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橋の彼方  作者: 千里空
神の子供たちはみな踊る
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晶①

「橋の彼方」の先に何かあるのか、それをずっと気になっていた。

その絵画はお母さんのアトリエの壁に掛けていた。襖を開けばすぐに目に入るので、あの部屋へ行く度それを意識せざるを得なかった。

それはとても不思議な絵画であった。ほとんど真っ白で構成された画面の真ん中に、石造の橋の断片がぽつんと現れた。そこに誰かが立っていた。遠く先を見詰めていて、その背中姿はどこか儚げに見えた。

簡素な絵ではあるが、不思議と心をひきつける。自分はあの絵を見ると、どうしても「橋の彼方」に何かあるのかが気になってしまう。その答えはきっとあの空白の先にあるだろう、と僕は考えた。しかしその空白に何か意味があるだろか。それとも無意味という象徴か。それについてはまだ分からない。

一度お母さんに聞いてみたが、その時もらった答えは「私も知らない」であった。

「私はあそこに辿り着けなかった。だから答えは分からないまま。空白しか描けなかった」

お母さんはその絵を見ながら残念そうに言い、いつもよりやや強めに僕を抱きしめていた。

「なら僕がお母さんの代わりにそこへ辿り着けるのさ。そうしたらその先の景色をこの眼に焼き付けて、お母さんに教えるよ」

それを聞いてお母さんは優しい微笑みを見せた。

「そうだね。アキラならきっとやり遂げるわ。その時は兄妹達も連れていって。そうしたら寂しくないでしょ」

僕は力強く頷いた。

兄妹の中じゃ僕が一番上、双子の弟のヒカリは病弱の身、二つ下の美雪は少し気弱な子だった。一樹は美雪と同い年で血の繋がりこそないものの、物心が着く頃にずっと一緒にいたから、僕にとっては弟同然だった。僕は皆の兄として皆を引張ていくんだ。それがお母さんとの約束だった。

お母さんの話に戻ろう。

お母さんの部屋にはいつも未完成な絵があちらこちら散らかっていた。それらはデッサンだったり、完成まであと一歩だけだったり(僕から見ると)して、しかし最終的にそれらは放置され、やがてゴミとして処分される。

大抵の場合は上手く描けていなかった。傍から見ると全然いけると思っても、お母さんが納得しなかったらそれは没になる。

「あれは唯一自由な作品だった」

壁に飾るその絵を見ながらお母さんは言った。その目線に懐かしさと悲しさが混ざり合っていた。

あの言葉の意味は分からない。あの絵に対し複雑な思い入れだけを感じ取った。

きっと僕がまだ何もできない子供のせいだろう。僕は早く大人になりたかった。そうしたらお母さんの悲しみを理解し、いつかその悲しみを拭い去るように努力しよう。

完成品と呼ばれた絵も見たことがある。できは悪くとは言えないが、どこか無機質な感じで、お母さんの影は薄かった。それら完成作より、僕はあの未完成の絵の方が気に入っていた。未完成のあれらからはお母さんの優しい心に触れた気がした。

「今日はどうしたの?」

夕飯後、部屋から出ないお母さんとお話した。外の様子をお母さんに教えるのが日課だった。

「美雪が今日公園で遊んでいた時に近所の悪ガキにいじめられた」

「それは大変ね。アキラが助けてやったの?」

「ううん。ヒカリと一樹が散歩帰りにちょうどそれを目撃した。一樹はその場であのガキ達と揉めたんだけど、ヒカリは慌てて家まで僕を呼び出した」

「それでこのあざだったの?」

お母さんは僕の頬を軽くさすった。

「平気」

「あんまり無茶はしないでね。こういう時はとにかく大人を呼ぶべきよ」

「それは思いつかなかった。僕の知っている人はこの家の人くらいしかないし。井野家のあれはさすがに呼ぶわけには…」

「ほら、他人の悪口は言っちゃダメだよ」

「いいじゃないか。あの性悪ババア。一樹は美雪を守ったのに、帰ったら訳も聞かずに怒鳴ってやったの。それを見かねて庇った美雪まで火の粉が飛びついてさ、なんか最悪だった」

「そう…」

お母さんの眉間に皺ができていて、それ以上なにも話さなかった。

「今度はお母さんの言う通りにするよ。お巡りさんを捕まって助けてもらうの」

元気なくなった母を慰めのに僕は言った。

「いい子ね。ちゃんと弟達を守れて偉いわ」

「お兄ちゃんだから」

そして急にお母さんに抱きしめられた。いつもと違って、息苦しいほどに抱きしめてもらっていた。

「母さん頑張るよ。必ずあなた達を守ってみせるから」

苦しいそうにそう言っているお母さんはどんな顔しているだろう。知る術がなかった。

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