戦いの前夜、伯爵のテントにて
重い夜の空気が張り詰めた中、テントの布を開けてルクシアが入ってくる。
地図を見ていた伯爵が驚いて振り返る。
「……これは、王女殿下。
本来なら私がご挨拶に伺うべきだった。申し訳ありません。」
ルクシアはゆっくりと首を振りながら
「いいんです。……今夜は、これでいいんです。」
伯爵が黙っていた。ルクシアはほんの少し笑って、ふと目を伏せる。
「伯爵、お願いがあります。
もしも……わたしたちの中で、誰かひとりでも生き残ったら……どうか、その子を……。」
伯爵真剣な眼差しでルクシアを見ながら
「……王女が、生き残るのです。その時、あなたがこの国を――」
ルクシアは遮るように
「……いいえ。わたしには、王の資格がありません。」
伯爵は言葉を失う。ルクシアは静かに続けた。
「自分が何者かもわからず、誰の命も守れず、
こんな戦を止めるどころか、広げてしまった。
そもそもこの国がこんな形になったのは、わたしの……家の罪です。」
ルクシア少し微笑んでいた。
「だから、伯爵に託したいんです。
どうか、後のことを、あなたに。」
ルクシアは深く一礼し、伯爵の言葉を待たずにテントから去る。
テントにひとり取り残された伯爵は、しばらくその場に立ち尽くす。
握りしめた拳が震え、やがて目の前の机を蹴飛ばす。
ガタンッ!!
衛兵テントに駆け込んできた。
「伯爵、いかがなさいましたか!」
「……問題ない。下がれ。」
伯爵ほ押し殺した声でやっと答えていた。
衛兵が一礼して去った。
伯爵はしばらく動かず、やがて両手で顔を覆う。
静かな嗚咽に肩が震える。
しかし、その声は、夜の闇の中に溶けて聞こえることはなかった。




