第9話 過去にも未来にも行けない
藤江 幸頼 27歳 関東公安調査局第一部勤務
神楽 伝次郎 42歳 日本宗教調世会企画部長
船越川 瑠理香 40歳代前半? 日本宗教調世会調査員
翌日から、藤江は地下五階の研究エリアに勤務場所を移す。
藤江は、各リーダに会うたびに挨拶するが、ことごとく「あっ、そうなの」といった反応をされた。雨宮だけには「そうですか。よろしくお願いします」と丁寧にあいさつされる、要約すれば「あっ、そうなの」に変わりない。
リーダーが地下五階に顔を出すときは、何かしらの作業があるはずなので、素っ気なく扱われるのも仕方ないのだろう。
各リーダーとは、週に一度会うかどうかだった。
研究エリアも、誰もいない時間の方が多かった。
船越川は毎朝顔を出すが、相変わらず「監視をお願いします」と挨拶して、いなくなってしまう。監視するにも人がいないのだから、できるわけがない。
毎日、ふらりと現れる神楽は、世間話をするだけだ。新聞を持って現れ、読み終えると何も話さず帰ってしまうこともある。
退屈な日々が続いた。
連日、猛暑日を記録している七月、常に空調が効いている研究エリアは、快適だった。
藤江は、今日も警備室の椅子に座り、タイムマシンのドラフト版マニュアルを読む。
現行のマシンは、制御室からの操作も必要なので、ひとりで動作させることはできない。情報を盗んで、そのままマシンに乗って逃げられてしまう心配はないようだ。
仮に、ひとりで動作できたとしても、行先は別の時間の同じ場所、同じ機械を通らなければならない。つまり、未来には行けるとしても、この機械が造られていない過去には、行けないことになる。
エレベーターホールからのドアが開き、神楽が入ってくる姿が、モニターに映し出される。
「おはよう。マニュアルを読んで勉強しているの?」
「これ、タイムマシンでも、過去には行けないのですね」
「そう、同じ機械で双方向からエネルギーを固定しなくちゃならないから、機械ができていない過去の時間世界には行けないね。それだけじゃないよ」
あっさり認めた神楽は、テーブルに新聞紙を置いて話を続ける。
「未来の時間世界にも、行けないね」
藤江は、絶句した。
過去にも未来にも行けない機械を、タイムマシンだと思っていた。
「それでも、タイムマシンなんですか」
「ちゃんと動くことは動くよ。でも、未来の時間世界に行くためには、そこでも機械を操作する人間が必要なんだ。過去の時間世界から来ることがわかっていて、待ち構える人間がね、必要なんだよ」
ひとりで操作できないことが、足枷となっていた。
「データが揃えば、じきに改良できるとは思うけど、今は無理だね」
神楽によると、五月後半に冥界に立ち入った者がいて、時間を移動するための座標値が観測できるようになったという。
「冥界にいった人間がいるとタイムマシンが完成するという関係が、わかりません」
藤江は正直に答えた。