残りの妖精使い
暖炉の火の前、ルクシアは口を噤んだままだった。
代わりにミリアが、辺境伯の最期と“王を殺した五人”の話をした。
「その五人……私とよく似た音の妖精を、まるで自分の体の一部のように使っていた…でもどこか違ってた…」
セルヴァーナは重く頷く。
「奴らを討つには、同じ“力”がいる。……だが、二人だけでは力不足だ…」
「どういう意味?」とミリアが問う。
「同じ妖精使いを探さねばならん。どこかにいるはずだ…正統の、妖精に選ばれし者をだ…」
その夜、セルヴァーナは手紙を一通書いた。
宛先は、老いた隠遁者――妖精使いのレアティナ。
森の奥深くに住み、今ではただ静かに時を待つだけの存在。
数日後彼女らはその森にいた。
霧のかかる杉の森の奥、小さな丸屋根の小屋。
出迎えたのは、深いしわの刻まれた顔と透き通るような瞳の老女だった。
レアティナは妖精と話しができるという。
妖精と話しができるというのはルクシアやミリアにとっては驚きだった
そんなことができることに。
なぜなら二人は妖精と話しをしたことがなかった
いつも命令するだけだった。
「……私たちは、戦いの時しか呼び出したことがありません。そんな対話のような…」
それを知っていた高齢の妖精使いは嘆いた。
「それは……とても悲しいことです。妖精は、かつて神に近い存在でした。崇められ、語らい、音とともに人と生きていたのです…」
ルクシアもそんな話は聞いたことがあった。
大昔のことだと。神話の話だと。
考えたこともなかった。
その瞳に浮かぶ疑念の色を、レアティナは見逃さなかった。
「人は長い間に妖精を自分達が操れるようにしてしまった…そして…あなたの父君―国王は、とうとうその聖なる存在を、戦争の“道具”に堕としました。……それが、今の世界の歪みです…」
「レアティナ様…それは…どういうことですか?」
ルクシアは彼女が何を言ってるのか理解できなかった。
父が?
「言葉通りのことです…あなたの父君は他国の侵略のために、魔術を使って妖精達を兵器として使えるようにしたのですよ…そしてあなた達をこのようなことに…」
レアティナの言葉には怒りが混ざっていた。
視線は同情の視線だった。
哀れな娘たちよ…と
ルクシアは信じられなかった。
あの優しい父がそんな非道なことを…
では私はなんなのだと…
昔は妖精とは対等か妖精を崇める関係だったのにいつの間にか人の道具になってしまったのだ。
ましてや武器などと…
頭の中で色んなものが混ざり合っていた。
自分という存在がわからなくなっていく。
「ルクシア様!」
ミリアの声が聞こえた。
ハッとして我にルクシアは帰った。
「ミリア…」
「すごいことですね!国王様は!こんな強い武器を私達に与えてくださった!なんかワクワクしてきました!では仲間を探しましょう!そしたらもっと強くなりますよ!お願いします、レアティナ様!」
ミリアは大きな声だ。
どうして…
どうしてミリアは笑っているのか…
「ルクシア様よろしいのですね?」
ルクシアはもうなにも考えられなかった。ただなんとなく返事をしてしまっていた。
儀式が始まってしまった。
ルクシアはもうただ事が進むのに任せていた。
儀式の間、彼女は父親である前の国王の姿が走馬灯のように次々と広がってきた。
いつも優しかった父、王座の父は彼女にとっては憧れだった。
見上げてきた、王座の父を…
それが何をしたのか…
父の仇も同じだった。
では私は…
わからなかった…
儀式はそんな彼女を置いたまま進んでいった。
薪の火を囲むように三人が座り、レアティナが古代語で静かに詠唱を始める。
詠唱はまるで風の歌のようで、周囲の空気が振動し始めた。
これは古来から伝わるものだった。
炎の中から光が生まれた。
それは小さな竪琴の音色とともに、空中へ舞い上がる。
やがて、3体の妖精が光の中に浮かんできた。
妖精たちは、互いに視線を交わすようだった。そして歌を言葉替わりに交わし始めた。
それは、音の言葉。
辺りにいろんな音が響いた。3体の妖精は音を互いに使っていた。様々な音色が流れる。
記憶の波。
想いの共鳴――。
そして、幻想が現れる。
その音が音色が次第に形になる。
その音のゆらめきの向こう、3体の妖精と三人の少女たちの姿が映る。
これが仲間…私と同じ力を持つ…
だが――その影の奥に、もう一つの“何か”が現れた。
人の形をしていながら、どこか歪み、憎悪と哀しみに満ちた存在。
黒い髪、異様に長い四肢、闇のような衣――その眼だけが、赤く燃えていた。他にも大小様々な、そして歪と言ってもいい外見のものが多数現れていた。
「なに……あれ……」
ルクシアが声を漏らす。
ミリアも恐怖に震える。
レアティナはゆっくりと目を閉じた。
そして、呟くように言った。
「……あれは、怨念で作られた妖精です。
おそらく、人に無理やり操られた妖精が、
本来在るべき姿を失い、傷つき、堕ちて生まれた姿……他にみえるのもそうです…過去からたくさんの妖精が人の手によって傷つき、痛めつけられ、歪められました…」
ルクシアはその言葉に、胸の奥が締めつけられるような痛みを感じた。
あのいろんな妖精達にも妖精使いがいるのだろうか…
自分の中にある力――それは、妖精の嘆きによって生まれたのかもしれない。
儀式が終わった。
「貴方と同じ力を持った妖精使いは三人います。」
「どこにいるのですか?」
ミリアが尋ねる。
「それは妖精が指し示すでしょう…妖精に尋ねることです…」
レアティナの答えだった。
それは戦い以外で使う初めての妖精の力…
炎のゆらめきの中、妖精達はいた。
まるで、未来を決める最後の調律のように――。




