蒼木青子②
青春の二文字にいい記憶はなかった。過去を振り返っても、モノクロの断片しか浮かんでこななかった。幼い頃から人付き合いが苦手な青子にとって、薔薇色の青春など夢物語でしかなかった。彼女はいつも必要以上に喋らず、そのせいで親しい友人は一人もいなかった。クラスの隅でじっとしているごくごく地味な子であった。親は共働きで、放課後家に帰っても大抵一人で過ごした。
回りとうまく噛み合わず、しかしはみ出しものにもなれず、何者にもなれないと恐れていた。孤独に耐え切れず、本に、物語に逃げた。学校の図書室の本をとにかく読み漁り、そのうち本屋にも足を運べた。
本屋で気紛れに手に取った初めての本が鬼束雪見のデビュー作だった。
文庫本にしてもかなり薄い中篇小説ではあるが、一度読んだらその独特の雰囲気に魅了された。それから鬼束先生の新作を漏れずに追っていた。何故それほど鬼束先生の作品に惹かれたと聞かれたら明確な答えは出ないが、強いて言うなら彼が書いた主人公はどこか自分と同じように、常に孤独であった。しかし両者の間に決定的な差があった。片方は孤独から逃げたくて現実逃避、片方は孤独を抱えながら、時にそれを堪能しながら自分の道を進んだ。
人が孤独の中で自分という存在を確立する。群れの中に居るほど人の“我”は濁って溶け込んでゆく。孤独なくして“我”は成り立たない。
それは鬼束先生の書いた物語から感じ取ったものだった。そのおかげで青子は自分と向き合うことができた。
寂しい気持ちを孤独のせいにして、逃げていることに気付いた。そして寂しいと感じているのは、自分は中身のない人間で、他人の評価で自分を確立しかないと勘違いしたからだ。そのことに気付いた青子は自分への認識ががらりと変わった。
そして夢ができた。物語に、鬼束雪見先生に感謝を込めて、その道を進もうと決めた。
受験勉強頑張っていいとこの文学部に受かった。卒業後は三次面接をクリアして念願の出版社に入った。
あわよくば鬼束先生のお目にかかるチャンスがあるかもしれないーーと思ったが、意外とそのチャンスはすぐ訪れた。
そして初対面に盛大に失敗した。
「その話は後日またゆっくりお伺いします」
最後の作品の話を聞いて、ショックが大き過ぎて気持ちの整理はできなかった。鬼束先生もそれ以上お話する気はなったらしいから、逃げるように彼の家を出た。
帰り道に自分の失態を思い出して悔しい気持ちもあったが、最後に鬼束先生が持ち出した話の方に気を取られた。
その爆弾発言を会社に伝えるべきか迷っていた。自分が担当になってすぐ先生が絶筆宣言を言い出したという不運にどうしようもない気持ちになった。せめてその理由をちゃんと聞いてから報告すべきだと思った。彼の有名な映画監督がこの作品にて引退すると言った後に次々と新作を生み出したように、気紛れな話であればいいが、と青子は密かに願っていた。
どの道また鬼束先生と会って話す必要があった。そして今度は失敗しないように、もっと自然に振舞うように心かけよう。
時系列的に:青子①→プロローグ→青子②




