雨に降られて
キ~ンコ~ンカ~ンコ~ン……
「ん~~~」
ぐ~んと伸びをして、凝り固まった体を伸ばす。この、体が軽くなる感じが気持ちいい。
「桃渓くん今日はずっと描き続けてたね」
ストレッチをしていたら館花に声をかけられた。
「おかげで体がガチガチだよ」
「私も肩こっちゃった。ねぇ桃渓くん、今日なにか用事ある?」
「特にないよ」
「じゃあさ、今日桃渓くんの家遊びに行ってもいい?」
「いいけど、何するんだ?」
「あゆちゃんがね……!弥生ちゃんと遊びたいんだって」
「あゆも来るのか、じゃあ家じゃなくて外で遊ばないか?ちょうど体動かしたい気分だし」
「うん。あ、でも」
「でも……?」
「ううん、何でもない。じゃあ15時に公園でいい?」
「おっけ、15時に公園だな」
「じゃあ、帰ろっか」
◇
「いくよ~!そ~れっ!」
館花がフリスビーを投げ、俺と弥生が競争して取りに行く。今のところ全敗。おそらくこの後も全敗だろう。
あゆは座って手の中でボールを転がしていた。弥生と遊びたいんじゃなかったのか?
休憩がてら、あゆと話しにベンチへ。
「あゆも向こうで一緒に遊ばないか?」
「あたしは……いいわ」
もしかして、この間のこと気にしてるのかな……。そりゃそうだよな……。
「この間キ……」
「この間のことは、気にしてないから……。寧ろ……」
「良かった~」
この間のことじゃないとなると、なんだ?
ん~……まぁいいか。
「ーーじゃあさ、ふたりでキャッチボールしない?」
「ふたりで……?」
「うん。ふたりで」
「……やる。行きましょ♪」
お、遊ぶ気になった。キャッチボール好きなのかな?
「投げるぞ~」
最初だし、優しく下から投げるか。
「ほいっと」
ボールは、きれいな曲線を描いてあゆの元へ。
「あうっ」
ボールをキャッチしようとして前に出たあゆの額にボールが当たり、地面に落ちた。落ちたボールはそのままころころ転がっていってしまった。
「……。大丈夫か?」
「大丈夫……」
遊ぶ約束をしたとき館花が何か言いかけてたのは、あゆが運動音痴だからか……?
まさかな、と思いつつ、ボールが当たって少し赤くなった額を撫でてやる。
「よしよし」
すると、顔全体がじわじわ赤くなってきた。
「おい、顔真っ赤だぞ。熱とかあるんじゃないか?」
あゆは顔を背けた後、落ちたボールを拾いに行った。
「大丈夫!次は、あたしが投げるわ!」
「よし、こい!」
あゆがピッチャーさながらの構えをとり、投げた!
「えい!」
あゆが投げたボールは、頭上で手からすっぽ抜けて、あゆの頭に落ちた。
「あうっ」
「……」
これは間違いなく、運動音痴だ。
「大丈夫か?あゆ」
「恥ずかしい……!もうあたしお嫁に行けないわ……!」
大袈裟な……。
「ほら、俺が教えてやるから」
「お嫁の行き方……?」
「違う!ボールの投げ方!」
……
「こうやって……」
ポツ……ポツ……
ザーーーーー
「急に振ってきやがった」
あゆにボールの投げ方を教えていたら雨が降り始めた。
「館花!弥生!家に帰ろう」
雨宿りすることも考えたが、雨がいつ上がるかわからないため、家に帰ることにする。
あゆの手を引き、家に急いだ。
……
「うわぁ……ずぶ濡れだ」
「だねぇ」
「ちょっと先リビング行って待ってて、タオル取ってくるから」
玄関で靴と靴下を脱ぎ、タオルを取りに脱衣所へ。
「ほい、タオル」
「ありがとう、あゆちゃん拭いてあげるね」
「弥生、拭いてやるからこっちこい」
「うん!」
弥生の頭を拭きながら館花の方を尻目に見る。随分濡れてるな……、服もべったり張り付いて下着が……、下着?!
「た、館花!下……!じゃなくて、風呂入ってけよ」
視線を逸らしながら、そう伝える。
「いいよ、すぐ帰るし。あ、傘貸してくれる?」
「ゆかり、あなた下着が透けて見えてるわよ」
「え?!」
館花が自分の姿を見て、恥ずかしそうに広げたタオルで体を隠した。
「そういうことは早く言ってよ……」
「ごめん……」
「お言葉に甘えて、お風呂借りようかな」
「おう、湯舟沸かしてくるよ」
……
「沸くまで少し待っててな」
「うん、ありがとう」
「……」
「……」
なんか気まずい……。
「あ、そうだ館花、弥生も一緒に風呂入れてやってくれないか?」
俺は兎も角、弥生に風邪引かせたくないしな。
「いいけど、桃渓くんは?」
「俺は一緒に入る訳にはいかないだろ」
「私は別に……」
「ん?何か言ったか?」
「ううん!何でも」
『♪~お風呂が湧きました』
「沸いたみたいだな。服は風呂入ってる間に乾燥かけとくから」
「ありがとう。お風呂ごちそうになります。あゆ、弥生ちゃん、入ろっ」
館花はあゆと弥生を連れ脱衣所へ。
その間に部屋で濡れた服から着替える。
……
ドキドキ……。
裸の館花がこのドアの向こう側に……。
がらがら……。
「入ったかな……」
あ、そうだ、代わりの服も用意しとかないと。
その前に服、乾燥かけちゃうか。
一応入る前にノックして、と。
コンコン
……
「失礼しま~す」
自分の家で何言ってんだか。
「ん~と、服はこれだな」
弥生の服は乱雑に洗濯籠に、館花とあゆの服は丁寧に畳んで洗濯機の上に置いてあった。
「乾燥、乾燥っと」
洗濯機に服を入れている最中、とんでもない物を見て、触ってしまった。
「これは……。館花の下着……」
さっき服の上からチラッと見てしまったのだが、今は目の前に、手の中にある。
「水色……」
頭を左右に振り、邪念を振り払う。
「乾燥にかけていいか確かめないと」
タグを確認する……。
「ダメじゃないか」
とりあえず、服とショーツを乾燥にかける。
ブラジャーを洗濯バサミではさんで干し、代わりの服を取りに行くことに。
「身長も近いし、未桜の服を借りるか」
未桜の部屋に入り、クローゼットから服を1枚拝借する。
「未桜には後で大人しく怒られよう」
困った、あゆのサイズに合う服がないぞ……。弥生の服じゃ小さすぎて着れないだろうし……。未桜のクローゼットに小さめの服あるかな?
……
「なんだこれ、俺の中学の時のカッターシャツじゃないか」
……見なかったことにしよう。
「これ、少し小さめだな、これ借りるか」
未桜の服を計2枚拝借して、脱衣所へ戻る。
浴室に聞こえるように大きい声で。
「洗濯機の上に代わりの服置いとくからな~」
「ありがと~!」
浴室から館花の返事が聞こえてきた。
がらがら……。
「あ!弥生ちゃん、ちょっと待って!」
「あ……」
「あっ……」
急に目の前のドアが開き、弥生が浴室から出てきた。弥生の後ろには一糸纏わぬ館花……。
「春お兄ちゃん体拭いて~」
館花と目が合った瞬間、浴室のドアが閉められた。
「弥生ちゃんの体拭き終わったら教えて!その後、私たちも出るから!」
「わ、わかった!」
弥生の体を拭き、服を着せ、館花に終わったことを伝え、脱衣所を出た。
「あ~、びっくりした」
「ん?」
弥生は何もわかっていない様子。
「髪、乾かすか」
「うん!」
ドライヤーで弥生の髪を乾かしながら思い出すのは、館花の裸……。
「きれいだったな……」
「~♪」
弥生は髪を乾かしてもらって心地よさそうだ。
あとで謝らないとな。
……
がらがら……。
「お風呂、ごちそうさま。服もありがとう」
「お、おう」
「私のブ……下着干してくれたの桃渓くん、だよね?」
「そうだけど……、あ、ごめん勝手に触っちゃって」
デリカシーなかったな……。変に気持ちが緊張してて、何も考えてなかった……。
「ううん、いいの。ありがとう」
「こちらこそありがとう」
「え?」
「あ、いや!今のなし!」
「何それ……、ふふっ」
館花は小さく笑った。
「あ、あと、さっき、裸見ちゃって、ごめん……」
「それは事故だから、気にしてないよ」
「そっか、よかった」
怒ったりしてなくて良かった。
「うん」
「うん……」
ザーーーーー
「雨、止まないね」
「そうだね」
……
「そうだ。あたし、春くんに絵を教わりたいわ」
気まずい空気の中、あゆが口を開いてくれた。
「私にはそんなこと1度も言ったことないのに!」
「私も絵描きた~い」
あゆにつれられ、みんな喋り始めた。
「じゃあみんなでお絵描きしようか」
「お~」
◇
「で、どうしてこうなってるんだ」
目の前にはテーブルと、弥生の頭。弥生は俺の膝の上で絵を描いている。ここまではいい。俺の右側にあゆ。左側には館花。ふたりとも俺と肩がくっつく距離に座っている。
「なぁ、狭く……」
「狭くない」「狭くないわ」
「描きづらく……」
「描きづらくない」「描きづらくないわ」
息ぴったりだな。
近すぎてふたりとも胸元が見えそうだし……。お風呂上がりで、いい匂いするし……。興奮するなと言うのも無理な話だろ。
「ねぇ春く~ん」
あゆが俺の膝に手を乗せ、体をこすりつけながら甘えるような声で話しかけてきた。な、なんだ?!いつもと様子が違うぞ。
「あゆ!あんまり桃渓くんにくっつかないの!」
と言いながら館花もくっついてくる。
「~♪」
弥生は周りを気にせず、握った手でクレヨンを持ち、絵を描いていた。
「ちょっと、トイレ行ってくる!」
そう言って立ち上がり、リビングを出てトイレへ。
「気持ちを落ち着かせよう……」
トイレで気持ちを落ち着かせ、リビングに戻る。
「あれ?」
戻ると、弥生とあゆがテーブルに突っ伏して寝ていた。
「寝てるの?」
座って外を見る館花に問いかける。
「うん。寝ちゃったみたい」
「遊んで疲れたのかな、ベッドに運ぶか」
よいしょ、と弥生を持ち上げる。
「あ~あ~、こんなに汚して、お風呂入ったばかりなのに」
「くすっ、おでこにも色ついてる」
弥生をベッドに寝かせ、戻る。
「あゆも運んじゃうな」
「ありがとう桃渓くん」
あゆをお姫様だっこでベッドまで運ぶ。
「本当にふたりともぐっすりだな」
「なんだか、ふたりのお父さんみたい」
「それなら館花は、お母さんだな」
「……」
「……」
館花の頬は赤く染まっていた。おそらく俺もそうだろう。
変なことを口走ってしまった……。
「そうだ、それで思い出したんだけど、桃渓くんって就職のこと考えてる?大雑把でもこういう仕事がしたいとか」
「いや、それが全然。デザイン関係の仕事がしたくて、この専門学校に進学したのは良かったんだけどね。進学する前は在学中にやりたい仕事見つかるだろうって思ってたんだけど、全然でさ。館花は?やりたい仕事あるの?」
「私は、インテリアデザイナーになりたいなって。人とペットが一緒に、快適に過ごせるような、そんな場所をデザインをする仕事がしたい」
「いいな、それ。館花らしいし」
俺もそろそろ考えないとな……。
ゴロゴロ……。
「雷鳴ってきたな」
2人で座って窓から空を眺める。
「そうだね、雨も強くなってきてるし、これじゃ帰れなさそう」
「外ももう暗くなってきたしな」
「私、家に電話しなきゃ……」
ピカッ、ゴロゴロゴロ!!
急に電気が切れて視界が真っ暗になる。
「うわ!」
「なに……?停電?」
「とりあえず明かり……」
「私さっきびっくりしてスマホ床に落としちゃった。スマホ……スマホ……」
?!
「どこを触っておるぅ……」
「どこって……、暖かいし、柔らかい……」
スマホを探していた館花の手は俺の股間を触っていた。
「にぎにぎするな!」
「あ、何か盛り上がっ……、ハッ!」
何を触っていたか気づいたのか、館花は慌てて手を離した。
「ごめん……!」
「気にするな……」
今日はドキドキしっぱなしな気がする。
「……スマホあったから、ちょっと遅くなるって親に電話するね」
「おっけ」
「あ、もしもし……」
停電ってどれくらいで復旧するものなんだろうか……。
~♪(着信音)
あ、未桜から電話だ。
「はい、もしもし」
『あ、お兄ちゃん?停電大丈夫?』
「真っ暗だよ、そっちは?」
『停電は大丈夫だけど、雨がすごくて帰れそうにないの。だから私今日店長のところに泊まるから、弥生ちゃんのことよろしくね。じゃあバイバイ』
「あ、ちょ、おい!切れてるし……」
「未桜ちゃん?」
「うん。今日帰って来れないって」
「あ、そうなんだ……。私のところも、2人ともまだ家に帰ってないって」
「どうしよう」
「ね。午前中はあんなに晴れてたのにね」
ぐぅ~~~
俺の腹の虫が鳴った……。
「お腹空いたな……。何か食べるか?」
時間はもうすぐ19時を回ろうとしていた。
「じゃあ私が作ってもいい?」
「いいけど……」
「冷蔵庫の中見るね~」
そう言うと館花は冷蔵庫の中を物色し始めた。
館花の手料理か……、楽しみだな。
「ある物なら、何でも使っちゃってくれ」
「ありがと~」
「お礼を言うのはこっちだよ、悪いな」
「いいよいいよ、こっちから頼んで作らしてもらってるんだし、私も食べるしね。じゃあ、作り始めるね。できるまで待っててね」
「何か手伝うこと……」
「できるまで、待っててね」
「はい」
……
座って待っていると、あゆが起きてきた。
「あゆ、おはよう」
「おはよう。起きたとき一瞬ここがどこかわからなかったわ。それよりあたし、いつの間に寝てたの?」
「絵を描いてる途中に寝てたみたいだぞ。そうだ、さっきな停電が……」
と、あゆと会話をしながら、料理が出来上がるのを待った。
……
…………
………………
「できたよ~、あゆちゃん運ぶの手伝って~。桃渓くんは弥生ちゃんを……どうする?起こす?」
「うん~……。起こしてくるよ」
変な時間に起きても困るだろうし。
「弥生~、ご飯だぞ」
「ご飯?!」
「起きるの速っ!」
びっくりした……、急に起きるんだもんな。
「ご飯、館花が作ってくれたんだって」
「ゆかりさんが作ってくれたんだ!楽しみ~」
「そうだな。楽しみだな」
弥生とリビングに戻ると、テーブルの上には美味しそうな料理が並んでいた。
「おお!これ館花1人で作ったのか!」
「すごい!美味しそう!」
「頑張りました~、私と桃渓くんは、ハンバーグ、付け合わせにブロッコリーと人参。コンソメスープに新玉ねぎのサラダ。弥生ちゃんとあゆちゃんには、豆腐ハンバーグ、付け合わせは同じね。それと、野菜スープ。弥生ちゃんたちのは薄味で作ってあるから安心してね」
パッと見、全部同じメニューに見えるが、ちゃんと別で作ってくれたみたいだ。
「ありがとう」
「早く食べたい!」
弥生は美味しそうなご飯を目の前に、もう待ちきれない様子だ。
「食べよ!あゆちゃんも我慢できなさそうだし」
あゆは既に料理の前に座って、スタンバイ済みだった。
その様子を見て笑みをこぼしつつ、自分の席に座る。
弥生と館花も席に座り、みんな手を合わせてーー
「いただきます!」
◇
「ごちそうさまでした」
「お粗末さまでした」
館花の料理は絶品で、とても美味しかった。
「雨まだ止まないし、今日は泊まってけよ」
「え?!」
「大胆発言……」
「だっ……。この雨の中、帰す訳にはいかないだろ……?」
「じゃあ、あたし春さんの隣で寝るわ」
泊まる気満々だな。
「私!私が春お兄ちゃんと寝るの!」
弥生は普段未桜と寝ているから、ひとりだと心細いだろうな。
「少し狭いけど、俺の……」
「じゃあ私も!」
館花参戦。なんで?!
「館花は、さすがに……」
「いいじゃん!私だけ仲間外れは寂しい~」
「みんなで寝たいなぁ」
と弥生。
「わかったよ……」
それで結局、親が泊まるときに使う来客用の布団を並べ、リビングでみんなで寝ることに。
並び順は左から、館花、弥生、俺、あゆ、だ。
「電気消すぞ~」
「は~い」
電気を消し、自分の布団に入る。
「春お兄ちゃん、手繋いでもいい?」
「いいよ」
「弥生ちゃん、私とも手繋がない?」
「いいよ~」
弥生が館花とも手を繋ぐ。みんなで川の字になって寝て、家族みたいだな……。
急に左手に何かが触れた。
「ん?」
左を向くとあゆが俺の手を掴もうとしていた。
「!」
俺と目が合ったあゆは、手を引っ込めた。あゆも手を繋ぎたいんだな。俺はあゆの方に手を伸ばし、右手を優しく握りしめた。あゆの顔をちらりと見ると、握った手を見て柔らかく微笑んでいた。握りしめたあゆの手は、弥生ほどではないが小さかった。
俺はふたりの手の温もりを感じながら眠りについた。
◇
次の日、朝早く館花とあゆは帰っていった。
雨も止んでいて、よく晴れていたが、家では未桜の雷が落ちていた。




