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第01話

 顔に日の光を感じ恵は目を覚ました。


「ふふっ、吸血鬼だったら、灰になるところだけど」


 もっともこれからの展開次第では灰になるのも戯言ではなくなる。

 恵がいるのは学校屋上。

 自宅には帰らなかった。

 否、帰る余裕がなかった。

 【燈火】に発見される危険と消耗を避ける為だ。

 それに、恵の家族は刈り尽くしている。捜索願いが出される心配もない。

 本当なら今しばらくここにこもりたいところだが、昨日だけで教師、生徒を数人狩っている。

 騒ぎになるのは時間の問題だ。

 そして、何より、前畑健太郎だ。

 あれを放っておくわけにはいかないし、放っておく余裕もない。

 普通ならオーバーチャージとも言えるほど狩っているのにダメージの回復が追いつかない。

 こうなれば、もはや禁忌に手をだすしかない。


 ”同族食い”


 本来ならば忌避される行為だが、恵には抵抗はなかった。

 余裕がないというのもあったろうが、それはより彼に近づける事であったから。

 どこまでの効果があるかわからないが、今のダメージを補ってあまりある力が手に入るはず。

 そして、昇華を放棄した恵には健太郎の炎術がどのような方向性、どのような才能であっても炎術の型を持たざるが故に受け入れる事が出来る。彼のように。



「あの方の隣に相応しいのは私。みてらっしゃい、樹連」



*---*



「恵の事?」


 学校へ道、智子は怪訝な顔で聞き返した。

 健太郎は黙って頷いた。


「うーん、引っ越しとかそんな話は聞いた事ないなぁ。生まれも育ちもずっと一緒のはずだけど? なんで?」

「い、いや。話の内容からなんとなく」

「は? そもそもあんた。昨日、あの子と何話していたのよ。

 あの子はどっちかって言うと自分から話しかけようなんてタイプじゃないわよ、一見気さくそうに見えるけど」

「似てるからじゃないかな?」

「誰が?」

「恵さんが」

「誰と?」

「僕と」

「どういった所が?」

「……おとなしい所……かな?」

「……似てるって言えば似てるけど。あの子の場合はおしとやかって感じだけど、あんたはただの小心者なだけでしょ?」

「ひどいよ、それは」


 本当は似ているのではなく、同じなのだ。

 DFであるという部分が。

 吉田恵はDFだ。

 だが、つい最近までDFの事を知らなかった智子が、恵がDFである事を知っているはずはない。

 だったら、恵はいつ目覚めたのか?


 いや、目覚めたとかではなく、いつDFになったなのか?


 なによりも気になるのは恵が《燈火》のDFではないと言う事だ。恐らくは《紅》のDFなのだろうが、そう仮定すると一つ大きな疑問が残る。

 恵と智子は中学の時は同級生だったという。

 この街は《燈火》のテリトリー。なのになぜ他のグループ、それも抗争中のグループのDFが何年もの長期間をこの街で過ごす事が出来たのか。

 気がかりは他にもある。

 恵との戦闘になりかけた時もそうだったが、炎術を使って戦おうとする時によぎる感情と感覚はなんなのか? その感覚に従えばうまく戦えた。斬場の時もその前も。

 だが、そもそもうまく戦える方がおかしいのだ。


 八識の話では前畑健太郎はDFに目覚めたばかりのはずなのだから。


 何が正しくて、何が間違っているんだ?


「智子?」

「なによ? さっきから黙っちゃって」

「僕は……僕だよね?」

「……寝てんのか、あんた」


 フルスイングのカバンの角が直撃した。

 ……かなり、……痛い。

 しばらく声が出ない。


「智子……お願いだから角だけはやめて」

「それがあんたでしょ?」

「?」

「道端にしゃがんで頭を押さえてるみっともない姿、今のあんたが前畑健太郎でなくてなんだってのよ」

「だからって何も殴らなくても」

「どーせまた自分がDFだかなんだかだからって悩んでたんでしょ? そんな顔してる。

 言っとくけどね、あんたがどんなに大層な力を持ってもあんたが前畑健太郎である事に変わりはないの。

 ……私があんたの従姉であるっていう事実もね」


 ぷいっと顔を背けるとスタスタと先を行く。

 どうやら照れているらしい。

 健太郎は少し笑って、それから早足で智子を追いかけた。


「ちょ、ちょっと待ってよ。おいてかないでよっ」



*---*



「おはよー、健太郎君」

「……おはよう、恵。私に挨拶は?」

「あ、そうだね。忘れてた。おはよー。と、も、こ」


 校門で待ち構えていたように恵がいた。

 健太郎は何を言えばいいのか強張ったままだ。

 そんな健太郎に恵は急に抱きついて両手は首にまわした。

 ぎょ、と立ち尽くす智子にかまわず恵はこれ見よがしに言った。


「昨日は、楽しかったねー」


 だが、その後すぐに刃のような囁き声が耳を刺さる。


「【燈火】に報告してないでしょうね」

「……してないよ」

「だったら、あなたについて来ているDFは何者よ」

「昨日言っただろう、僕は監視されてるって」

「ふうん……」


 恵は健太郎の監視という言葉は嘘ではないだろうと判断した。

 少し離れた位置から感じる炎気は健太郎のみを探っている。

 もし、【燈火】に恵の正体がばれているなら、恵の方を探っているはずだ。いや、それ以前にすでに包囲網が形成されて逃げ場などないはず。


「ちょ、ちょっと。何してんの二人ともっ」

「何ってちょっとしたのスキンシップー」

「いいから離れなさいって。もう」


 智子が二人の間に割って入って引き離す。


「何か変よ、恵。あんたそんなキャラじゃなかったでしょ」

「んー。健太郎君の事が気にいっちゃったからかなー」

「なっ?!」

「あははー、智子怖い顔してるー」

「う、うるさいっ。こんなんでいいなら熨斗つけてくれてやるわよ」

「あれ? いいのー? 告白までされたんでしょ?」

「あー、もう。そもそもなんで今日も学校にいるのよ、恵。バイトは?」

「んー。実は臨時休業中なの。事故が起きてね。

 だから、宿題一気に片付けようと思ったんだけど、分かんないところがあってー。

 ついでだから色々先生に聞こうと思ってー」

「事故ね。それは災難だったわね。弟君のプレゼント奮発して驚かすって言ってたじゃない」

「弟ねー」


 恵の弟は交通事故で下半身不随となり、自由に動けない。その分、家族は過保護気味だ。

 もっとも、今となっては過去の話だが。


「バイト先の店長さんが申し訳ない事になったってお給金に色つけてくれたのー。

 予定よりは少ないけど、まぁいっかなーって思って」

「そっか、まぁ恵が納得してるならいいけど」

「じゃぁ、いくね」

「なっ!?」


 さりげなく、健太郎の頬にキスをして校門の通用口から入っていく恵。

 そして残されたのは呆然としている健太郎と智子。

 唐突にくるりと回った智子。

 それは極めて危険な弧だったが、健太郎の理解が一瞬遅れた。


「このスケベッ」


 見事に全体重をうまく乗せたやや上向きのカバンスイングが健太郎の側頭部にヒットした。


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