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橋の彼方  作者: 千里空
君の知らないところで世界は動く
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尾行

一樹

「お前の妹、最近おかしくないか?」

小林からの呼び出しでカフェで待ち合わせていた。いつもの調子で恋愛相談とかじゃないかと踏んでいたけど、来て早々意外な質問を投げてきた。

「別に。いつも通りだよ」

それを聞いて、小林は更に深刻な顔をした。

「誰かの恨みでも買ったことある?」

中学の時のことを思い出す。あれは解決済みの事件であるはずだ。だから僕は頭を振った。

「つまり何が言いたい?回りくどいのをやめて、はっきり言ったらどうだ?」

小林は相変らず深刻な顔で、話を始める前に回りを見回して、何かを確認してから抑えた声で話し始めた。

「昨日はさ、街へ出掛けた時偶然お前の妹を見かけた。一人で出歩く姿が珍しいと思って、何をするかなって気になってしばらく後を付けた。その時気付いた。怪しげな男がずっと妹を尾行していた」

「その怪しげな男の正体はお前だろ」

「茶化すな。まだ話しの途中だ」

いつもの冗談という雰囲気でもないようで、真剣に聞くことにした。

「その男はずっと付かず離れずに妹を追っていた。何もしなかったから、止めに入ってもシラを切るだろうと、しばらく様子を見ることにした。妹に危険が及ぶならその時俺が助けてやるつもりだ。だが雲行きがすぐ変になった。商業街を抜け、住宅地に入った途端、妹は人気のない脇道へ入った。その男も当然角を曲がって付いていった。このままだと仲間を呼ぶ可能性だってあるかもしれないし、そうなれば俺一人じゃ対処できないと思って、止めるのは今しかないと思った。

それから俺はその男を追い付いて、後ろからその腕を掴んだ。ストーカーまがいの行動をやめろ、さもないと警察を呼ぶって言ってやった。それを聞いて不快な表情を浮かべてやつは去った。その後も妹が心配で、走って脇道を抜けて、住宅地の奥へ行った。ようやく妹の姿を見付けた時、彼女はある廃棄ビルの敷地内に入った。そこに何か用があるだろうかって外でこっそり覗いた。敷地内で中年のオッサンが待ち合わせていたようで、妹と会って何か話していた。何の話かは遠く過ぎて聞こえなかった。これ以上そこに居るのが流石に不味いって俺はその場を離れた。

その後は頭がぐちゃぐちゃで、散々悩んだけど、やっぱりお前に話すことにした。出過ぎた真似かもしれないが、どうするかはお前次第だ」

話し終わって、小林は一息つくように力を抜けて背もたれに凭れ掛かった。

「ありがとう。話してくれて」

「いいってことよ。俺はそれを言いに来ただけだから。この後は妹に頼まれて買い物があるから、先に行くよ」

そう言った後、小林はカフェを出た。多分僕に気を使って、一人にしてくれたんだろう。去り際は同情するような目でこちらを見た。

僕はそこに座ったまま思考に耽った。

昨日はクラスメイトと約束があると聞いて、朝から出掛けた。尾行する怪しげな男は多分僕達を常に監視していたやつだろう。それは今に始まったことじゃないから、驚くべきことではない。

肝心なのは、待ち合わせていた中年のオッサンのこと。僕の知る限り、そんな知り合いはないはずだ。美雪の全てを知り尽くすわけではないにも関わらず、一番近くに居る僕でさえ知らない人と会っているのが、僕の心を掻き乱した。

あの夜、美雪の言った言葉が脳裏に浮かんだ。僕の知らないところで、何かが確実に起きている。

窓ガラスの外の空を見上げた。街の人々の負の感情の集まりのように、灰がかかった雲が空を覆い、重い気分に輪をかけた。視線は街を歩く人達に移った。早足で歩くスーツの人、手を繋いで呑気に街を歩き回るカップル、追いかけっこで通り過ぎた子供達……それらのものはありふれた風景としか思えない。

自分と関わりがなければ、他人というのが概念に留まり、彼らがどんな生活を送っているか、ちゃんと生きているか、呼吸しているか、そんなことはどうでもよかった。関わりを持ち、自分の生活に影響を及ぶ人達だけが、概念から離れ、実在する人間として認識できる。それら実在する人達を、どれぐらい知っているだろう?人に対する認識は、その人と共に時間を過ごし、その言動や印象に基付いて構築された。しかし本人にとって、誰かと共に過ごした時間はあくまで生活のごく一部であり、全部ではない。つまり他者に対する認識は常に主観的であり、その人間の実際とずれている。ならば共に過ごす時間が長ければ長い程、その人を深く知ることができるだろうか?明確な答えはない。例え多くの時間を共有しても、心の内までは分からない。心と掛け離れる行動を取るかもしれないし、心にもない言葉を平気に言う人だっている。思っていることと実際の行動と必ず直結するわけではない。結論から言えば、他者への認識はその実態とずれていることは常であり、驚くようなことではない。

それが分かっていても、嘘につかれたことと、僕を除け者として何かを進めていたことは非常にショックだった。

彼女は大切な人だ。邪推はしたくない。彼女が秘密を抱えていること知っていた。それを自ら明かしてくれるまで待とうと思っていた。しかし小林の話を聞いて、不穏な気配を感じた。

このまま何もしなければ、彼女は勝手にどこか遠くへ行ってしまうような気がしてならなかった。どう言い出すのかはまだ考える必要あるが、そろそろ腹を括るべきだと思った。

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