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第07話

 面倒の種を作ってしまった。

 廊下を歩きながら恵は内心溜息をついた。

 《燈火》のテリトリーから退くにしろ残るにしろ、安全な場所の確保は重要だというのに。

 自らそれを崩してしまった。

 焦りすぎたか?

 だが、今更言っても仕方がない。

 窓ガラス越しに外を見ると校門へと向かう男女一組の人影があった。

 健太郎と智子だ。


「彼女じゃなければ、一緒に狩ったんだけどね」


 智子の存在を感じた瞬間、炎術を回収していた。

 それはDFとしての恵にとってデメリットであった行為。

 下手をすれば無防備のところを健太郎の炎術にさらされる危険すらあった。


「器に引きずられるとはね。あるとは聞いていたけど」


 言って、自分の言葉をもう一度頭で繰り返す。


「そうか、そういう事ね。炎気が弱かったわりに炎術が強いのも納得できる」


 恐らく、あの健太郎という少年は元々【燈火】の普通のDFだったのだろう。

 だが、何らかの事情で正常に器を替える事が出来なかったのだ。

 結果、炎気のコントロールはもとより記憶すら異常を起こしているのだろう。

 そして、器に引きずられた結果、黒い炎を操れる人間前畑健太郎として生活しているのだろう。


「中途半端な覚醒云々は、恐らく現状の彼を落ち着かせる為のウソね」


 ならば、ダメで元々の脅しだったが、通用している可能性は高いのではないか?

 特にあの智子と親密な様子を見ると、彼女まで危険にさらす可能性まで考えるのではないか?


「だからと言って、ここに隠れ続けるのは賢明じゃないわね」


 願うのは彼が今日中に仲間とコンタクトを取らない事のみ。

 今の状態で包囲されては、強弱関係なく数で詰むだろう。


「なんだ、吉田じゃないか。どうした? お前は補習組じゃないだろ?」

「あー、先生。こんにちはー」


 通りがかった教師にぺこりと頭を下げる。

 教師と言っても顔を見た時点では”恐らく”だった。

 しかしすぐに器が持っていた記憶から必要な情報を拾い上げる。


「いえ、ちょっとどうしても勉強で分からない事があって」

「おいおい。今は夏休み中だぞ。勉強しないのも問題だが、何もわざわざ休みに学校に来てまでする事はないだろう」


 記憶の検索はスムーズだ。

 器が安定していない事を考えればそれは御の字と考えていいだろう。

 おかげで無駄に怪しまれずに済む。


「ちょうど、いいですー。先生、ちょっと時間ありますかー?」

「なんだ、てことは古文関係か?」

「ええ、まぁ」

「まぁいいか。指導室が確か空いてたな。ちょっと待ってろ、荷物を置いて来るから」

「はいー」


 職員室に早足で向かう教師に手を振りながら、彼女はクスッと笑った。


「最悪の事態の為にも。補給はしておかなきゃ、ね」



*---*



「ん、健太郎君には特に変化もないのね?

 分かった、じゃそのまま監視を再開して頂戴」


 電話を切って、八識は額を押さえて呻いた。


「まずったわ。

 まさか、健太郎君の監視まで捜索チームにまわしてしまってたなんて」


 幸い、何事もなかったようだが、何かあったらと思うと冷や汗ものだ。

 万が一、健太郎が【紅】に誘拐されていたら? 彼が牙翼または刃烈だとしたら?

 器を替えた【紅】のDFも重大な問題であったが、だからと言って健太郎を無防備にしていいほど【燈火】にとって重要度は低くない。


「あー、もー。問題だらけ。こんな事なら長なんて引き受けるんじゃなかった」

「引き受けるも何もお前が立候補したんだろ?」


 八識と共に事務所にいた斬場が呆れたように言った。


「他にやってくれそうな人がいなかったからじゃないの」

「そりゃ、お前が言ったのが始まりだからな」


 私達が生きていけるグループを作る。

 その八識の言葉が【燈火】の始まりだった。

 八識、斬場、その他【燈火】の信条に賛同した数名のDFで、テリトリーを確保し拡大し奪わんとする敵を排除した。

 やがて、【燈火】の噂を聞いたDF達が集い現在に至った。

 当初のメンバーで生きているのは八識と斬場しかいない。

 【燈火】を立ち上げて初期の激しい争いに散っていった。


「泣き言なんて言う資格なんてないさ。燃え尽きた連中にどう言い訳する気だ?」

「……意地悪ね。少しぐらい弱音言わせてよ」

「事が済んでからにしろ。まだ何も終ってない」

「そうね。健太郎君に器を替えたDF、……そして樹連」

「樹連に関する情報はあいかわらずか?」

「ええ、それどころか、他の【紅】のメンバーを感知したって情報もほとんどなくなったわ」

「引き上げた訳じゃないんだろ」

「恐らく、最後に侵入してきた【紅】のグループの中に知恵が回る奴でもいたんでしょうね。DFなんて何かと無頓着だから、今までは尻尾捕まえてこれたのに」


 八識はやるせない思いをため息に込めた。



*---*



 彼女は先ほどから携帯電話を手で弄びながら通話履歴を何度も確認していた。

 だが、確認するまでもなく1名から定時連絡が入っていないには分かっていた。


 簡単にくたばるタマじゃないはずだけどね。


 自らの意思で接触を断った可能性もある。元々彼女とは相性が悪かったのだ。

 性格の不一致等ではない。

 むしろある一点では二人は同じであった。

 故に相手の存在を認められない。


「【燈火】の手に落ちてさえいなければどうでもいいけど。

 宿木の話さえなかったらむしろやっかい払いなのに」


 宿木から聞いた情報を読み取る炎術の使い手が【燈火】に本当にいるのなら、やっかいな事になる。

 せっかく、新しい隠れ家や定時集合の場所の変更も意味をなさなくなる。


「ちっ」


 レザーのジャケットのポケットに引っ掛けていたサングラスをかけて彼女は歩き出した。


*---*



 健太郎は受話器を置いたまま溜息をついた。

 智子は夕飯の片付けを終えて帰宅している。

 今日の事を八識に報告するべきか。

 迷いがあった。

 そもそも恵は、去年智子と同級生という事だ。

 彼女はいつDFとして覚醒した? 彼女の口ぶりからつい最近という事はないはずだ。

 そもそも恵は中途半端な覚醒と言った事を意味が分からないと言った。

 意味が分からなかったのは中途半端の部分か、それとも覚醒そのもか。

 だったら、人はどうやってDFになる?

 いや、そもそもDFとはなんだ?

 それに恵が言っていた器とは? 狩る?

 恵と相対した時の既視感。

 これまで自分が立っていた場所が砂の橋のように崩れていくように感じた。


 八識達、【燈火】をこのまま信用していいのか?



 第三章 完


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