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第10話

「さて、そろそろ私がいないはずのあの夜の状況を知ってる説明をしないとね。といってもタネは単純なんだけどね。

 DFがDFと呼ばれる理由は勿論炎術にあるんだけど、これには個人差があるわ。

 まぁ、人間の走力、腕力に個人差があるのと同じ。そして鍛えればより強化されるのも同じなの。まぁ、DFの場合はあえて鍛えるまでもなく自然と力は強くなるんだけどね。

 そして、ある時点で昇華と呼ばれる段階を迎える」


 言われて健太郎は照明付近の微かな炎術を見た。

 ウェイトレスが使った音が外に漏れない炎術。


「そう、あれも昇華の型の一つよ。本人は《操音》の炎術と呼んでいるけど」

「昇華の型ってなんですか?」

「そうね、そもそも昇華っていうのは別に炎術の終着点とかそんなものではなく、ただ炎術に燃やす以外の要素を加味出来るようになるだけ。

 まぁ、だけなんていっても昇華までたどり着いた時点で一級のDFなんだけどね。

 後、昇華の型には2系統あって一つは《操音》みたいに炎術に別の属性を与えるものでこれを付加型と呼ぶの、そして私も当然昇華してて、昇華の型は付加型。

 で、ここまで教えておいていきなりだけどクイズ」

「は?」

「例の襲ってきた男の遺体。どうやって処理したと思う?」


 智子はまるで狐に包まれたような表情だが、健太郎にはピンと来るものがあった。

 自身の炎術でもまるで炎が身体の一部のように焼ける感覚が伝わってきた。

 もしも、それより上があるなら。


「焼いたんですね。焼いたものを知る炎術」

「正解、にしておきましょうか。

 正確には焼いたものだけじゃなく、それにかかわった事柄、焼いた瞬間から燃やすものにもよるけど何年にも過去を遡って知る事も出来る。

 《知覚》の炎術と呼んでいるわ」


 なるほど、八識が健太郎達の苗字を知らなかったのは、襲って来た男の見聞きした情報しか知らなかったからだ。あの時、二人は名前でしか呼び合っていなかった。

 健太郎は納得したが、次の疑問が浮かんだ。

 ……が、聞くのが怖かった。

 内容が、ではない。

 聞く相手がである。

 だが、かわりに智子が問いかけた。


「じゃぁ、その人が使ったあの剣みたいなのは? それがもう一方の型?」


 指差されて斬場はムッとしたが、食事の手はとめなかった。

 ちなみにもうほとんど皿は空になっていた。


「そう、私の炎術を付加型と呼ぶのに対して斬場のように炎術の物質化を具現型と呼ぶの」

「物質化?」

「まぁ、利便上そう説明したけど実際は質量、体積、密度といったものをもつだけじゃなくて、固有の特性をもっている場合が多いわ。

 健太郎君の炎術をたった一振りで消滅させたでしょ? あれが単に切るだけなら、二つに分かれた炎術が斬場に命中していたはずよ」


 健太郎はその時の感覚を思い出して身震いした。


「そうそう、あの時も言ったと思うけど、炎術っていうのは強力ではあるけど、破られると反動が肉体に返って来る。それは力を注げば注いだほど、反動もまた大きくなるわ。

 相手の力量も分からず無闇に全力で炎術を使っちゃだめよ」

「いえ、たぶんもう使わないと思いますから。大丈夫ですよ」

「そうだったら、いいんだけどね。本当に」


 八識は腕を組んでため息をついた。


「本題その2。抗争について。

 今現在【燈火】は【紅】というグループと抗争中である。

 普通はグループ同士が争うなんてテリトリー絡みが大半なんだけどね、今回ばかりは事情が違ってね。

 【紅】から【燈火】への移籍しようとしたDFが元凶」

「移籍って、出来るんですか?」

「まぁ、グループ移籍はその都度事情にもよるからなんとも言えないわ。ただ、今回のは移籍というより亡命ね」

「亡命?」

「まぁ、元来DFは人間より巨大な力をもってる分、人間に対して容赦なく粗暴な傾向があるけど。

 【紅】はそんなDFの中でも力至上主義、人間どころか同じDFに対しても強者が弱者を踏みにじるなんて珍しくないらしくてね。

 たぶん、亡命希望のDFもそんなところに嫌気が差したんだと思うけど。

 まぁ、そんなだから周囲のグループのテリトリーに手を出すなんて日常茶飯事で周り中敵だらけなんだけど、困った事にそこには三巨頭なんて呼ばれてる連中がいてね。一人々々が小規模のグループなら単独で全滅させるなんて出来るとんでもない連中でね。

 とても、ウチも含めて手が出せない連中だったのよ」

「あの、ようはその亡命者を受け入れたから抗争に?」

「それだったらまだ良かったんだけどね。

 行方不明になっちゃったのよ、その亡命者を追っていたDF共々、よりによってウチのテリトリー内で」

「でも、それってなぜ問題に?

 亡命者を受け入れたら面子がたたないとかの理由なら分かりますが、結局受け入れられなかったんでしょう?

 それとも【燈火】を攻める口実なんですか?」

「違うのよ。もっと切実な問題」

「というと」

「行方不明のDF2名。どっちも三巨頭なの」

「……は?」

「亡命を持ちかけてきたのが牙翼、それを追いかけてきたのが刃烈。

 どっちかが【紅】の長やってないのが不思議なくらい。

 それがウチのテリトリーで消えた。【紅】は三巨頭がいるのをいいことに周りのグループに喧嘩売ってたからね。

 その三巨頭のうちの二人がいなくなりましたというのが公になれば下手すればあのテリトリー周辺、戦国時代みたいになるわよ」

「でも、【燈火】のテリトリー内で行方不明ってなぜ分かるんですか? 余所に行ったとか」

「ウチの強みは情報力でね。

 DFが境界付近を通過するとその炎気を感知する《探知》の炎術の使い手が複数いてね、テリトリーの境界を全てカバーしてるの。

 それも【紅】の3巨頭が通ろうものなら見逃すはずないのに。侵入の形跡はあっても脱出の形跡なし。

 【紅】にしても、他のグループにいったなら、噂ぐらい耳にするはずと考えてるはず。

 結果、【燈火】が牙翼、刃烈の両方、あるいは片方だけでも手にしたと【紅】に思われちゃって、それを取り返そうとこの半年前からひっきりなしに【紅】の侵入が絶えないのよ」

「は、半年前も前の話なんですかっ!?」

「そう。亡命騒ぎは半年前なの。

 ここ一月ほどおとなしくなったと思ったら、突然活発……というか強行的になってね。どれくらい強行的なのかは健太郎君自身が身をもって知った通りよ。

 いい加減諦めたと思っていたのにね」

「あのー、その人達が相打ちになった可能性は?」

「こっちのテリトリー内で戦闘になったのは分かってるわ。

 が、なんせ三巨頭なんて呼ばれてた二人だからね。危険だから【燈火】のメンバーは退避させてたのよ。

 戦闘が終ったと思ったら今度は炎気が消えちゃってね」

「炎気が消えた?」

「そ、健太郎君なら分かると思うけど、炎術を使えばその場に炎気が残る。

 最初の衝突辺りの炎気こそあれど、そこから先の炎気がないのよ。

 相打ちなら相打ちでそれこそ盛大な炎気を撒き散らしているはずよ」


 そこまで話して、八識は呼び出しボタンをおした。

 ほどなくして、ウェイトレスが姿を現した。


「みんな、ほとんど食べ終えたみたいだから。ドリンクお願い。アイスティーでいい?」

 八識の確認に二人は頷いた。斬場も異論はなかったのか黙ったままだった。


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