42日目:ほうれんそうは大事です。
昨日も訪れたスペルシア教会は、今日は大分静かだった。
子どもたちが集団で港へ行ってるんだって。出迎えたスミカさんがそう教えてくれる。
「ロイドたちが、たまに連れ出してくれるんよ。今回は船乗りさんたちが5人くらいついて行ってくれて、ほんま助かるわあ」
「海で遊ぶのも楽しいですよねー!」
ざぶーん♪
「きゅー?」
うみはねー、おみずなのー。たいようできらきらきれいー。
「きゅ、きゅぅ……」
シャルおみずにがてかー。ざんねんだけどすきときらいはみんなちがってみんなよいのー。ナツいつもいってるのー。
「きゅ!」
あ、なんかちょっとだけシャルに尊敬の眼差しで見られた気がする……! 嬉しい!
シャルは火属性だから、水は苦手なんだね。僕もちゃんと覚えておこう。
スミカさんは中庭のいつものガーデンテーブルに誘ってくれたけど、今日は先にスペルシアさんにご挨拶から。良いものを作らせて貰っちゃったからね! お礼を言わなくちゃだ。
「こんにちはスペルシアさん! 昨日はありがとうございました、必ず渡します!」
ありがとー! ナツうれしそうなのー。
僕とテトが元気にスペルシア像に向けてご挨拶したのを見て、シャルがテトの頭の上で「きゅ!」とお辞儀をした。マネっこしてるのかわいいね。
イオくんと如月くんもそれぞれ礼をしてから、全員でいつものガーデンテーブルへ向かう。スミカさんが用意してくれる、ほんのりほうじ茶っぽい味のお茶、すごく美味しいね。
「今日は朝からプリンさんが来とるんよ。ルーアのためにがんばってくれて、ほんまありがたいわ」
午前中から来ているとは、さすがプリンさん気合が入っている。ルーアさんの部屋でわいわいやっているらしいよ。
「えーと、実は司祭さんの目処がついたのでお知らせに来たんですが……」
「あら、ほんまに? えらいはやかったわねえ」
もっと時間がかかると思っていたらしく、スミカさんは目を丸くしていた。そりゃルーアさんたちが苦戦してたわけだから、普通よそから来たトラベラーがそんなあっさり見つけるとは思わないよね。
「そしたらルーア呼んでくるから、ちょっと待っといてね」
「お願いします!」
さっと呼びに行ってくれるスミカさん、ありがたいなあ。
「ナツ、お前が言うのがいいと思う。ついでにネックレスも渡してしまえ」
「任されましょう」
確かにまとめて用事を済ませてさくっと消えるのが良いかも。ルーアさんは今大変なときだから、あんまり邪魔しちゃ悪いしね!
「ドレスどんな感じになるのかなー、ちょっと楽しみ」
「俺達の礼服もプリンに預けてあるしな。猫の刺繍が増える」
「シャルもリボン買いましたし、テトも何か追加するんですか?」
「レースのリボンを買いました! イオくんが」
「俺が。白いのをほしそうに見てたからな」
イオがかってくれたのー! すてきなしろいやつー!
テトは真っ白な猫なので、白いレースのリボンは全然目立たないんだけどね。そこはシャルを見習って、既存の首輪に巻き付けて使うことで少しだけ存在感を出せる。幅広めのリボンだったので、首の後ろでちょうちょ結びにすると可愛いのである。
そんな話をしていると、ルーアさんとプリンさんがスミカさんに呼ばれて来てくれた。ルーアさんは僕たちの顔を見ると、ぱっと目を輝かせて駆け寄ってくれる。
「司祭様が見つかったと聞きました! 本当にありがとうございます、どなたが引き受けてくださったのでしょう」
そわそわとそんな質問をされたので、僕は笑顔で答えた。
「カッツェ=パトウさんです!」
しん、と沈黙が降りる。
「……パトウ……というと……」
「あ、領主様です! 御夫婦で来てくれるそうです!」
「りょうしゅ、さま……?」
あれ、なんか思ってた反応と違う。あんな気さくな領主様なら、もっとこう、住民人気も高くて「わーいやったー」みたいな反応になるんだと思ってた。僕ちょっと楽観的だったかな?
「領主様ならゴーラの住人さんたちと全員縁がありますもんね! これ以上無い方だと思うんですけど、どうですか?」
ちょっと不安に思って首を傾げる僕の隣で、テトも同じように首をかしげていた。これはただ僕の真似をしてるだけだな、かわいいね。
「……ええと。ナツさんたちは領主様と御縁があるんやね……?」
スミカさんもなんか困り顔である。確かに領主様は3等星の貴族様だけれども、あんなにゴーラって街を全身で表現してるような人だよ?
「御縁というか、ちょっと人助けをしたらなんかお礼をもらえまして。なんでも希望を言うが良いという感じだったので、じゃあ友達の結婚式で司祭やってくださいなーって」
「気軽なんやね……」
「すごく気さくな人でしたよ」
「せやね、それはわかってるんやけど……」
頬に手を当てたスミカさんが、困ったって顔でため息を付く。あれー?
「逆に人気がありすぎて、困るんよねえ。どないしよ、ルーアの結婚式、確実に人が押し寄せるわあ」
「あっ、そっちか」
それは考えてなかった! でもそうだよねー、カッツェさんってすごくゴーラの気性に合ってるっていうか、そりゃ人気あるよねって感じの人だったから……!
「押し寄せちゃいますかあ」
「教会に入り切らんかもしれんわ。それ公表されとる? 今から内密にってお願いしてこんとあかんわ」
「いや、執事は内密に送ると言っていたので、公表はされないと思うぞ」
「ああ、そんならよかったわあ」
それでも念のため伝えておこう、とスミカさんはまた席を外した。その頃になってようやくルーアさんが我に返ってくれる。
「りょ、り、領主様がなぜ……!?」
「頼んだら「いいよ」って……」
「親衛隊に囲まれてしまいます……!」
「あ、そういうのあるんだ」
モテそうだったもんなあカッツェさん。ああいう豪快な感じな人、ゴーラの女性たちは好きなんじゃないだろうか。船乗りの街だもんねえ。
「新婚さんと聞きましたけど」
如月くんが言うと、ルーアさんはふるふると首を振る。
「領主様はその、若い頃はゴーラ中の女性たちを虜にしたという噂があって……! 今は結婚していてもエルフならまだ後々可能性があると思う人も多くてですね……」
「アイドルみたいな扱いなのね?」
「あー、確かに舞台俳優さんっぽいし」
年齢不詳なところも相まって、結婚したとて人気が高いのだそう。わかるなあ。
「サイン……サインをお願いしたら書いていただけるでしょうか……!」
「あれ、ルーアさんも好きなの?」
「いえ友人に強火のファンがいます」
あ、なるほど。その友人との今後の関係性が変わってくるかもしれない非常事態か。サイン……カッツェさんなら頼めば余裕で書いてくれそうだけど、枚数によるかな?
「まあとにかく、無事に司祭さんは見つかったので安心してねってことで! プリンさん、ドレスの方はどんな感じ?」
「任せて頂戴! きっと良いものになるわ!」
プリンさんはロアチェさんから刺繍の柄図案の本を借りてきたんだそうで、その中でも縁起が良いものだけをピックアップして構図を決めたところなんだって。色は薄いグレーだから、光沢のある白い糸で刺繍を入れたら光にあたった時きれいなんじゃないかって話をしているところ。
「あんまり色をごちゃごちゃ入れると、品がなくなるのよね」
「金とか銀とか使いたくなるけど、あの糸の値段を聞いちゃうと……」
如月くんが値段を思い出して青い顔をしている。だよねえ、お高い糸だったね。テトさんは「きらきらがいいのー、とってもすてきなのー」と楽しそうな顔をしてるけど、気軽に買えるお値段じゃないよ。
「司祭様が無事に決まったなら、あとはドレスを仕上げるだけね。良い式にしないと」
と燃えているプリンさんである。張り切ってて頼もしいね。
とりあえず僕たちは伝えるべきことを伝えたので……ルーアさんに渡すものがまだ残ってるか。これをどうにかしてスムーズに渡すところまでが僕のミッションである。
えっと、まずは軽いものから……
「ルーアさん、これ、子どもたちに。絵本ってあんまり売ってないと思うんで、見かけたときに買ったんです」
「まあ!」
最初に差し出したのは、鯨さん大活躍! の絵本。そう言えばテトにまだ読んであげてないから、テトがすすっとよって来て「テトもー」っておねだりしてくる。テトには後で読んであげるからねー、となだめつつ手渡すと、ルーアさんも嬉しそうだ。
「助かります! 本は残った数が少なくて。子どもたち向けの本は更に少ないんです。今ある本も、住人のみなさんの善意で寄付していただいたものなんです」
「ヨンドではもうすでに歴史書の作成が始まってて、サンガでも一部の有志の方が作り始めてたけど、ゴーラでは本作ってる人っていない感じです?」
「そうなんですよねえ……」
ゴーラでは本の需要があんまりないと言うか……。戦前から、どうしてもの時はヨンドから運ばれてくるし、どうしてもゴーラで作らなきゃいけないって必要性がなかったから、作ってる人がいないらしい。もちろん、本が好きで作りたいと思っている人はいるんだろうけど、優先順位が下がってる感じなんだって。
「色ガラスや貝を使ってオリジナルの本を作成している人も、いるにはいるんですが。そういうものは芸術作品ですので、子どもたちが見て楽しむ本という感じではないですね」
「そんな感じなんだ……」
街によって結構、そのへんの事情は違うのか。ゴーラは貝を使ったアート作品とか結構色んなところにおいてあったし、割と芸術の街なんだねえ。
「子どもたちが喜びそうでよかった!」
またどこかで本を見つけたら持ってこれたらいいなと思います! ……で、これが本命なわけではなくて。一番大事なのはこれからなんだけど……。
インベントリから、ネックレスを入れた箱を取り出す。
まあ、領主さんショックからはすぐ立ち直ってくれたから、これも大丈夫でしょう!
「それと、これは僕から結婚祝いということで」
「まあ、ありがとうございます。なんでしょうか……」
その場で箱をあけたルーアさんは、中身がネックレスであることを知って嬉しそうに目を輝かせた。「きれい」と素直な感想が聞けたので僕はその時点で満足です。
「ドレスに合うかと思いまして! あ、僕が作ったし魔法石使ってるので遠慮なく貰って下さい!」
「ありがとうございます! すごく素敵で……あ、何か効果が? <鑑定>しないと」
「あー! えーと! じゃあ僕たちはこれで! 子どもたちのために美味しいお肉とってきますね!!」
まずいことはバレる前に逃げようかと思って立ち上がったけど、さすがに<鑑定>スキルを発動させるほうが早いよね。
「えっ……え?」
ルーアさんはネックレスと僕に3回くらい視線を往復させて、最後に救いを求めるようにプリンさんへ視線を移した。
「あの、これ……これ!」
「ごめんなさいねルーア、私から言えることは何もないけど……ナツくんには幸運さんっていうすごい味方がいるから、だいたいそのせいよ」
「これ……す、すすす、すぺるしあさま……!」
「よかったわね!」
プリンさんが笑顔で押し切ろうとしてくれたけど、流石に無理だったようです。ルーアさんはしばらく「す、すぺ、すぺるしあさま……!」と何度か繰り返していたけれど、やがて仰向けにばったーんと倒れ込むのであった。床に倒れる前に如月くんがキャッチしてくれたので無事です。
「倒れるかなと思ってスタンバイしてましたけど本当に倒れましたね……」
「ナイス如月」
「さすがドクター如月! 先読みできてえらい! 天才!」
きさらぎすごーい♪ てんさいー!
「きゅきゅ、きゅー!」
「ナイスキャッチよ如月くん! 部屋に運んであげましょ」
「うわめちゃくちゃ褒められた……! ナツさんだけ反省してください!」
「なぜに!?」




