第10話 バック・トゥ・ザ・フューチャー
藤江 幸頼 27歳 関東公安調査局第一部勤務
神楽 伝次郎 42歳 日本宗教調世会企画部長
神楽が説明するには、今年の初めに十四世紀のイタリアからダンテ・アリギエーリが現代日本にタイムスリップしてきたそうだ。
「四月に藤江くんと一緒に面接した彼が、ダンテさんだね」
神楽は、種明かしをするように言った。
五月の下旬に、ダンテは、ベアトリーチェの生まれ変わりの女性と共に冥界に立ち入ったそうだ。
冥界では、地球温暖化の影響で第九圏コーキュートスの氷が溶け始め、堕天使ルチーフェロが解放されそうになっていたという。
ふたりは、コーキュートスを冷却し、ルチーフェロを閉じ込めておくことに成功し、現世に戻ってきた。
冥界は、時空を超越した世界であり、神がいる。
ふたりは、神と会い、時間世界の構造を教えてもらったという。
「理論の裏付けが取れて、ほっとしたよ。神は『時間は、連なって走り続ける貨車に同じセットが作られ、同じ役者が、同じショーを演じている』と例えたんだ。冥界では、我々の未来、現在、過去は、連なって流れている。さすが神だね、わかりやすい」
藤江には、わからない。
「タイムパラドックスを解決しながら説明しようか」
神楽は「親殺しのパラドックス」や「因果のループ」も解決できると言い切った。
「親殺しは物騒だから、両親の出逢いを邪魔することにしよう。映画『バック・トゥ・ザ・フューチャー』では、主人公のマーティーは一九八五年の世界から、一九五五年の世界にタイムスリップしたよね。そこで、両親の出逢いに干渉したから、マーティーは生まれなくなりそうになって、消えかかってしまう。でも、このモデルでは、そうはならないんだ」
藤江は、基礎学習で「バック・トゥ・ザ・フューチャー」は二度観ている。
劇中、マーティーは消えかかるが、父ジョージの頑張りで、母ロレインの心を奪い、マーティーは消えずに済んだ。
「三十年前の両親は、元の世界の両親と同一人物ではあるけれど、別なんだ。それぞれの世界の事象は独立しているんだよ。『別の時間世界に生きている同一人物』とでも言えばいいのかな」
考え込む藤井に構わず、説明を続ける。
「仮に、マーティーが三十年前の両親の出逢いを完全に妨げたとしても、生まれないのは一九五五年のマーティーであって、邪魔をした千九八五年のマーティーの誕生には、影響しないんだ。そして、三十年が経って一九五五年の世界が一九八五年になったとき、三十年前にタイムスリップするはずのマーティーは生まれていないから、そのときの一九五五年の世界で両親の出逢いは邪魔されず、その世界のマーティーは誕生することになる」
「マーティーは、過去によって生まれたり、生まれなかったりするのですか」
当たっているかどうかもわからず、取りあえず答えてみる。
「そうなんだ。連なる同じはずの時間世界を変えてしまい、違う歴史のパターンを作ってしまうんだね」
当たっていたようだ。
「ついでに説明すると、映画のパート2では、時空の歪みから並行世界が生じたと説明しているけど、それも残念ながら違っている。ビフが一九五五年の世界で未来のスポーツ年鑑のおかげで大金持ちになったとしても、マーティーたちが戻った一九八五年の世界が一九五五年だったときにビフが現れたわけではないから、そこで世界が変わっていることはないんだよ」
それでもこの映画は好きだよと、神楽は付け加えた。




