借金令嬢は返済に生きる 未来を紡いでいこう
王家直轄領出身の下級兵士が優秀だと、軍で評判になっていた。
孤児院出身であるのに、読み書きが出来たり、剣技や体術に優れていたり。軍の会計監査部で重宝されている事について噂が出ていた。
試験に受かり、軍内部で少しずつ階級を上げていっているそうだ。
レイナルトも興味を持ち、王国軍の演習を見学した。
見学の後、孤児院でどの様な教育を受けたのか、話を聞きたいと数名を呼び出してもらった。
緊張した面持ちの少年5人に、目線を合わせて穏やかに聞き出した。
3年ほど前に、美しい女の人が先生として来てくれた事。
その女性に自分達が騎士になりたいと夢を語ると、鍛えてくれた事。孤児院で子供に読み書き計算を教えてくれたり、食べ物を調達する為の狩りを教えてくれたり、お金を一緒に稼いだり。
少年たちは話し始めると楽しげに、こんな事があった。あんな事も。と沢山の話をし始めた。
女性はラナと言う名で、20歳くらい。
読み書き計算を教えるのが上手。
しかし驚いたのが、馬に乗れるし、かなりのお転婆だという事。
森で行方不明になった子供を探しに行き、子供を見つけたあと、サバイバルで夜を過した事。襲ってきた獣を狩り、血抜きをして毛皮をはいで、肉は調理して子供たちと食べて、翌日ピクニックに行ったかのように帰宅してきて、孤児院の院長が仰天して、安心して?ぶっ倒れた事。
ラナ先生が風で飛んた洗濯物を木登りしてとったり。屋根に登って弓矢で鳥を打ち、食卓を賑わせた事。
孤児院に寄付を募り、裕福な商人から大金をガバガバ寄付させて、また院長に怒られたり。
子供たちと一緒に遊ぶように教えてくれて、剣術、体術を教え、体を鍛えてくれて。
ラナ先生に結婚の申込みが殺到してたり。うっかり襲われても、全部撃退したり。
美しい女性で優しくて強くて、少年たちの憧れである事など、少年たちが瞳をかがやかせて語るのを聞き、レイナルトはエリンを思い出していた。
所作が美しいし、来客対応や接待の仕方がプロ級だとか。洗濯物の染み抜きも上手で、晴れた日に孤児院中のシーツを一緒に洗って干した事。
少年達が、ちょっと残念そうに、ラナ先生は女性らしい事は苦手な事も暴露した。
サバイバル料理は出来ても、何故か調理室では大失敗の連続。刺繍や針仕事は指に針を指して血まみれに。
トドメに、ラナ先生が美しい金髪で珍しい紫色の瞳である事を聞いて、レイナルトは確信した。
見つけた!と。
少年達に孤児院での教育の参考になったと礼を言い、少しばかりの小遣いを渡してレイナルトはアーサーに手紙を書いた。
今レイナルトとエリンは他人状態だ。王宮勤めであり、自由に動けない。自分が行けば、エリンが逃げてしまうかもしれない。
レイナルトは未だにエリンを待っていた。惚れていた。忘れることが出来ない。
けれどもう、10代の情熱に封をしていた。焦ってはいけない。5年も待ったのだから。
アーサーはその孤児院に密かに偵察を出した。
ラナと言う名の女性は元気に孤児院で子供達と過ごしている事。結婚の申込みがすごい数である事など。
孤児院もラナがいて助かっているが、院長に脅迫めいた事を言う者がいて、ラナを避難させる先を探しているらしい、とか。
知らせを受けてアーサーは王家直轄領地へ向かった。出発前に孤児院院長に手紙を出しておいた。
ラナのいる孤児院に着くと、アーサーは院長から話を聞いた。
アーサーは手短かに、行方不明の姉の話をした。院長はアーサーの姿をみて、ラナの身内だとわかったそうだ。
顔立ちが似ている。
アーサーが生い立ちを話した事で、ラナが狩猟が得意であったり、獲った動物を捌いたり出来ることを聞いて納得していた。
ラナは3年前、教会にふらりと現れたそうだ。
上等の衣類を身に着け、言葉や所作から、貴族令嬢かと思われた。本人は記憶を無くしていて、自分の名前もわからない。それにしては不安な様子もない。行くあてがない妙齢の美しい女性である事から、教会で仕事を割り当てて保護した。
記憶が無いと嘘を言っているにしても、教会で楽しそうに働いているので、そのまま2ヶ月過ごしてもらった。
家出かと思って保護していたが、悩む様子もない。あっさり楽しそうに過ごしている。
教会の仕事を手伝ってもらっていたら、ラナを巡って争いが起こるようになった。青年がラナに惚れる事は日常茶飯事。教会に通う若夫婦の夫がラナに惚れて、夫婦が離婚しそうになった。一組二組な夫婦でなく、熟年夫婦も。第2夫人にとの話まで来て、ラナの行き場を探した。離れた街の孤児院にラナは移った。
色恋に興味の無いラナはあまり外に出ず、子供の相手をするようになった。それでも求婚者は後をたたない。ラナが教えた子供達はメキメキと伸びて職を見つけて働くようになった。王国軍の兵士になれて、ラナに感謝している、と。
しかし、ラナを狙う男が後をたたないので、困っていたと。誘拐未遂も起きているので、ラナの身を移したいが、下手な所に預けたら、余計にラナの身が危うい気がして、と院長。
貴族の令嬢で、お身内が引き取ってくれるなら、ラナにとって良いコトだ、と話したところで、院長は不意に表情を曇らせた。
「ラナさん、乱暴な夫から逃げてこられたのではないですか?」
「結婚はしましたが、お相手は紳士ですよ」
アーサーが言うと、院長は声を曇らせた。
「暴力を振るう夫は、優しげに振る舞うものです。記憶を無くしているのも殴られたのではないですか?
それに、ラナさんはご出産した事があるはずです。お願いします。元の旦那様の元には、ラナさんを戻さない様にしてあげて下さい。」
「院長のご心配とご忠告、ありがたく心に刻みます。大切な姉です。実家で静養してもらいます。子供の頃の思い出などに触れたら思い出すかもしれません。」
アーサーが応接室てラナを待っていると、ラナが通された。
アーサーはラナを観察する。ラナもだ。
ラナの自分を見る目が、知らない人を見る目な事にアーサーは寂しさを感じた。
「姉様、探しました。皆が心配しています。私は弟のアーサーてす。覚えてますか?」
ラナは考え込んでいる。
口を開いたがアーサーの欲しかった言葉ではなかった。
「ごめんなさい。弟だとおっしゃるけれど、覚えていなくて。ただ、懐かしい感じがします。会えて嬉しい気持ちになっています。」
「子供の頃は父の借金のせいて、苦労しました。お金を稼ぐために色んな事をしました。姉様と森で鳥やイノシシを捕りましたよ。姉様は弓矢がお上手てした。」
「そう言われても、覚えていなくて。院長先生から、貴方の家へ行くよう言われましたけど、私は知らないところに行くのは不安です。」
「そう言われると、正直、辛いです。
姉様の家です。ケイトもいます。乳姉妹で、姉様の友人でもあるケイト。苦楽を共にしてくれました。没落後も子爵家で働いてくれた。あ、ケイトと来月、結婚します。ケイトに男爵家の養女に入ってもらって、私の妻になるんです。姉様が来てくれたらケイトが喜びます。」
アーサーはサラリと自分の結婚を告げた。
「本当におめでとうございます。なんだか、すごく嬉しいです。」
「ありがとうございます。どうてしょう?ローラン子爵家に行くのは不安なようですが、この度の結婚で子爵家は忙しくて。ラナさんが手伝ってくださったら、助かります。
来てみて、嫌ならここに戻ってくれてかまいません。
居心地が良ければ、いつまでだってローラン子爵家にいてくださってかまいません。結婚しろなんて言いませんし。」
「ラナさん、そうなさい。お話をしていて、ローラン子爵様にお任せした方が良いと感じました。」
「でも、ご迷惑では」
「そんなわけ無いです。人違いではありませんよ。姉様、この辺にホクロがあるでしょう?あと、左腕のこの辺に傷があります。剣の稽古で僕がつけてしまったきずです。他には、鶏肉が好きですよね。ブロッコリーが苦手。酸っぱいのも嫌い。そうそう、ツブツブ恐怖症ですよね。あとは、お尻のここの辺にアザが」
「わかりました!もういいです!」ラナか叫んだ。
「信じてくれましたか?」
「はい。なんだかとても、こんなふうに手のひらで転がされてた様な気もします。」
「思い出してくれたら嬉しいです。姉様。」
アーサーがニッコリ笑う。
院長先生が静かに咎めた。
「子爵様。女性の身体のことを言うのは憚られますよ。お身内だと確信しましたが、心配にもなります」
「信用していただけて良かったです。姉には院長先生に手紙を出してもらいましょう。ご心配でしょうから。」
言いくるめられて、ラナは支度のため席を外した。
ローラン子爵家に行くことになった。
アーサーは院長に礼を言うと、孤児院を後にした。
三日後、アーサー一行はローラン子爵家に到着した。
レイナルトには内緒のままだった。
ケイトはエリンを見て泣いて喜んだ。ケイトの両親も。アリシアが駆けつけてエリンを抱きしめた。
けれど、エリンは初対面の相手を見る目でいる。
エリンは何も思い出せなかった。
エリンと呼ばれることもしっくり来なくて、
「ラナと呼んてほしい」
と言ったが、エリンで通されてしまう。
アーサーとアリシアはエリンの様子を見て、レイナルトに連絡する事をためらっていた。
レイナルトはエリンに距離を取ることができるだろうか?夫婦だったのだ。そのように触れたら、ラナであるエリンはレイナルトを嫌うだろう。
しかし、カレント公爵領地でエリンらしき女性の存在を見つけたのはレイナルトだ。そろそろ真偽を伝えなければ怪しまれる。
さすがのアーサーも困った。
アリシアはアーサーの結婚式前から滞在し、結婚式後に帰る事になっている。
レイナルトは結婚式前日にこちらに来る。
「なるようになる、かな。まあ、協力するか。」
アーサーは王都へ向かった。
ケイトに、
「私はケイトと結婚できれば嬉しいから。ケイトの好きにして欲しい。女の人の方が自分の結婚式にこだわりがあるだろうから。」
「わかってます。エリン様とレイナルト様の為に行かれることは。こちらは任せてください。」
ケイトもそれ程式にこだわりは無かった。そもそも、かなり前から事実上アーサーとは夫婦の生活をしていた。
ケイトとしてはアーサーが貴族令嬢と結婚する時にはメイドに戻るつもりでいた。幼なじみで家族同然の仲なので、その延長のように情を交わした。アーサーから落ち着いたら結婚するつもりと聞いた時も、期待せずに「わかりました。」と頷いた。
閨の中の睦言と本気にしていなかった。
自分は平民のメイド。見た目もお世辞にも美人ではない。茶色のくせ毛。茶色の瞳。ソバカスだらけの日に焼けた肌。中肉中背のガッシリした体格。
美貌で子爵で、実業家で切れ者のアーサーに釣り合うはずがない。
ある日のティータイム、封書を開けたアーサーが、「ケイト、今日から君の名前はケイト・トラスだから。男爵令嬢になったよ。」
と告げた。
「トラス男爵家の養女になった。半年後くらいに結婚式をしよう。そのつもりで用意しておいて。」
式は身内だけでこじんまりとするつもりだった。
しかし、アリシアが公爵家に嫁いでおり、子供もいる。エリオット夫妻とレイナルトは参加だ。
王太子妃のマデリーンは遠方と言う事で参加せず。
リッチモンド伯爵家から伯父夫婦と祖母。
貴族はそれだけの参加となった。
参列者の多くは平民だった。
ローラン子爵家を応援してくれた商会の人々。
立て直しに尽力してくれた個人的に資産を預けてくれた人々。
孤児院出身の仕事仲間。
多くの人がアーサーとケイトの結婚式に駆けつけた。
ケイトは幸せそうな花嫁だった。
アーサーも凛々しい花婿で、やけに堂々としていた。場数を踏みすぎた結果だろう。
エリンは地味に装い、メガネをかけていた。ガーデンパーティーの片隅で。エリンがアーサーとケイトの幸せそうな姿を見て微笑んていた。
レイナルトがエリンに近づき話しかける。
「はじめまして。レイナルト・サンフォークと申します。」
アーサーがレイナルトに助言した。
エリンが記憶を失っている事。
いきなり抱きしめるのは厳禁。絶対に嫌われる事。
もう、こうなったら初対面として初めからやり直す事。こんがらがって、こじれた糸を解くよりも、まっさらな状態から縁を結び、紡いて行けば良いと。
エリンもレイナルトに挨拶した。
「はじめまして。エリン・ローランです。」
エリンがレイナルトに微笑んだ。
レイナルトもエリンを眩しそうに見つめ、微笑んだ。
第二部終了
最後までお読みいだき、誠にありがとうございます。
ムーンライトノベルズに第一部があります。
アーサー視点の物語も書きました。
「借金令息も返済に生きる」です。
よろしくお願いします。