第03話
「間違いなく健太郎君じゃないのね?」
八識の緊迫した表情が状況を物語っている。
「だめよ。健太郎君には変化が見られないんでしょ?
健太郎君ならその炎気に気付いているでしょうし、身に危険がせまったら炎術を使うでしょ。
あなたは戦闘に向いてないんだから、そのまま監視を続けて。
本当は人を派遣したいけど、昼間の学校は人がいるでしょ。
まだ昨日の夜のうちだったら人よけも出来たでしょうけど、今の状態じゃ無理よ」
その後、2,3念を押して電話を切る。
熟考するようにおとがいに手をかける彼女に斬場が声をかける。
「見つかったのか?」
「分からないみたい。炎気の特徴が掴みにくいって」
「見張りの意味がないな」
「元々、健太郎君の見張りだしね。ただ、どちらにしろ放っておくわけにもいかない」
「俺が行く」
「そうね。当たりか外れかまだはっきりしないけど、【燈火】のメンバーじゃない事ははっきりしてる。
ダメージがどこまで回復してるか。あるいは別のDFなのか。
判断がつかない以上、下手に多少力が強い程度のメンバーを当てて失うよりはあんたが行ったほうが間違いが起きないわ。
ただ、実行は夜間にして頂戴ね」
「それまでに逃げられたらどうする」
「学校を包囲しておくわ。あなたも早めに待機していて頂戴」
「分かった」
事務所の出入り口で斬場が振り向いた。
「お前はどうするつもりだ」
「しばらく、こっちで待機するつもり。樹連の件もあるしね。
ただ、夜間には付き合うわ。今度こそ情報を読み取っておきたいから」
*---*
何があった?
「どうした、前畑? 顔色が悪いぞ。……具合が悪いのか?」
「いえ……なんでもありません」
「そうか? ならいいんだが」
健太郎は教師にそう答えるが、本当はなんでもないはずがない。
恵が炎術を使った。間違いなく。
理屈も理由もないが、感覚だけが絶対的な確信を持って告げる。
それが炎気を感じ取るという事。
場所は校内、あるいはその近辺。方向、距離が手に取るように分かる。
問題はなぜ使ったか、だ。
もしも恵が八識や斬場といった【燈火】のDFと遭遇していたのなら炎術を使いもするだろう。
例えば斬場なら真っ先に攻撃するはずだ。
斬場でなくとも恵のあの好戦的な様子では戦闘になるのを避けられないはずだ。
では、今感じた炎気がそうなのかと言うとまず違う。
攻撃的というよりは、恵の炎気をより感じ取りやすくしたような感じだ。
そもそもいくら夏休みとはいえ、学校には何人も人がいる。
もしも炎術で戦闘行為を行えば大きな騒ぎになるだろう。
……ならば、なぜ炎術を使う?
まさか、ごく普通の人間に対して使ったのか?
「何の為に? いや、そうじゃない」
「ん? どうした、前畑。何か今のところで分からない所があるのか?」
健太郎の無意識の呟きを聞きとがめた教師が尋ねるが、健太郎はまったく反応しない。
教師は首を傾げながらも補習を再開する。
今、健太郎の頭の中はある一つの疑問で頭が一杯だった。
そもそも、炎術とは何の為の力なんだ?
鳥に翼があるのは飛ぶ為だ。
魚に鰓があるのは水中で窒息しない為だ。
ならば炎術とはなんの為にある? そもそもDFとはなんだ?
存在に理由はつきものだ。だとしたらそれはどこにある?
「よし、ちょっと早いがここまでにしておこう」
黒板の上の掛け時計を確認し、教師がプリントの束を机の上に置いた。
その瞬間、健太郎が机を離れて教室を飛び出した。
「おいっ、こらっ! ちょっと待て前畑!! 終わりの挨拶がまだ済んでないだろうがっ」
背中から教師の声が追って来るが、健太郎には届かない。
今、健太郎の頭の中にはさっきの炎気の元を確認する事で一杯だった。
正直、確認してどうしようという考えは頭の中にない。
いや、本来なら関わりを避けるべきのはずだ。
何しろ昨日は襲われたくらいなのだから。
だが、嫌な予感がする。
どうしようもなくそれが健太郎を駆り立てる。
すでに炎気は消えている。
だが、大まかな場所なら分かる。
健太郎は校舎から飛び出した。
そして、すぐにグルッと壁沿いを回る。
目的は校舎の裏側だ。
「あれ……だ」
半開きの体育倉庫。間違いないと告げる何かが健太郎の中に存在する。
そこで何かが起きた。そして……恵はそこにはもういない。
「八識さんに……」
連絡するか?
迷う健太郎。しかし、もし連絡すればどうなるか?
それこそ大事になる。下手をすると学校が戦場だ。
「だめだっ」
健太郎は頭を振った。
恵の目的は何なのか、それは分からない。
だが、下手な手出しをしなければ彼女は何もしないのではないか?
昨日の恵との会話では理解出来ない部分はあったが、彼女が【燈火】に自分の事を知られるのを警戒しているのは理解出来た。
……その為に自分は殺されかけたのだけれども。
ならば、健太郎が恵の事を口外しなければ問題ないのではないか?
「でも、やっぱり何がしたいのかは知っておかないと」
そうでなければいざという時に自分や智子を守れないかも知れないのだから。
ごくりと唾を飲み込んで体育倉庫に足を踏み入れる。
……微かに匂い。覚えのある匂い。
思い出す前に急速に気分が悪くなる。
頭が重い。胸が悪くなって胸元を押さえる。
なんだ? どこかで嗅ぎ覚えがある匂いだ。どこだ? どこで嗅いだ?
ずきんずきんと頭が痛む。額を押さえながら一瞬だけ、その匂いを嗅いだ時の光景を思い出す。
背後には智子。
正面には見知らぬ男。
真夜中のビル建設現場。
踊る黒い炎のたいまつ。
吐いた。朝食を摂っていなかったので、胃液のみがコンクリートの地面に汚した。
そうだ、これは肉の焦げる匂いだ。
誰かが誰かをここで焼いたのだ。
誰か?
やったのは吉田恵以外の誰がいる? ならばやられたのは誰だ?
死体はどうなった? 殺されたのは【燈火】のDFなのか?
疑問と恐怖と嫌悪感がないまぜになって健太郎を襲う。
匂い、匂いがだめだ。
半開きの戸から外気入ってくるが、それでもまだ匂いが籠もっている。
あまりの事に考えがまとまらない。ふらふらとした足取りで健太郎が外へ出ようとしてあるものに気付いた。
「なんだ?」
小さな小窓に取り付けられた鉄格子、結ばれた布。見覚えがある気がする。
大きさといい、色といい。この学校の女子の制服、そのリボンに見える。
なぜそんなものがここに?
健太郎は一瞬迷った。早くここから出たい。
しかし、何か予感のような不確かな感情に突き動かされてそれに手が伸びる。
軽く結ばれていたのか、それは端を軽く引っ張ると、するっと外れた。
やはり女子制服のリボンだ。しかし、なぜこんな所に? 恵が結んだのだろうか? ならばなんの為に?
何気なくクルリと裏返して健太郎は固まった。
今夜0時、一人で。学校にて預かりモノを返す。
油性マジックで書かれたらしく文字がひどく滲んでいたが、それは確かにそう書かれていた。
「預かり……モノ?」
何の事か分からない。あるいはこれは健太郎宛ではないのではないか?
しばらく迷った後、健太郎はそれをズボンのポケットに詰め込んで体育倉庫の外に出た。




