第一話
ある国の卒業パーティーでの話。
王太子が男爵令嬢を虐げたと、侯爵令嬢を断罪し婚約を破棄した。
侯爵令嬢は言い訳もせず、会場を後にしようと踵を返した時、一人の侯爵令息が現れた。
幼馴染の彼は「昔から君が好きだった」と告げ求婚した。
先程まで気丈に振る舞っていた侯爵令嬢は涙を流し、求婚に応えた。
その後、王太子は、勝手に婚約破棄したことを責められ廃太子となり、国境近くの王領を男爵として治めることになった。男爵令嬢と共に。
侯爵令嬢と侯爵令息は一年後、式を挙げ結ばれた。
―めでたしめでたし―
なのは侯爵令嬢と侯爵令息だけ。
侯爵令息ルーカス・マルティンには、婚約者がいた。子爵令嬢マリア・ガルシアである。
当時婚約者がいるのにもかかわらず、公の場で求婚したのだ。
マリアは今でも忘れられない。
侯爵令嬢クリスティーナ・アコスタに駆け寄るルーカスの後ろ姿を。
ルーカスにエスコートされ入場したが、帰りは一人。馬車もなかったので、友人に乗せてもらい帰宅した。惨めだった。
ルーカスがガルシア家に顔を出すことなく婚約は解消された。あれほどの貴族がいる中での求婚をなかったことには出来ない。
その上相手は侯爵令嬢だ。廃嫡にすることも出来ず、マルティン家は慰謝料を払い、ガルシア家との関係を終わりにした。
アコスタ家からの謝罪はなかった。それどころか、マリアの悪い噂を流した。
「マリアは無理矢理ルーカスと婚約した」
「性格の悪いマリアにルーカスは辟易していた」
「マリアは男グセが悪く、金遣いも粗い」
「卒業前に婚約破棄していた」 等。
マリアには身の覚えのないものだ。
卒業パーティーでのルーカスのやらかしの婚約解消であり、マルティン家は謝罪している。
それに婚約は、財政難にあったマルティン家の援助のために結ばれたものだ。政略結婚であって、マリアが強請ったものではない。
ガルシア子爵家は隣国の血筋であるが、大商会ガルシアンを持つ資産家だ。爵位を金で買ったと言われるがその通り。
また国へ貢献が認められ男爵から子爵へ陞爵。まあ、たんまり税金を納めたからなのだが。
この婚約はマルティン家から申し出であり、この国の販促拡大の為、高位貴族と繋がりを持ちたいマリアの父アレックスが了承したという、紛れもない政略結婚であって、マリアは父親に従っただけで、そこに愛はない。
けれど、一生を共にするのに歩み寄りは必要と、マリアは努力してきた。
努力しなければ歩み寄れない相手がルーカスだった。
隣国で流行りの高級万年筆を贈れば、
「金持ちの自慢か」と言い、
課題の間違いを指摘すれば、
「少しばかり優秀なのを鼻にかけるな」と言う。
僻み根性丸出しだ。
その割にガルシアン商会で買い物をすれば、
「婚約者なのだから」と言って、支払いをガルシア家に押し付ける。
ルーカスは酷く身分にこだわる男だった。
たかが子爵令嬢とマリアを見下し、学園内でも自分より位の高い生徒には媚を売り、下位貴族の生徒には横暴に振る舞っていた。
マルティン家は侯爵家だが、度重なる水害によって不作に見舞われた領地は未だに復興出来ず、だからこそのガルシア家との縁談なのに、ルーカス一人が不平不満を言う。
両親があれほど金策に走り回っているのなら、少しでも力になれるよう、媚を売っている高位貴族に頼めば良いのに、プライドが邪魔するのか、頭を下げることができない。
両親はまともなのに、ルーカスはクズだった。
そして、クリスティーナ・アコスタ侯爵令嬢。
王太子に断罪されたが、冤罪だった……ということはない。
それこそ傲慢を絵に描いたような人物で、王太子に守られていた男爵令嬢と学園内で口論する姿を、同学年の学園生で知らぬ者はいない。
将来の王妃となるクリスティーナに逆らえるわけもなく、口を噤んでいたが、人を人と思わない態度で学園内を闊歩する様に取り巻き以外に近づく者はいなかった。
ただこの令嬢、猫かぶりスキルが高く、騙される大人の多いこと。
指摘されれば、「人間、裏表があるのは当たり前でしょう。私は上手に使い分けてるだけよ」と、淑女の微笑みで返す。
クリスティーナがお茶会に出席すれば、
「アコスタ令嬢はなんて美しい」
「淑女の鑑ね」
「クリスティーナ様は王妃に相応しい」
と大人は褒めそやす。学園に通う者たちは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「クリスティーナ様は傲慢です」
「学園ではやりたい放題です」
「大人の前でだけおとなしいのです」
彼らの親は信じない。そのような令嬢ではない。あなたも見習いなさい、と言う。
事実、断罪について学園内で調査されたが、大人達は学園生のやっかみと捉え、信じなかった。
更にクリスティーナはアコスタ侯爵夫妻に溺愛されていた。
アコスタ家は、没落寸前のマルティン家と違い、侯爵家の中でも筆頭侯爵家であり、クリスティーナの祖母は王家から臣籍降下した王女であった。
プライドが高いのも頷ける。
また、クリスティーナは祖母似で、王家の色である金髪青眼の持ち主だ。産まれて直ぐに第一王子との婚約が決まった。親にとって、これほど自慢な娘はいない。アコスタ侯爵夫妻はクリスティーナに必要な物は全部揃えた。教育、宝石、ドレス……。
クリスティーナは我儘を言わない。……が、それとなく自分を通す。自分に不利になるような振る舞いはせず、どう言い換えれば大人が思い通りに動くのか、幼い時から理解していた。
なかなかの腹黒女である。
ルーカスとクリスティーナ。
二人は八歳の頃、侯爵家同士の交流で知り合った。仲良く遊ぶ姿を親達は微笑ましく見守っていたが、側についていた侍女や従者は顰め面をしていた。
「王妃教育で、もっと民を思いやる気持ちを持ちなさいって、教師に言われたのよ」
「それはおかしいね」
「でしょ。民は私達のために働くもので、何で思いやらなきゃいけないの!って思ったわ」
「それは正論だね」
「そう思うでしょ!」
「ああ、民なんて家畜同然さ。爵位の低い奴らさえ相手にしたくないのに」
「分かるわ!……でもその考え方は危ないって言うの」
似た者同士だ。
だから冒頭の断罪が行われた時、
子爵令嬢を娶りたくない侯爵子息は、今がチャンスだと求婚し、
このままだとプライドが許さないと考えた侯爵令嬢は、これはチャンスだと求婚を受け入れた。
クズ男と腹黒女のカップルの出来上がりだ。
損をしたのは、元王太子とマリアだ。
元王太子のブラッドは国王の許可を得ず、勝手に婚約破棄したのだからお咎めなしとはならない。
しかし、クリスティーナが男爵令嬢を虐めていたのは確かなことだし、もう少しやり方があったのではと思う者も少なくない。
ただ、アコスタ家が上手だった。
ルーカスとクリスティーナの純愛ストーリーはあっという間に広がり、市井でさえも湧き上がった。そうなればクリスティーナの罪など関係ない。
ブラッドのせいで、クリスティーナは傷つき、そうせざるを得なかったのだと……。
……真実を知るのは学園生のみ。
ブラッドと共に男爵領へ向かった男爵令嬢はというと、「命令されたのはここまで」と、着いた翌日には姿を消していた。
婚姻しろとは言われていない。共に行けと言われただけだ。
確かにそうだが、この男爵令嬢もなかなかのクズ女だった。
マリアは市井で流行っている小説から悪役令嬢と呼ばれていた。おかげで次の婚約者が見つからない。
あの噂はクリスティーナに瑕疵を付けたくないアコスタ家が流したものだが、あんなクズ男と婚姻しなくて済んだことだけは感謝しよう。嫌だけど……。
マリアをそこら辺の小石の様に捨てたルーカス、
マリアに覚えのない罪を着せたクリスティーナ。
マリアは「ふふふ」と笑う。
自分を貶めた人間が幸せになるなんて許さない。
教えてやろう。ハッピーエンドの後でも悪役令嬢が生まれるという事を。
マリアのガルシア子爵家は領地を持っていない。隣国からきた商人アレックスが男爵位を買い、多額の税を納めて陞爵し今の地位にいる。
ガルシア家が経営するガルシアン商会は、この国のトップクラスで、旅好きの父アレックスとマリアの兄マルクが国内だけでなく、異国からも商品を仕入れ開発も手がけている。
元々数字にも強い二人に加え、母ジュリアも人事を担う力があり、質の高い従業員のおかげで、ガルシアン商会に敵はいない。
マリアも家族の素質を受け継ぎ磨いている。
そんなガルシア家が、もし、領地を拝領できるとしたら……と考えたことがある。
その場所がズバリ、元王太子ブラッドの男爵領だ。国境に近い今はウォーレン領となった場所に拠点を置くことで、隣国にも商売を広げられると考えていた。
国境として連なる山々には、隣国からつながる鉱脈があるかもしれない。事実、国境を挟んだ反対側の領地では良質のルビーが採れている。こちら側は手つかずだ。確証はないが、調べる価値はあるだろう。
他にもガルシア家が掴みきれていない物があるかもしれない。
さて、そこまで考えていたのなら、やることは一つ。
「マリア。ブラッド・ウォーレン男爵に縁談を申し込んだ」
「でしょうね」
「承諾の手紙が届いた」
「早いですね……」
「向こうも相手がいないからな。お前にも」
「私のせいではありません」
「だな。だからこそ、彼奴等を潰すチャンスだろう」
「ですね。グウの音も出ないくらい仕返しでやります」
既にアコスタ家との取引はしないよう、ガルシアン商会に通達してある。マルティン家には謝罪も慰謝料も貰っているため、罪悪感が残るが、何せクリスティーナの嫁ぎ先だ。申し訳ないが共に没落してもらおう。
これからジワリジワリと首を絞めていく。
父アレックスと娘マリアは、ニヤリと笑う。側についていた家令の「怖っ!」と言う呟きは聴こえない。
そして一週間もしない内に、マリアは、ブラッドのいるウォーレン領へ旅立った。
お読みいただき、ありがとうございますございました。




