり、誰にも迷惑をかけず、慎ましく暮らすようになった。
俺━━━クライト・ミゲルが産まれたのは、そんな時だった。
物心ついた時には、両親は既にいなかった。村の大人たちによると、魔物使いを迫害する人々との戦闘で命を落としたらしい。孤児として過ごすことになった俺は、誰からも相手にされず、放っておいたら勝手にのたれ死んでるようなヤツだった。
そんな俺を拾ってくれたのがヤスミ、という少女だった。穏やかで清楚な雰囲気をもっていて、本来ならもう中学に通っているであろう少女だった。
彼女は今自分が生きていくのだけでも大変なハズなのに、「ミゲルよりお姉さんだから」という理由だけで、俺の世話を引き受けてくれた。
俺に最低限の読み書きを教えてくれて、少ない配給と資金を必死にやりくりしてくれていた。配給された食料が足りなかったときは、自分の分を俺に分けてくれたほどだ。
親のいない俺にとって、ヤスミは姉であり母親のような存在で、少年時代に俺が盗みもせずに真っ当に生きてこられたのも、全て彼女のおかげだ。
俺は、彼女に返しても返しきれないほどの恩を感じていた。いつか必ず恩返しをしよう、そう思って、少しでも出来ることを増やそうと、周りの大人から色んなことを積極的に教わった。
ある日のことだ。
ヤスミは俺に、『魔物』の扱い方を教え始めた。
「なにやってるの、ヤスミ姉ちゃん?」
「まぁ見てなさい。……よし、こうやって、と」
ヤスミは地面に小さく魔方陣を書くと、両手を合わせて小さく詠唱を紡ぐ。
すると魔方陣は小さく光り、中から二羽の鳥が飛び出してきた。それはサイズこそ普通の鳥と変わりないが、体が泥と土によって構成されている、偵察用の鳥型魔物だった。
「おおーっ、ヤスミ姉ちゃんスゲェーッ! 本当に魔物が出てきたーっ!!」
俺からの溢れんばかりの称賛をうけて、ヤスミはふふん、と得意気に胸を反らす。
ヤスミが今行ったのは、魔物の召喚だ。これはヤスミが、今は亡き母親から教わったものらしい。
魔物と契約をした魔物使いは、魔方陣を介していつでも魔物を呼び出し、意のままに操ることが出来る。
呼び出された鳥型魔物は、空中で旋回、Uターン、きりもみ回転と、ラジコンのような動きを一通りやった後、ゆっくりとヤスミの手のひらへと収まった。
「これが、魔物使役の入門編にあたる、『グランドバード』よ。さ、ミゲルも私が教えた通りにやってみなさい」
呼び出した二羽の魔物を魔方陣の中へと戻すと、ヤスミは俺の足元に書かれた魔方陣を指差した。俺はヤスミへの称賛を一旦中断し、魔物を使役するため集中する。
「集中して……。手のひらから出ている糸を、契約した魔物にくくりつけて、そのまま引っ張り上げる感じ……」
ヤスミの指示に従って手順を進めていく。今自分が契約している魔物は三体。その中からヤスミが呼び出したものと同じ『グランドバード』を選ぶ。
(糸をくくりつけて、引っ張り上げる……!)
ヤスミの言葉を頭の中で反芻させながら、詠唱を紡ぐ。
すると魔方陣から一羽の『グランドバード』が飛び出してきた。召喚成功だ。
「や、やったっ!」
思わず手を握りしめて喜ぶと、途端にそれまで生き生きと飛んでいた『グランドバード』は、突然スイッチが切れたように地面に落ちてしまった。
「ああ、ダメよ。集中を切らしちゃ」
地面に落ちた『グランドバード』を拾い上げながらヤスミは言った。
「『こちら側』へ呼び出された魔物にとって、魔物使いは魔力を補給する電池のようなものよ。ちゃんと集中して、魔力を送り続けないと動かなくなっちゃうわ」
ヤスミは拾い上げた『グランドバード』を魔方陣の中へ戻した。
「うへ~。ヤスミ姉ちゃんみたいにやろうとしたけど、すごく難しいねこれ」
「当たり前よ、私のは努力の賜物だもの。いきなり成功されたら、私の立つ瀬がないわ」
そう言ってヤスミは頬を膨らませた。怒らせてしまったかと慌てたが、その後にヤスミは、でも、と付け加えた。
「初めてで召喚、それにある程度飛ばすことが出来たのはすごいわよ。ひょっとしたらミゲルには、魔物使いの才能があるのかもね」
そのヤスミの言葉通り、俺は魔物使いとしてメキメキと力をつけていき、三週間後には『グランドハード』を三羽同時に使役することも可能となっていた。ちなみにそれを見たヤスミは「結局世の中才能か……」と遠い目をしたので、俺はなんだか申し訳ない気持ちになった。
「まぁでも、ミゲルは真夜中にずっと自主練していたんだから、当然か」
ヤスミが不意に言った言葉に、俺はドキリとした。ヤスミに召喚方を教えてもらって以来、夜にコッソリ魔物使役の練習をするのが俺の日課になっていたからだ。自分としては秘密の特訓のつもりだったのだが、ヤスミには全てお見通しだったらしい。
「私はサボってばっかりだったもんなぁ」
そう言いながらえらいえらい、と彼女が頭を撫でてくれた。優しく髪を掻き分ける彼女の手が心地いい。
ヤスミにほめられたことと、自分の努力が報われたのが嬉しかった俺は、ついつい天狗になってしまった。
「へん! じゃあヤスミ姉ちゃんが危険な目にあったら、俺が助けてやるよ! ヤスミ姉ちゃんよりも強いし、男だしな!」
「あらあら、あの泣き虫だったミゲルが、ずいぶん生意気になったわねぇ?」
可愛くなくなっちゃって、と彼女にデコピンをされた。
でもその後に、
「じゃあ、危なくなったら、ミゲルに守ってもらおうかな」
どこまで本気で言っているのかはわからなかったが、彼女はそう言って笑った。その日から俺は、前にも増して魔物使役の練習をするようになった。
しかしヤスミは、
「いい? これはあくまでも、自分の身を守るための力よ。無闇に見せびらかしたり、相手を傷付けるために使うものじゃない。そこは約束してね?」
ヤスミはこれだけは何度も言って聞かせた。時々口うるさいと思うこともあったが、俺がヤスミの言いつけを破る理由などないので、俺はヤスミに言われた通りに、魔物を無闇に見せびらかしたりはしなかった。
それから先は、とくに特筆することもない、平和な日常が続いた。ヤスミにほめられて、時々しかられた。魔物使役の練習は毎日続けて、魔物を使って物質運搬の手伝いをすることもあった。
決して裕福ではない生活。
しかし当時の俺は十分に満たされていた。
こんな日々がずっと続けばいいと思っていた。
……思っていたのに。
ある日のことだ。
敵対する人間が、ついにここまで攻めてきた。




