10日目:スキル講座を受けてみる。
ココナさんのお店を出て、さてこれから何をしようか、という話をする。
やることリストも消化しつつあるけど、まだ出来ることは多いし、どれから手を付けようかな?
「川下りツアーかスキル講座が良いかな? サラムさんのところは如月くんと一緒に行きたいし」
「スキル講座に一票。<風魔法>が欲しい」
「いいね」
実際<風魔法>って便利だもんね。【クリーン】と【ドライ】は特にイオくんの役に立つだろうし。なんでも乾かせる【ドライ】をつかったら、乾燥キノコとかドライフルーツとかも作れる。
「そう言えば<光魔法>レベル7で【ホーリーギフト】っていう魔法を覚えたんだけど、これは味方単体に聖属性付与出来るやつみたい。これでいつ幽霊が出てきても大丈夫だよ!」
「死霊特効なのか?」
「説明によるとそうだね」
イオくんは「やっぱりそういうのあるんだな」と顔をしかめる。イリュージョンアースではスケルトンはともかく、ゾンビとかグールとかの匂いがきつかったから、それを思い出してるっぽい。まあ腐っている敵と前衛で戦うの嫌だよね。なるべく魔法を使って倒したいところだよ。
「これ聖属性付与の他に、状態異常耐性上昇があるらしいから、普段のバフセットに入れてもいいかも」
「あー、それは助かるな。お守りは回数制限があるから」
「残り少ないとハラハラするよね」
うーん、身体保護のお守りは、お札にしてみようかな? お札がそもそもアクセサリ枠にセットできれば良いんだけど、売る前に試せば良かった。
そんな話をしながらギルドに戻り、受付でスキル講座の受講を申し込む。イオくんは<風魔法>講座、僕は宣言通りシークレット講座。受付のお兄さんが僕に向かって、
「シークレット講座はスキルが選べませんし、どんな内容になるかわかりませんけど、大丈夫ですか?」
と念押ししてきたけど、僕このガチャを引くって決めたので! 行きますとも!
「大丈夫です! お願いします!」
「わかりました」
というわけで、ギルドの3階にある個室を案内される。個室には番号が振られていて、僕が3番の部屋、イオくんは奥の方の7番の部屋で待機するように告げられた。さあ、何が来るかなー!
*
さて、部屋で待つこと少し。
ドアがノックされて入ってきた人が今回の先生……ってあれ? どこかで見たことあるような。
「……あ! グルメガイドの!」
「あ! その節はご購入ありがとうございます」
どこかで見た顔だなーと思ってたら、憩いの広場で本を売っていた人だった。30代前半くらいの男性で、人の良さそうな柔和な顔立ち。小学校の先生とか似合いそうな雰囲気だ。
「グルメガイド、豆知識が多くてすごく役に立ってます! トラベラーのナツです」
「本当ですか! 嬉しいですね。本日の講師を務めます、ラリーです。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします!」
ラリーさんかー。すごく、本のことで雑談したいけど、今日はスキル講座を受けに来たので自重しないと。今どんな本作ってるんですかーとかくらいならあとで聞いても大丈夫かなあ。なんて考えながら僕がそわそわしていると、ラリーさんは何か考えるような表情をした。
「うーん、普段なら結構適当にやっちゃうんですけど、僕の本を買ってくれた人相手に手抜きはできませんねえ。ちょっと本気を出しますか」
いや普段からちゃんとやって!?
と思ったけど口にはしないでおいた。シークレット講座で良いスキルがばんばん取れたら、それはそれでなんか違うんじゃない? って感じになるから。シークレットっていうのはあくまでガチャなので、ハズレもあって普通もあって、その中でたまーに当たるのが良いのである。多分。
「ナツさん、どんなスキルが欲しいとか希望はありますか?」
「え、選んで良いんですか?」
「普段はだめですけど。お得意様にはちょっと融通を」
「なんて素敵な提案を。えっと、僕今6属性の魔法を使っていて、内4属性が上級なんですけど、なんか出来ることが少ないというか……。戦闘中に何もできない時間が結構あって、その隙間を埋められるようなスキルがあればと思っていたんですけど」
前衛で盾や剣を使っているイオくんに比べると、後衛でぼーっと立ってる時間がちょっと多いんだよね僕。もっと魔法が増えてきたら忙しくなるのかなとは思うんだけど、現状イオくんのHPに気を配っているだけの時間が多くて申し訳ないなと思う。かと言って筋力5で弓なんて持ってもしかたないし、杖術とか体術も筋力ある程度必要だもんなあ。
というようなことを説明しつつ、僕のステータスをラリーさんに見せる。ステータス画面はその場で許可を与えれば、近くにいる人に見せることが出来るのである。
「これはまた極端なステータスですね、実にエルフさんらしいというか」
「長所を伸ばしていく方針なんです。今後も筋力・物理防御・俊敏は伸びないと思います。器用はもう少しほしいかな」
「確かに、これだと他の遠距離武器は難しいですね」
むむむ、と考え込むラリーさん。
それから難しい顔をしたまま鞄から本を取り出した。僕が買ったグルメガイドより厚みがあって、ちゃんとした装丁がされている本だけど、古びた感じはない。でも、新しい本はまだ作るのが大変だって聞いたし、古い本に保存のお守りを使ってるのかもしれないなあ。
ラリーさんはぺらぺらと本のページをめくり、もう一度うーん、と低く唸った。
「ナツさんは、プライマルワーズを知ってますか?」
「ぷら……? 聞いたこと無いです」
「元々、この世界ができたばかりで言語が別れていなかった頃に使われていた共用語と言われています。今の基準から見るとかなり難しいものに感じますし、いくつか共通点はあるものの、かなり異なる響きになります。ただ、トラベラーさんの世界の言葉に近いらしく、その言語を使った<原初の呪文>というスキルがあるんです」
おお、すごいファンタジックな響きだ。よくある古代語とかと同じような感じかな? 呪文ってからには魔法なんだろうけど、どんな感じなんだろう。興味津々で次の言葉を待っていると、ラリーさんは手にした本を僕の方に向けて差し出した。
「これなんですけど、読めますか?」
差し出されたページを見ると……並んでいる単語は【加熱】【突風】【停止】【熱風】……漢字だ! トラベラーの言葉に近いっていうか完全に日本語です!! プライマルワーズって漢字のこと?
「えっと、これって普通の魔法とどう違うんですか?」
「はい。<原初の呪文>は自由度が高いんです。これを見ていただければ分かる通り、<原初の呪文>で使える文字は2文字だけです。ですが、2文字で表現できるものならなんでも現象として起こすことが出来る……らしいと伝わっています」
「ひえ」
何そのチート! ってことは【氷雨】とか【氷柱】とかも行けるってこと? 今持ってない属性の魔法も行ける? とんでもなくないですかねそれ、バランス崩壊にならないかな。
「決まった魔法があるわけではなく、イメージとキーワードだけで発動する魔法。それが<原初の呪文>です。この存在を知らない限り取得できず、存在を知ったとしても取得可能スキル一覧に出すにはコツが必要です」
「はい! ラリー先生はこれを使えますか?」
「良い質問です。実は少しだけ使えます。ちょっとお見せしましょう」
ラリーさんは微笑んで、鞄から水筒を取り出した。蓋がコップになるタイプのやつだね、保温機能はついて無さそう。蓋を外して机の上に起き、ラリーさんは【アクアクリエイト】を唱える。蓋いっぱいに水が満たされたのを確認して、
「では、今から1つ使ってみますので、見ていてください」
と水を指さした。
「――【加熱】」
お、なんかキラキラした魔力が指先から出てる? それが水を包み込むように広がって、次の瞬間ばあっと水から湯気がたった。え、すっごく便利そう!
「これでお湯になりましたね。続いて【冷却】」
ラリーさんの声に反応して、ついさっきまで湯気がたっていたのにすっと湯気が消えた。思わず水に指を突っ込んでみると、よく冷えた水になっている。すごい!
「まだありますよ。【冷凍】」
おお! ラリーさんが唱えた瞬間、凍った! これは便利そう!
「すごい! これは応用が効きますね!」
「そうなんです、無限の可能性があるスキルなんですよ。呪文さえ唱えられればなんですけど」
ラリーさんは苦笑しながらそう言った。二文字の漢字単語じゃないとだめなんだろうけど、日本人なら割りと余裕で色々使える。正直すごく使ってみたい。
「これ、どうすれば取得できますか?」
思わず身を乗り出して聞いた僕に、ラリーさんは「やる気ですね」とさっきの本を指さした。
「では、まずこの本の<原初の呪文>の章を熟読しましょう。10ページほどあります」
「わかりました!」
えーと、原初の呪文とは……今は失われた言語を唱えることで、世界の根幹から力を…………短い単語に力を込めることで圧縮…………長くなると成功率が著しく低下するため、2文字が最適……イメージさえしっかりしていれば創作単語でも発動可能!
普通に面白い話だなこれ。創作単語でも可能ってところにこだわりを感じる。僕あんまりそういう発想力ないから作れっていわれたら難しいけど、やれることが無限にありそう。
ああ、でも攻撃系統は普通の魔法より威力が落ちるのか。日常の便利魔法として使うのが王道っぽいなあ。
「先生、読み終わりました!」
「よろしい。では早速イメージしてみましょうか。さっき僕がやったものならイメージが簡単だと思いますので、まずはこの氷を溶かしてみてください」
「はい! えーと、先生は指差して発動してましたけど、杖は……?」
「もちろん、やりやすいなら使ってください。私は媒体を指輪にしているので」
「なるほど……!」
ラリー先生の指輪には、ダイヤモンドらしき宝石はついていた。エルモさんが透明な宝石が良いって言ってたよね、確か。金属部分は……銀?
「杖は木だろ! って杖作成師の方が言ってましたけど、金属も大丈夫なんですか?」
「うーん、まあそんなに相性は良くないですね。僕の場合は元々魔法特化というわけではないので、多少威力が落ちても邪魔にならないことを優先しているだけです。これだと杖を使う場合の8割程度の威力しか出ないです」
へー、やっぱり杖のほうがいいのかな。指輪は確かに全然邪魔にならないし、いちいち杖を出したりしまったりしなくて済むから良いと思うけれども。木製の指輪だと……デザインが想像できない。僕ファッションセンスとか無いからなあ。
僕はいそいそとユーグくんを取り出した。杖に学習もさせないといけないから、もっと使わないと。
えーと、氷に向けて……氷を溶かすイメージ……熱で溶けるものだから、さっきラリーさんがやってたやつをそのまま使わせてもらって……。
「【加熱】」
これでどうだ! と唱えた呪文に反応して、氷が溶け……あっ待って蒸発し……!
一瞬のうちに氷はじゅわっと湯気になって全滅しました。
「うーん、イメージが強すぎましたね。もっとやんわり行きましょう」
「やんわり……!」
「さあ、次です。【アクアクリエイト】」
やんわり……やんわりってどうすれば……?
「ラリー先生、さっき氷が加熱されたということは、僕は<原初の呪文>を習得したんですか?」
「まだです。ちゃんと使えるようにならないとだめですよ」
「了解しました……!」
失敗してるうちは習得できてないってことか。うん、頑張ろう。やんわり、やんわり……。
「【加熱】」
「これだとぬるま湯ですね」
「ぐぬぬぬ……! 【冷凍】!」
「ああ、表面しか凍ってないですよー」
「もう一回! 【冷凍】!」
「あー、こんどは机まで氷が」
「加減が難しい! 【加熱】!」
「ああほら、ヤケになって強火にし過ぎてます。はいもう一回」
む、難しいです先生!!




