2-9
ハルは初めてのパンに期待を膨らませながら、それを頬張った。
まず最初に、そのふわふわの食感に驚いた。今まで食べたことのない食感で、噛むたびに夢中になってしまう。パンの味はほんのり甘く、何個でも食べられそうだ。続いてパンにかかっている黒いものと一緒に食べてみると、予想以上に甘くて驚いた。
――これがチョコレート?
――そうだよ。感想は?
――すごく甘い……。でも、美味しい。
森ではまず味わえないものだ。ハルはゆっくりと、その味を堪能しながら食べ終えた。
ふと気づけば、前を歩いていたティアナが立ち止まって、こちらを見て微笑んでいた。
「気に入ってもらえたみたいで良かったです。それで、ここが目的のお店になります」
ティアナが指し示したのは、木造の二階建ての建物だった。一階部分が店舗になっているようで、中から賑やかな話し声が聞こえてくる。ただそれは、先ほどまでの喧噪と比べるととても小さなものではあるが。
「……あれ?」
そこでふと気づく。いつの間にか周囲の喧噪がなくなっていることに。周囲を見ると、どうやらここは表の通りから少し外れたところらしい。裏道、のような場所だ。
ティアナが店に入り、ハルもそれに続く。
その店はあまり広いとは言えない店だ。丸いテーブルが三つあるだけの部屋で、奥にはカウンターがある。その奥が厨房のようで、何かを焼く音だけが聞こえてきている。店内には先客がすでにいて、一つのテーブルは埋まっていた。
「ティア!」
そのテーブルから声がする。ティアナが驚いて、ハルは怪訝そうな表情で、その声がしたテーブルを見た。
そこにいたのは、青年だった。柔和な笑みを浮かべた、絵に描いたような好青年だ。ティアナはその青年を見るなり表情を輝かせ、テーブルへと駆けていく。
「タグラスさん!」
「ああ、ティア! 良かった、無事で……。本当に良かった」
タグラスと呼ばれた青年に駆け寄ったティアナが、その体へと警戒無く抱きついた。タグラスもそれを受け止め、ティアナの背を優しく叩く。そのまま小声で何かを囁き合っているようだったが、ハルには聞き取れない。
ハルはその二人の様子を黙って見つめていたが、やがて視線を逸らして別のテーブルについた。どうやら親しい友人のようだし、注文ぐらいは一人でやるべきだろう。もっとも、この店のことを知っているのはティアナなので、ハルにはここにどんな料理があるのかすら分からない。結局はティアナを待つしかない。
しばらく待っていると、ティアナがハルの座る席にやってきた。ようやくご飯が食べられる、と思ったのだが、タグラスが一緒に来ていることに気づいて思わず眉をしかめてしまう。それに気づいたのか、タグラスは困ったような笑みを浮かべた。
「君がハル君だね。ティアを助けてくれたみたいで、ありがとう。僕からも礼を言っておくよ」
「別に……」
「一緒に食べても、いいかな?」
嫌だ、とは言えなかった。ティアナの嬉しそうな、満面の笑顔を見てしまうと断ることなどできない。ハルは内心の拒否を押し殺し、静かに頷いた。
ティアナとタグラスが席に着く。ティアナがハルの隣、タグラスが向かい側だ。二人が席に着くと、すぐにエプロンを着た恰幅の良い女が側にやってきた。タグラスとティアナが料理名のようなものを女に告げる。
「ハル君、何を食べたいですか?」
「さあ……。ティアと、同じもので」
「分かりました」
ティアナが女に、同じものをもう一つと注文すると、女は恭しく礼をして厨房の方へと消えてしまった。
「それじゃあ、ハル君。紹介しますね。ギルドの先輩でタグラスさんです。上級の冒険者なんですよ!」
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ではでは。




