編成
普通の収容所は個室ではなく、数百人から千人程度の大部屋に区切られていた。クイトは収容所の中で、なるべく多くの奴隷の顔を見た。クイトにインプラントされたナノマシンが、特務課のアジトにそれを送信した。特務課は顔認証の技術を使って、奴隷のかなり正確なリストを作成した。収容所に入れられるときにシャッフルされるので、毎回新顔を見つけることができた。クイトは同時に、革命の戦闘でリーダーが務まりそうな奴隷を選んで伝えた。前世では、そういう判断ができることを要求された。特務課が奴隷になる以前の経歴を可能な範囲で調べて、革命の幹部のリストを作成した。クイトの推薦は、ほぼそのままリストになった。それを元にクイトがスカウト活動を始めた。
ある収容所の奥で、中年の男が、背中を壁につけて座っていた。クイトはその隣に座り、声をかけた。
「おまえはオルタ人か?」
声をかけられた男は、ふてくされた笑いをした。
「そんな国、とっくに無くなっちまったよ」
「オルタ軍で百人士長だった、エズエか?」
男の顔色が変わった。同じ奴隷でも、元軍人と民間人は扱いが違う。エズエと呼ばれた男はクイトをにらんだ。だがクイトの方は平然としていた。
「おまえの過去をばらすつもりはない。逆にこっちが困るからな」
「困る?」
「実はおまえに頼みがある」
「頼みって何だ?」
「おまえ以外にも何人か声をかけている。消灯時間になったら、あの隅に来てくれ」
エズエを見て話をしていたクイトは、視線を変えて方向を示した。
「詳しい話はそのときにする」
クイトは立ち上がって、エズエから離れた。残されたエズエはどうするか考えた。真っ先に浮かんだのは、クイトを殺して口封じをすることだった。奴隷同士での刃傷沙汰は、さほど珍しくない。普通ならそうしたかもしれない。だがクイトに対しては、そうしようと思わなかった。なぜかはわからないが、話を聞くつもりになった。
消灯時間になると、クイト以外に七人の男が集まった。クイトは火がついたランタンを持っていた。
「準備をするから少し待ってくれ」
クイトはそう言うとランタンを床に置き、左手で右手首のリストバンドをずらした。右手を上げて、魔方陣を見せつけながら、呪文を唱えた。
「もう大丈夫だ。音を遮断する魔法を使った。俺たちの会話は他人には聞こえない」
「おまえ、魔法使いだったのか!」
エズエが驚きの声を上げた。驚いたのは他の男たちも同じだった。この世界では、魔法使いになれるのはごく限られた人間だけだと考えられていた。
「どうやって取り調べを誤魔化したんだ?」
別の男が訊いた。この世界では魔法使いは数が少ない。貴重品だ。戦争で捕らわれた魔法使いは踏み絵をさせられた。皇帝に忠誠を誓った者は、監視付きだが役人に取り立てられた。そうでない者は手首を切断され、奴隷にされた。
「誤魔化していない。取り調べを受けていないんだ。俺は自分から奴隷の中に紛れ込んだんだ」
「なぜそんな真似をした?」
今度はエズエが訊いた。
「皇帝を倒すためだ」
何を馬鹿なことを、そう言おうとしたか、笑おうとした男たちは、何も口にできなかった。ランタンに照らされたクイトの顔には、反論を封じるほどの凄味があった。怒りの表情をしているわけではない。基本的に無表情で、かすかに口元に笑みを浮かべている。だが目は笑っていない。そのギャップに打ち負かされそうになった。この男は自分たちが知らない修羅場を何度も体験している。軍歴があるエズエたちは、直感的にそうわかった。
「まずお互いが何者か知っておいた方がいいだろう。俺から見て一番右にいるのはサワー、ホーン傭兵団で戦闘教官をしていた。その隣がエズエ、オルタ軍の百人士長だった。そして……」
人物紹介をするクイトの顔は、元に戻っていた。
「そして俺はターリ、オーフィ王国の宮廷魔法使いだった」
「ターリか。で、頼みって何だ? まさか皇帝を倒すのを手伝えというんじゃないだろうな」
エズエの直球の質問を、ターリことクイトは本塁打にした。
「その通りだ」
クイトは即座に話を続け、反論を許さなかった。
「我が国のエンゼラ三世陛下は、帝国の侵略を見て、周辺国と軍事同盟を結んで対抗しようとした。だが諸国の足並みが揃わず、失敗した」
この話は事実だった。
「オーフィ単独では帝国に勝てないと考えた陛下は、将来の反撃に備えて、力を蓄えることにした。アジトを作り、若手の軍人や文官を集めて、抵抗勢力を編成しようとした。俺もその一人だった」
この部分は嘘だった。
「王国の正統な継承者であるエムゼ皇太子殿下もこれに加わるはずだった。だが帝国軍の侵略は予想以上に早く、殿下はアジトに向かう途中で捕らえられてしまった」
皇太子が捕らえられたのは事実だが、アジトに向かう途中ではなく、単に逃げていただけだった。
「俺たちは殿下をお救いすべく、アジトから出撃したが、すでに手遅れだった」
ターリことクイトの声には、苦渋の響きが混じっていた。もちろん嘘なのだが。
「オーフィ王家の血縁の者は皆殺しにされた。王国を再建することはできなくなった」
この部分は本当だった。
「だが主君を失ったとしても、祖国に対する忠誠は失っていない。王国ではなくても、オーフィの名を冠した国を再建したい。そのためには皇帝を倒して、奴隷となっている国民を解放しなければならない」
このシナリオはクイトが書いた。忠臣蔵を中世の世界向けにアレンジしたのだ。エズエ以外の男たちは、共感を覚えた。
「話は大体わかった」エズエは反論した。「だがな、そんなことが実現できると本気で思っているのか?」
「できる」
クイトは即答した。その顔には、また凄味が浮かんでいた。
「バージェロという人物を知っているか?」
「知っている。神官で市民なのに奴隷制度に反対して、投獄された男だろう」
クイトの問いに、別の男が答えた。
「俺たちオーフィのレジスタンスは、密かにバージェロのグループと連絡を取っている。敵の敵は味方だ」
連絡を取っているのは本当だが、それはレジスタンスではなく特務課だ。
「それがどうしたっていうんだ」
エズエはまだ批判的な立場を保っていた。
「バージェロは神から予言を授かった」
ホルム教では神から予言を授かる者は予言者と呼ばれ、高位の宗教指導者に指名される。
「馬鹿馬鹿しい。神官を破門された者が、予言を授かるわけがない」
エズエは一笑に付した。これに対しターリことクイトは変化球を投げた。
「俺たちもそう思ったさ。バージェロは頭がいかれたのかと思った。奇跡を見るまではな」
「奇跡?」
複数の男が、同時に同じ言葉を口にした。
「皇帝の悪逆非道ぶりを見た神は、遂に皇帝を神前で裁くことにした。そのために皇帝を権力の座から蹴落として捕らえよと、我々人間に命じた。神は自らを救う者しか救わない」
ホルム教の基本的な教義のひとつが、「神は自らを救う者しか救わない」だった。要するに、努力をしない者は報われない、だから努力をしろという、道徳の一種だ。
しかし、さすがにこれは無理難題だと男たちは思った。だが全員がホルム教の信者なので、誰も口にしなかった。
「神は我々に、皇帝を倒す手段を授けてくれた」
全員がこれに食いついた。ターリことクイトの次の言葉を待った。だがクイトは言葉ではなく紙を持ち出した。
「たった一晩の間に、岩肌にこの文章が刻まれていた」
字が読めるのは七人のうち三人だけだった。その一人、サワーが驚きの声を上げた。
「火薬と銃の作り方だ!」
「本当か?」
エズエは字を読めなかった。
「本当だ」
ターリことクイトは答えた。クイトは壁に立て掛けてあった、木の棒の一つを手にした。
「これが武器だ」
「はあ?」
エズエの期待は一気にしぼんだ。
「ただの木の棒じゃないか。棍棒にして戦えっていうのか?」
「棍棒にもなるが、別の使い方もできる」
ターリことクイトは、棒の端の一方を、男たちに見せた。
「こいつは銃だ。穴が開いているだろう。ここが銃口だ。この穴から弾が飛びだす。弾を撃つときは反対側のこの部分を押さえてずらしてやる。ちょっとコツがいる」
クイトは実演して見せた。木と木がこすれる音がして、木の端が折れ曲がり、銃把になった。同時に木製の引き金が飛び出した。
「銃を撃つときは、銃口を敵に向けて、こいつを指で引く」
クイトは、不運にも収容所の中に侵入したネズミ(に似た生き物)を狙って撃った。大きな銃声が響き、ネズミは動かなくなった。その胴体には大きな穴があいて、二つに千切れかけていた。
男たちは銃声の大きさと、千切れかけたネズミに驚いた。
「音を遮断する魔法をかけてある。他の人間には聞こえていない」
クイトはそう言って、みんなを安心させた。
「だがこいつには欠点もある。木製なので一発しか撃てない」
クイトは銃口を見せようとした。男たちはおっかなびっくり、銃口を見た。銃口の内側は黒く焼け焦げていた。
「金属製なら何度でも撃てるが、それだとすぐに銃ではないかと疑われてしまう。そこで追加装備を用意した」
クイトは丸い持ち手が付いた板を取り出して、銃口に持ち手を挿した。
「銃口に挿すと槍になる刃を作った。だが本物をここに持ち込むのはさすがに危ない。これは見本というわけだ」
エズエはクイトの後ろにある、十数本の木の棒を見た。
「これが全部、銃なのか?」
「そうだ」
エズエは頭を掻いた。
「そいつは確かに凄いと思うが、皇帝を倒すには、数が少なすぎる」
「レジスタンスのアジトでは、銃の製作を全力で行っている。今は一日で二百丁を作っている。もっと増やせる見通しも立っている」
「二百? レジスタンスには職人がどれだけいるんだ?」
エズエはうさん臭いと思ったが、文章を読んでいたサワーの意見は違った。
「こいつは凄い。職人でなくても、頭数さえ揃えれば、素人でも作れる方法が書いてある」
「本当か?」
エズエとは別の、字が読めない男が訊いた。
「うむ、本当だ。ほとんどは金属ではなく木の加工だから、材料や道具を揃えるのも難しくないし、力仕事も少ない。それに一人の職人が全てを作るのではなく、何人かで分担して部品を作って組み立てている。これならすぐに作業に慣れる」
サワーとは別の、字が読める男が答えた。
「神は金属ではなく木の銃を授けてくれた。俺はまさに天の配剤だと思う」
ターリことクイトの言葉には、説得力があった。だがエズエは現実的だった。
「つまり俺たちにこれを配るから、兵士と戦えというわけか。一発しか撃てないんだぞ。果たして成功するかな?」
今まで黙っていた男が発言した。
「頭数を考えろ。収容所の警備の兵の数は、俺たちの二十分の一程度しかいない。俺たちは武器がないから、従うしかなかった。だが俺たちの半分でも、この銃を手にしたらどうなる?」
その場の雰囲気が変わった。だがエズエは現実主義者だった。苦い経験が頭から離れなかった。
「確かに警備兵は倒せるだろう。あいつらは銃を持っていないしな。だが宮殿に居る親衛隊はどうする? あいつらは大量の銃と大砲を持っているんだぞ。練度も高い」
場の雰囲気が変わる前に、ターリことクイトが発言した。
「そいつも大丈夫だ。神が授けてくれたのは、これだけではない。親衛隊を倒せる武器もある」
「それも簡単に作れるのか?」
そんな武器がホイホイ作れるのなら、皇帝がとっくにやっているはずだ。エズエはそう考えていた。
「いや、それは俺たちには作れない。神の御技で作られた物だ。神はそれを直接授けてくれた。神器だ」
「その神器とは、どういうものだ?」
質問をしたエズエ以外の男たちも、答えに期待した。
「俺にも上手く説明できない。何しろ今まで見たこともなかったからな。そいつは沼カバの何倍も大きくて、鉄でできている。どんな銃や大砲の弾も通用しない。しかも自力で移動できる。馬も必要ない。そして大砲を備えている。親衛隊の大砲とは比べ物にならない、凄い大砲だ」
木の銃という奇跡を見せられた男の多くは、この言葉を信じた。だがエズエだけは懐疑的だった。
「王家を守る魔法はどうするんだ?」
「その神器の前では、王家を守る魔法も無力だ。魔法使いの俺が保証する」
こう断言したターリことクイトは、再び顔に凄味を浮かべていた。
「俺たちレジスタンスを信用してくれないか? いや、これらを授けてくれた神を信じないか? これはもはやオーフィだけの問題ではないはずだ」
さすがに誰も即答できなかった。少しの間、沈黙が流れた。最初に声を上げたのは、サワーだった。
「俺はターリを信用する。ターリは皇帝の回し者ではない。皇帝なら、そんな面倒な真似をしなくても、俺たちをどうにでもできるんだ。例えばエズエだ」
「俺?」
いきなり名前を出されたエズエは戸惑った。
「皇帝の配下が、エズエが百人士長だと知ったら、ターリではなく警備兵を使って強制連行するだろう。その方が自然だ」
名前を出されたエズエ以外は納得した。
「皇帝は俺たちのような人間を、まとめて粛清する気かもしれない」
サワーはエズエの発言を鼻先で笑った。
「人間? 違う。俺たちは物なんだ。あいつらの所有物だ。自分の所有物を壊す馬鹿がいると思うか? 反乱を粛清したら損害が出る。それより反乱の芽を摘み取る方が、簡単で損が少ない」
「……まあ、そうだな」
エズエも同意するしかなかった。サワーは先を続けた。
「オーフィには恩も義理もないが、そんなことはどうでもいい。俺は一生を奴隷で過ごすなど、まっぴらだ。今何もせずに、ボロボロになるまでこき使われて、ゴミ同然になって死ぬくらいなら、俺は皇帝と戦って死ぬ方を選ぶ。神は自らを救う者しか救わない。もし神のご加護を得られるとすれば、これしか選択肢はない」
サワーはターリことクイトに右手を差し出した。この世界にも握手という習慣があった。クイトはそれを握った。
別の男が握手の上に右手を置いた。
「俺も戦う。今戦わなかったら、一生後悔するだろう」
「俺もだ。おまえと、何より神を信じる」
男たちは次々と賛成して、右手を重ねた。最後にエズエが残った。
「……神は自らを救う者しか救わない」
そう言って、エズエは腹をくくった。右手を重ねた。
「ありがとう」
ターリことクイトの声は、感激で震えていた。
「たった今から、俺たちは同志だ」
ターリことクイトの言葉に全員がうなずいた。
実はサワーは特務課の一員だった。
クイトは前世の経験を活かして、あの手この手で有能な奴隷たちを味方につけて、革命軍の幹部を揃えた。
充分な数の幹部が集まった後、クイトは十から二十丁の木の銃を幹部たちに配った。そして自分の部下となって戦うメンバーを集めるように指示した。銃を渡された幹部たちは真剣にメンバーを選んだ。部下が少なかったら命が危ない。だが信用ができない者を採用することはできない。戦場で味方から背中を撃たれたら、もっと命が危ない。
最終的に男性の奴隷の二十五パーセントが革命軍に参加した。この数字に特務課は満足した。最初は二十パーセントぐらいしか期待していなかった。
一方女性の奴隷は五パーセント程度だった。軍事訓練を受けた特務課の女性メンバー複数が奴隷の中に潜入し、ナノマシン経由でクイトのアドバイスを受けながら、革命軍を組織した。
「カリスマとペテンは紙一重だな」
紫音はそう言いながらも、クイトの仕事に満足していた。