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橋の彼方  作者: 千里空
霧の向こう側
23/74

安らぎの一時

一樹

日曜日の公園は意外と人気が少なかった。たまに犬の散歩やジャージの人がジョギングするのを見かけるが、それ以外の人はあまり見当たらなかった。

予定通り、母や婆さんは朝から出かけた。お婆さんは心臓の病気で市立の病院で定期検診を受け、母はダンスクラスに行くついでに買い物するはずだった。今日は冷たい目線に浴びずに美雪と出かけて、思いっきり遊んでいけるから、気分も今日の天気のように最高に晴れていた。

僕達はブランコに乗って緩やかに漕いでいた。

「昔はよくその辺で遊んでいたわね」

珍しく美雪から話振ってきた。彼女の目線の先は公園脇の林で、昔僕や晶がよくそこでカブト虫を探していたところでもあった。

「あの時は晶について行くのが精一杯だったから、君に構う余裕はなかったけど、そういう男の子好みの遊び、君にとっちゃつまらなかったんだろう」

美雪は頭を振った。

「私は傍で見ているだけで楽しかった。カブト虫はあまり好きじゃないけど、二人が楽しんでいるところを見ていると、なんだか自分も楽しくなった気がした」

「そうだね。あの頃は本当に楽しかったな」

昔のことを振り返って見ると、思わずため息をついた。まだ子供の遊びに飽きる年ではないにも関わらず、僕らにとってそういうのがもうするはずがなくなった。

「時々思うわ。もしあの事故に遭わなかったら、今頃晶は昔みたいに、元気にどこかで探険しているかな、それとも私達の知らない、別人のようになったのかな?」

静かに話している彼女はどこか儚げな雰囲気を漂わせていた。それはどこか静流さんに似ていた気がする。

僕は仰いで透き通った青い空を眺めながらあの事故に遭わなかった晶があの必然的な別れの後でどういう場所、どんな日々を送っているのかを想像してみた。

「たぶん相変わらずだと思う。晶はいつも元気屋さんだからね」

美雪は俯いて何かを考えていたように、「うん」と淡々に相槌を打った。

「お母さん達が死んだ後、どこへ行ったんだろう」

彼女の口からそのような話が出るとは流石に思ってもみなかったので、僕の頭が一瞬真っ白になったくらい驚いた。それについてどう答えればいいだろう。ありふれた言葉しか浮かんでこないから僕は必死に答えを考えた。

「あそこに行けばいいな」

僕の答えより先に、美雪はそう言った。言わずとも分かる。「あそこ」というのはかつて僕達が憧れを抱き、半ば想像した物にも関わらず、御伽噺(おとぎばなし)のように、あるいは御伽噺以上に僕達を引き付けていたところである。

「確かに、天国よりは、あそこの方が適切かな」

今になって、僕はもうあの欠落した橋の向こうの島が僕達が追い求めていた「橋の彼方」であるとは思わなくなった。「橋の彼方」というのはたぶん桃源郷とは似たような物であって、現実のどこにも存在しない。

「ね、一樹、もうあんなことしないでくれる?」

美雪は急に素っ気なくそう言った。

「なんのこと?」

心当たりはあるが、あくまでしらばくれる僕であった。このまま諦めたくない。諦めた時点で自分の負けを認めると同義だから、悔しさしか残らないだろう。

「止められたんでしょ?」


あれは数日前のことだった。あの日から美雪は閑子婆さんに料理を教えてもらうために、いつになく早めに家に帰った。学校に留まる理由がなくなった僕も一緒に家に帰って、何か手伝いでもしようと一緒に台所に入った。

完全な素人の僕達に最初に配ったミクションは野菜を洗うと切ることだ。野菜を洗うのは簡単なのだが、子供の僕達には包丁の扱いはちょっと危ないから、閑子婆さんがわざわざ子供用の包丁を持ってきた。閑子婆さんが丁寧に包丁の扱い方や野菜の切り方を美雪に教え、僕は傍で野菜を洗っていたその時、ちょうど母は台所前の廊下を歩いていた。僕を見かけた母はとても怖い顔をして台所に入ってきた。

「一樹、何をしていますの?」

「料理の手伝い」

「私がいつ、こんなことしていいと言ましたか?」

母は明らかに怒っていた。まるで僕が何か悪いことでもしたように。

「手伝いくらいいいでしょう」

「部屋に帰りなさい」

有無言わさず勢いで母は言った。他二人は手を止めて、黙って僕と母を見ていた。

口答えはできないが、僕はそこから離れなかった。

「どうして黙っています?私の話、聞こえませんか?」

母の声は一段と苛立ったよう気がする。まるで極限まで押されていたばねのように、怒りが爆発寸前の声だった。

結局、恐怖に敵わなかった僕はスッキリとしない気持ちで台所を後にした。

その後、僕が美雪と一緒に居間を掃除しているところを母に見つかって、また酷く叱られた。


「分かると思うけど、あの人、わたし達が一緒にいるところが気に障るんだ。だからもうやめよう」

諦め気味で彼女が淡々と言った。

「君一人で大丈夫?辛くない?」

「もちろん辛いよ。でも今のままじゃきっとうまくいかないし、その方がましだと思うわ」

「そう」

どうしようもない気分でいっぱいになった。僕は俯いて見るともなしに地面を見ていた。彼女の言っていることは理解できたが、心がどうしても追いついていけない。

「別のとこへ行こう。ここはもう飽きたし」

重い空気から逃げ出したいように、美雪はブランコから降りて、彼女にしては幾分明るそうに言った。

「どこがいい?」

彼女に応えるように、僕もどうしようもない気分を頭の後ろに置いておいた。

「あそこへ行こう」

美雪が先頭を切って歩き出した。

公園脇の林を抜けたら防波堤が目に前に現れた。防波堤伝いにしばらく歩いていくと、目的地についた。ここからあの島を眺めるのは二年ぶりだ。その頃の妙な憧れに代わって、今は懐かしさしか湧いてこない。

永遠に続くと思っていた日常が突如やってきた事故によってめちゃくちゃになったことが、人生とい物のは暗闇の中の海を泳げているように、未知に溢れて足元が頼りないと思い知らせた。だから僕はいつ何かを失ってもおかしくない日常の中で、必死に何かを掴もうとしているんだろう。

「橋の彼方に一体何があるって、私は知りたい」

昔同じ言葉を口にした少年のこと連想させた。

僕はあの島を見て、「行ってみれば分かるだろ」と言った。

実際、それほど難しいことでもない。この辺はボートを借りるとこがあって、観光用によく使われていた。ここら辺の波は比較的に穏やかのおかげだろう。わざわざあの島へ向かって浜辺でバーベキューする輩もよくあると噂に聞いた。無人島で誰かの私有地だか分からいないが、あそこに行く人達は浜辺を出ない噂も聞いたことがある。浜辺のすぐ先は不気味ほど茂り、迷子しやすい森で、そこで行方不明者が出たとの話で、誰も遊び気分で踏み入れなかったらしい。

幼い頃僕達は何も知らなかったゆえに、あそこがとても遠い場所でとても辿り着けないと思い込んでいたが、今はそういう神秘的な印象を保てる距離感すら感じなくなった。

「どうやって行くの?」

「ボートでいく。まぁ、もうちょっと大人になってからの話なんだけど」

「それで行けるの?」

「ああ。船を借りることが出来るなら、君を連れて行くよ」

「そう。本当に辿り着ければいいね」

まるで僕の話を信じていないように、美雪は橋の彼方を眺めながら消えそうな声で言った。

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