chapter3
周囲に見えるのは立ち並ぶ木々のみ。地面には雑草程度の草が生えていて、太陽に反射しているところが実にリアルだ。空は木々に遮られて見えないが、明るさからして仮想空間での時間は昼間なんだろう。
森林浴みたいに空気がおいしい。VRシステムって細部にまでこだわるんだな。
周囲のことばかりじゃなく、自分のことにも目を向ける。初期装備の【革のサンダル】と【旅人の服】を確認し、ナイロンっぽい感覚を堪能。【旅人の服】はナイロン製か。なんかイメージダウンだな。
っと馬鹿なことを考えてる暇があったら行動しないとな。俺は自分の顔を触って五感を確かめる。触角はもう現実そのものだ。視覚もしっかり機能してるし、聴覚については鳥らしき動物の鳴き声が証明してくれる。味覚は調べようも調べにくい。土でも食えば分かるだろうがそんなことはしたくない。そして嗅覚は手を匂うことで分かった。今日の夕飯だったカレーの匂いが・・・
「・・・カレー?」
ちょっと待った。なんかおかしい。そもそもVRの技術は精神だけを仮想世界に飛ばす技術だ。データ化された自分自身の情報を装置からパソコン経由で仮想世界に飛ばすものだ。
ならば現実での出来事は仮想空間に持ち越されるはずが無いのだ。なんせデータなんだから。
カレーのにおいなんかもっての外だ。そんなもんまでデータ化されたら体臭のものすんごいおっさんとかはどうなるんだよ。
「・・・そうだ!」
そうだ思い出した!俺にはスキルがあるじゃないか。それもこんな状況にぴったりのスキルが。
ちなみにスキルはスキル名を言いながら、自分がスキルを“使用する”と認識すればいい。確かこの動作をオーダーという。
「“神話”!」
ちょっと格好つけたがるのは男の性だから気にしない。
“神話”をオーダーして数秒。いきなり頭の中に声が響いてきた。
『キタァァーーーー!!!』
若い、というより幼い女の子の声が脳内で木霊する。脳味噌が揺れるような感覚に襲われて一瞬ふらつくがなんとか踏ん張る。
『やっとこのスキルがオーダーされたよぉ。待ち侘びたよ。15分ほど。』
・・・なんか腹が立つ神様だな。
『あっ、そういえばだけど、話す時は手を口に当てて喋れば私に繋がっちゃうよ。』
何か殴りたいのを必死で抑えて手を口に当てる。
『これでいいんですか。』
『おー繋がった繋がった。いや便利なもんだよ。このスキル。』
『一応聞くけどあんたは誰?』
『神様に対して“あんた”は失礼じゃない?まぁいいや。私はこの世界の管理者でーす。』
『運営の人ってこと?』
『いや、だから神様だって。私はれっきとしたホンモノの神様ですぅ。運営なんてけちな輩と一緒にするんじゃないよぉ。』
『・・・はぁ。』
こいつの正体はどうでもいい。とりあえず疑問点だけ聞いてさっさとこの腹が立つスキルを解除しよう。
『それはそうとして、俺の手に現実のカレーの匂いがついてるのは何故ですか?』
『あぁ。それはこの世界が現実の世界だからだよ。』
『え??』
『そうだなぁ・・・君たちでいう“いせかいとりっぷ”って奴。』
『なるほど。道理で現実感が高いわけだ。』
・・・いや、ちょっと待て。
『異世界トリップ!?』
『イエス。』
『はぁぁ!?ってWHAT!!?』
『えへへぇぇ。』
・・・とりあえず落ち着け、俺。現状把握からだ。
『なんでトリップしてるんだよ!?』
『お父さんが、「もうお前も十歳なんだから世界の一つや二つは治めないとなぁ。」とかいいだしちゃって。後からプレイヤー全員召集して詳しく説明するけど。』
『・・・』
とりあえず現状把握だ。自称神様の奴の台詞から分かるのは、
“お父さんの助言で新しい世界を作ってもらってそこに君を拉致しましたぁ。てへ☆”
見たいな感じの言い分。
『っざけんなゴォルアァァ!!!!』
『きゃぁぁ!!おっきな声ださないで!頭がぐらぐらするじゃないの!』
『うっさいわ!!俺はスキル発動と同時にそのぐらぐらを味わってんだよ!ってか早く現実に返せ!』
『無理!もうトリップしちゃったし!』
『無責任なこと言うな!俺にはなぁ・・・』
そうだ、俺には・・・
『家で俺の帰りを待っている漫画やゲームたちがたくさん居るんだぁぁ!!』
『なにそのビミョーなカミングアウト!?とにかくあなたはこの世界から逃れられないの!』
『どっかのボスキャラみたいな台詞吐くんじゃねーぞ!だいたいなぁ――――――』
それ以降の会話は無我夢中で、もう自分でも覚えていない。だが、最終的に俺は半ば強制的に納得し、ここが異世界だと認めるに至りました。
「俺の漫画・・・・俺のゲーム・・・・」
『モウダメツカレタシャベレナイ。』
お互いに意気消沈なのは言うまでも無い。




