第11話
アイスティーが運ばれてきてから、八識は健太郎をひたと見つめた。
「さて、ここからは健太郎君自身の話。そして、判断する話になるんだけど」
「僕が……ですか?」
「DFの事についても、今起きている事についても一通り説明したわ。
最後のステップは今後の事について」
「今後?」
八識は一息おくようにアイスティーを口にして、先ほど智子を気圧させた【燈火】の長の表情を軽くにおわせる。
「冷たく聞こえるようだけど、健太郎君は【燈火】のメンバーではないし、またグループに加入って言うのも簡単ではないのよ。
別にウチに限った話でもないけど、相応のメリットを提供できるか……なんだけど。
正直、知識が欠落し、炎術の基礎中の基礎程度の扱いが出来る程度じゃね?」
「ちょ、ちょっと。健太郎が【燈火】に入る必要性なんてないじゃない」
横からさえぎるように身を乗り出して智子が言うが、八識はそれを人差し指を振って抑える。
「メリットを求めるって言うのは、当然こちらからもメリットを提示するって事よ。
例を上げるなら【燈火】のメンバーはそのテリトリー内において、グループの庇護を求める権利を有し、またグループはメンバーに対し、その要求に応える義務がある。
平たく言うならば次に健太郎君が【紅】のメンバーに襲われたとしても、【燈火】としては守る義務はないわ」
「そんなっ。だって元々は亡命者が行方不明になったってトラブルが発端なんでしょ」
「そうね、【燈火】が一連のトラブルの原因の一端である事は否定しない。
例の行方不明になったDFがウチのテリトリー内での出来事である以上、トラブルが起きるのもうちのテリトリー内。
でもね、先にも言ったけど、どこのグループにも属さないDFは降りかかる火の粉は自分で払うのが暗黙の了解になっている。
中途半端な覚醒という事情を知っているからこうして話す場を設けさせてもらっているけど、本来ならDFのテリトリー内を挨拶もなしでうろつこうものなら、【燈火】側のDFから不審者といて襲われても仕方ない所よ」
「無茶よ。健太郎に引っ越せって言うの? ただでさえ、両親が行方不明なのに……」
健太郎は下を向いたまま震えている。
またあの夜のような事が起きる?
あの時はたまたま智子を守れたが、もし相手が斬場のような強いDFだったら?
八識は幾分雰囲気を和らげて続けた。
「そう。それは知らなかった事とはいえ、悪かったわね。
まぁ、健太郎君は学生だしそうそうこの土地から出て行けというのも乱暴だし。
で、こちらから提案があるの」
「提案……ですか」
「そう。DF健太郎を【燈火】の監視下におく。
まぁ、ようは敵味方はっきりしないけどウチから手を出す程の相手じゃないから、一応監視付きだけど放置するって事。
健太郎君は今までどおりの生活を送ってくれていいわ。悪い話じゃないでしょ?」
「え? でも、また【紅】のメンバーに襲われたりしたら――」
「監視付きって言ったでしょ。
まぁ、監視に付けるのはあんまり強くないDFだけど、健太郎君の炎術なら始めから最大火力で攻めない限り【燈火】からの援軍が来るまでの時間稼ぎは出来ると私は踏んでいるわ」
言われて思わず健太郎は自分の両手をひたと見る。
察したのか、八識は付け加える。
「あなたが思っているより、あなたの炎術は強いわ。ただ、配分、コントロール、それに戦闘経験が圧倒的に不足してるだけよ。相手の炎術をさばき、小規模の炎術で牽制していれば、例え智子ちゃんがいても、十分な時間がかせげるわ」
自身ありげな八識の様子に一抹の不安を覚える健太郎。
どうして僕自身が把握できてない力をここまで信用できるんだろう?
「お話はここまでですか?」
いつの間にかアイスティーを飲み干していた智子が割って入る。
「ええ。後は健太郎君が――」
「条件を飲むしか道はないんでしょ? どうせ。いくわよ、健太郎」
「え、ちょ、智子ちょっと待ってよ」
さっさと席を立って店を出ていく智子に、健太郎は八識達に軽く頭を下げてから大慌てで追いかけていった。
*---*
「さすがにあざとかったんじゃないのか?」
ずっと口を挟まずにいた斬場が言った。
「智子ちゃん、勘がよさそうだし。強引に話を進めすぎたかもね」
「強引どころか全然フェアではない内容だったな」
「仕方ないでしょ。
一から十まで本当の事なんて智子ちゃんの前で言えないし、今の健太郎君に言っても、余計混乱するか、下手すると暴走しかねない」
眼鏡のフレームを押し上げながら、ため息をつく八識。
「実際の所、こっちとしても健太郎君を監視するしかないのよね。
あなたはエースかジョーカーと言ったけど、それ以外の可能性だって考えられるし」
「なぜ、健太郎を読まなかった? それが一番手っ取り早いだろう」
「炎気に聡い健太郎君相手にこっそりなんて無理そうだし、やぶをつついて蛇を出すような真似をしたくないわ。
例え、ジョーカー。すなわち刃烈だろうと前畑健太郎として生きているうちはなんの問題もないわ」
「賭け、だな」
「そうね、認めるわ。だけど、リスクを避ける手段が他にないのよ」
こつこつとテーブルを指先で叩く八識の表情は複雑そうだった。
と、その目の前に新しいグラスが置かれた。
「おかわりです」
「ん、ありがと」
斬場の方には国籍不明の料理がのった皿を次々と置いていく。
特に表情に変化なく料理に手をのばす。
まだ食べるらしい。
*---*
「やっぱり……信用できない」
返る道すがら智子は言った。
「何か、隠してる。そんな気がする」
健太郎は答えなかったが、智子と同様に感じていた。
なにより、あの【紅】のDFと戦った夜、炎気、炎術という言葉を知っていた気がしたから。
八識の説明では知識も覚醒と共に身につくと言っていたが、では牙翼、刃烈の名前は?
いくらなんでも、DF個人の名前まで最初から知っているはずがない。
だが、これ以上の追求はしてはいけない気がした。
これからかも【紅】のDFと遭遇する可能性を考えると八識達にたよざらるをえない。
「それでも、敵に回られるよりよっぽどマシだよ」
「そうだけどっ!」
我慢できないと言った風に健太郎に言葉にかみつく智子。
健太郎は智子をなんとかなだめようとしたが、ふと視線を感じた。
あの人だ。
見かけたのは前に一度だけ。
それでも同一人物だと健太郎は確信していた。
あの時と同じレザーのジャケットとズボン。サングラスはしていなかったので視線があった。
だが、女性の方は興味ないという風に去っていった。
あの人も、もしかして……DF?
中途半端に智子をなだめている途中だったので、爆発寸前の智子に気付かないまま、女性の去った方を見たままだった。
*---*
あれは【燈火】のDF?
彼女は歩きながら先ほど目があった少年の表情を思い浮かべていた。
炎気のコントロールには自信があったのであの距離で自分の炎気が感知されたとは考えにくいけども。
彼がDFなのは微かにもれていた炎気で分かった。炎気を抑えているという感じではなかったのでよほど力の弱いDFなのだろう。
【紅】だったら、とっくに淘汰されていたに違いない。
「さすが【燈火】。噂に違わずイロモノだわ」
そして頭を軽く振って、その事を頭から振り払う。
そして、改めて自分の目的に没頭する。
どこにいるの? 刃烈。そして牙翼っ!
第二章 完




