《セルヴァーナ伯爵の館》
森を抜け、石畳の坂を登った先に、白亜の館が姿を現した。
堀を渡る橋には兵がずらりと並び、館の前庭にも鎧姿の兵士たちが立ち並んでいた。
「……こんなに兵が……」
ミリアが小声で呟く。
門が開き、重々しい足取りで出迎えに出てきたのは、壮年の貴族――セルヴァーナ伯爵だった。
銀髪に深い皺を刻みながらも、その眼差しは鋭さを失っていない。
「よくぞおいでくださいました、ルクシア殿下」
伯爵は恭しく頭を垂れ、丁重に言葉をかけた。
ルクシアは一歩前に出て、形式的に微笑む。
「……ご配慮、痛み入ります。ですが、今の私はただの亡国の娘に過ぎません。どうか“殿下”はおやめください」
声は澄んでいたが、そこに温かみはなかった。
伯爵の眼には、その言葉の奥に潜む諦念と執念――復讐だけを見つめる影が映った。
「……なるほど」
伯爵は静かに頷いた。
その横で、ミリアが待ちきれずに口を開いた。
「お祖父様、私たちは――」
だが、伯爵は彼女を一瞥しただけで言葉を遮った。
「後で話そう。まずは客人を迎えるのが先だ」
「……」
ミリアは唇を噛みしめる。幼い頃から変わらぬ厳しさに、苛立ちが込み上げた。
館へと通される途中、ルクシアの目が鋭く動いた。
庭の片隅に、森で見かけたのと同じ一団――武装した兵士たちの姿があったのだ。
「……あの兵たち。あれは……?」
ルクシアの問いに、セルヴァーナは一瞬だけ言葉を選ぶように目を細めた。
「……国王に反旗を翻す者が、各地で勢力を結びつき強めています。
表向きは王都警備の兵だが、実際はその動きに備えてのことです」
「反乱軍……」
ルクシアの蒼い瞳が揺れる。
伯爵は立ち止まり、振り返ってルクシアを見つめた。
「殿下。――どうか、この戦に深入りなさらぬように」
「……」
「あなたは戦場の駒ではない。血塗られた争いに飲まれるべきではない。
私にとって、あなたはただ……昔日の歌姫であってほしいのです」
やんわりとした声でありながら、その言葉には決意が宿っていた。
それは――王家の亡霊を担ぎ出すことを拒む意思。
ルクシアを戦の象徴ではなく、一人の“お姫様”として守ろうとする思い。
しかしルクシアは、かすかに唇を引き結んだ。
「……お気遣い、感謝いたします」
淡々とした声。その奥で、復讐への炎は消えずに燃えていた。
そのやり取りを見ていたミリアは、胸の奥で拳を握りしめる。
(……お祖父様は、どうしてルクシア様を信じてくれないの……!)
館の門が閉じる音が、三人の間に重い沈黙を落とした。




