決意
豪奢な部屋の窓から、月光が差し込んでいた。
ルクシアは椅子に腰かけ、机に置かれた短剣を見つめていた。
その刃に映るのは、険しい瞳だけ。
夕刻――。
セルヴァーナ伯爵は、執務室で彼女に言ったのだ。
「ルクシア殿下。復讐は……どうかおやめください。
国の王女として、あなたは憎しみに生きるべきではない。
もう剣も手放し、昔のように歌を――」
「黙れ!」
ルクシアは机を叩き、激しく遮った。
「私からすべてを奪った者たちを放っておけというのか!
あなたは平穏の中で忘れて生きろと? 私は……私は絶対に許さない!」
伯爵はなおも諭そうとしたが、彼女の怒りは止まらず、言葉を交わす余地はなかった。
――そして夜。
部屋の扉が、控えめに叩かれた。
「……ルクシア様、私です」
ミリアがそっと入ってくる。
心配そうな瞳でルクシアを見つめ、言葉を選ぶように口を開いた。
「……お願いです。復讐なんて、もうやめて……。
私……昔のルクシア様に戻ってほしいんです」
「……あなたまで伯爵と同じことを言うの!」
ルクシアの青い瞳に、怒りの光が宿る。
「なぜ誰も、私の気持ちをわかろうとしない! 私は必ずあの影を滅ぼす。そのためにここにいるのよ!」
ミリアは一歩も退かず、首を振った。
「わかっています。ルクシア様の気持ちは……でも、私は……」
彼女は胸に手を当て、かすかに震える声で続けた。
「私が子供の頃……まだ両親が生きていて、家族で笑っていられた頃……。
唯一の幸せな思い出は、ルクシア様の歌なんです。
あの歌を聴いている時だけは……本当に幸せで……」
ルクシアの瞳が揺れる。
「……両親は、今は?」
ミリアはしばし沈黙した。
やがて、寂しげに微笑む。
「もう……いません。亡くなってしまいました。
だから、あの頃の思い出だけが私の宝物なんです。
できるなら、あの頃に……戻りたい…」
その言葉に、ルクシアの表情がふっと和らいだ。
怒りの炎が、少しだけ静まる。
彼女は立ち上がり、ミリアの肩に手を置いた。
「……あなたにとって、そんなにも大切なものだったのね…」
声は低く、しかしどこか温かかった。
ミリアは目を潤ませて頷く。
「はい……」
ルクシアは静かに彼女を見つめる。
その瞳には、復讐に囚われた影の奥から、かつての優しさが一瞬だけ顔を覗かせていた。




