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5日目:キャンプ地へ!


 僕の手土産のお札は、御者さんにとても喜ばれた。

 今回の馬車に乗る人数は10人で、トラベラーは僕たちとプリンパフェさん、如月くんの4人。残りの6人は住人さんだ。御者さんは除く。

 10歳くらいの男の子を連れたお母さんと、老夫婦、あとは仕立ての良いスーツ姿の男性が一人と、正反対のくたびれた古着を着た男性が一人。誰とも面識はない。

 乗合馬車は、先頭車両が乗客用。外の長椅子に御者さんが乗って馬の制御をする。

 乗客用の荷台には厚手の布がかけられていて、進行方向に向けて左右に座席と乗り降り用の出入り口。5人ずつ座れる長椅子が向かい合わせになっていて、左側は進行方向、右側はその逆側に出入口がある感じ。

 席順は特に指示がなく、どうせすぐスキップになってしまうから、適当に。右側の椅子には、奥から僕、イオくん、くたびれた服の男性、子供、母親、そしてその横に出入口。反対側には僕の真向かいに出入口で、その横から老夫婦、ビジネスマン風の男性、如月君、プリンパフェさんの順番だ。

 乗客用の荷台の後ろに、物資を乗せた荷台が金具で連結されていて、それが3台くらい続いている。

 馬車の中では雑談とか特にしないらしく、向かいの老夫婦は早速寝始めたしビジネスマン風の男性も本を読みはじめて、僕たちの前には透明な画面が現れた。

『夜までスキップしますか?』

 と言うメッセージが表示されている。

 ……この様子だと、さくっと飛ばした方が良さそうだね。


 僕はイオくんに視線を向けて、「スキップするよー」と念じてからYESのボタンを押した。



 暗転のあと目を覚ますと、馬車は停車中だった。ほぼ同時に隣のイオくんも動き出して、それを見計らったかのように馬車の扉が開く。

「みなさん、今日の野営の準備をしますよ」

 と御者のおじさんが促したので、乗客たちはぞろぞろと馬車を降り始めた。途中で如月くんも起きて動き出し、最後にプリンパフェさんが全員降りて2・3分後に降りてくる。

 今日のキャンプ地は、正道に隣接しているキャンプスペースだった。イチヤはすでに結構遠くになっていて、明日からは急な坂道が続くだろう。

 テント持参の人たちはテントを張って、持ってない人たちは馬車の中で寝ることになる。見ると、住人たちはみんなテント持ちらしく、てきぱきと組み立てを開始していた。


「イオくん、僕たちもテント張ろうよ」

「ちょっと奥の方にしておくか。魔物が出ても対処できるしな」

 住人さんたちは正道の近くにテントを張っているので、そのあたりを通り抜けて正方形のキャンプスペースのフィールド側へ。

 イオくんが買ったキャンプ用品は利便性の良い物なので、通常のキャンプセットより若干高い。でも、テントは投げるだけで形になるし、寝袋も一番もこもこしてるやつなので必要経費というやつだ。

「うわ、いいやつ買いましたね」

 と驚いている如月くんは、簡易組み立てタイプ。普通にテント張るよりはそれでもかなり楽なやつだ。

「私も簡易タイプにしたわ。ログアウト拠点になるだけだから、いい物を買ってもあまり意味がないんじゃない?」

 プリンパフェさんも如月くんと同じ簡易組み立てタイプらしい。

 いやまあそれは最もなんだけど。うちには無駄にこだわりの強い人がいるんだよねー。

「キャンプは雰囲気づくりからだろ」

 と憮然と答えるイオくん。そう、意外と形から入るところもあるんだよこの人は。

 

 全員がテントの設置を終えたら、老夫婦が中心となって「大きな鍋でスープを作りましょう」という事になった。キャンプ地で温かい食事が出るというのは、インベントリを持たない住人さんには大事なことだ。

 出来れば1人1品なにか食材を出してほしいと言われたので、快く承諾する。

「では私はこれを」

 とプリンパフェさんが大根を差し出し、

「俺はこれくらいしか」

 と如月くんはツノチキンの肉を差し出す。

「お、この流れはこれでは?」

 と僕が人参を共有インベントリから出すと、

「よし、任せろ」

 とイオくんが味噌を取り出した。

 不思議そうな顔をする老夫婦に、イオくんが「トラベラーの世界の調味料」と説明した後、<料理>スキル持ちであると告げて作り手に回る。

 頼んだよイオくん、豚汁……ならぬ、ツノチキン汁を!


「えっ、すっげ。味噌入手できたんですか?」

「そうなんだよー。運よくなんとか」

「あれ入手方法結構シビアって聞きますよ」

「そうなんだ?」

「っていうかイチヤに味噌なんてあったの? 私、初めて見たわ」

「あ、なんか掲示板情報で。店で売ってもらうには結構<調理>スキルのレベル上げないとだめらしいんですよ。で、販売元を聞くのは話術がいるし、他にも生産スキルのレベルとか、特定の住人と出会ってないとダメとか、条件がまだ判明してないんです」

「私まだ生産スキル取ってないわ……」


 流石如月くん、掲示板チェックしてるなあ。

 ハンサさんに出会う条件とか、味噌を売ってもらう条件とか、そもそもそれが売られていると知るための前提条件もあるらしくって、味噌と醤油の入手はかなり厳しいんだってさ。

 腰痛のお守りなしでは僕たちもダメだったかもしれない。つまり僕のおかげってことで。

「プリンパフェさん、生産スキルとってないの?」

「長いでしょ、プリンかパフェかどっちかでいいわよ」

「えっ、じゃあプリンさん」

「私、リアルでは編み物するから、それがあったら取りたかったのよ。一覧にはなかったから、実戦でスキル出そうと思って毛糸を探してるの。そうしたらサンガの朝市で売ってるって情報をもらったの」

「あ、なるほど」

 毛糸か。そういえばイチヤでは見かけなかったな。

 今はもういないけど、母方のおばあちゃんがそういうの好きだった。編み物とかパッチワークとか。僕も小さいころミトンを編んでもらった記憶がよみがえって、なんとなくほんわかする。

「このゲーム、リアルでやったことがある技能だとスキル出やすいって言うからね。ショップが実装したら、靴下でも売り出そうと思うの」

「いいね! 寒冷地もあると思うし」

 そういえばデフォルトで靴下って履いてないんだよ、このアバター。現実世界だと靴下なしで靴を履くことってあんまりないから、違和感がないことが違和感。


 そんな話をしている間にイオくんが大鍋の主導権を握ったらしく、豚汁に近い美味しそうな匂いが漂ってくる。隣のお婆さんに熱心に色々聞いてるので、どうやら豚……じゃない。ツノチキン汁を美味しくする方法でもあるのだろうか。

 イオくんのあの謎話術、ほんとなんでも聞き出してくるからすごいよ。

「……俺たちも何か仕事探しますか」

「そうね、何もしないのも悪いし」

「あ、そういえばクエストが起こることもあるって注意事項にあったね」

 周囲を見渡すと、明らかに困ってそうな人はいないけど……僕のカンでは、こういう時は子供が何かしら持っていそう。そう思って母子に近づくと、聞こえてくる会話がこれ。


「ねー、とりさんとあそびたいよ」

「だめよ。あの鳥さんはエルフのお姉さんの契約獣だから、あなたとは遊ばないわよ」

「なんでぇ、とりさん……」


 お、おう。こっちは僕ではなかったか。

 どうしよう、ピーちゃん子供と遊ぶの平気かな? まだ何をしようか考えているっぽいプリンさんのところに戻って今の会話について話してみると、プリンさんは困ったような顔になった。

「ごめんね、ピーちゃんちょっと人見知りで」

「ピーチャンヒトミシリナノ」

「……イチヤでちょっと子供に追い掛け回されたからトラウマが」

「ピーチャンコドモハチョット……」

 ピーちゃんはプリンさんにピタッとくっついて震えている。うーん、これは無理にお願いしない方が良さそうだ。

 どうしようかなあと思いながらもう一度母子に近づいてみると、子供はいかに鳥さんが好きかって話をしている。飛べるのがすごく良いのだそうだ。

 あ、そういえば。

 僕はインベントリの「大切なもの」タブに入っている、サームくんからもらった本を取り出してみた。

 あとで読もうと思ってたんだけど、これ絵が多くて絵本っぽいんだよね。1章は聖獣様の種類とか生態の話だから、うっかり子供が無謀にも外に興味を持つことは無いだろうし。

 子供の話がループしてお母さんが遠い目をしているところに、僕は思い切って声をかけることにした。


 と言うわけで現在、僕は共有インベントリから取り出したテーブルセットで、子供――キヌタ少年に絵本を読み聞かせている。

「――以上のことから、火竜と呼ばれる赤い竜は、火山の近くに住んでいると言われている。火竜は、とても強い火魔法を使うことができ、力も強いが、水には弱いようだ」

「わー! かっこいいー!」

 目をキラキラさせているキヌタ少年はページをめくるたびに「わあ!」と歓声を上げてくれるので、良い読者さんだと思うよ。

 サームくんと比べるとだいぶ天真爛漫だなあと思っていたら、キヌタくんはまだ5歳とのことだ。背が高いから10歳くらいかと思った。お父さんが鬼人ですごく大きいんだって。キヌタくんは「つのほしかったー」と言ってたけど、角は遺伝しなかったんだね。


「わー、みずいろのせいじゅうさまは、そらのりゅうさん?」

「これは水竜さんだねえ。えーと――水竜は、水源近くに住んでいる竜で、水魔法や氷魔法を使う。竜全体でみると力が弱いが、群れで生息するため、狩りが上手」

「おみずかあ」

「お水だねえ」

 おそらじゃないのかあ、と残念そうなキヌタくん。よっぽど空が好きなんだろうか。

「キヌタくんは、空を飛びたいの?」

「うん! とりさんになりたいの」

「鳥さんになるのはちょっと難しいねえ」

「むー、おかあさんもそういうんだよー」

 なんでかなー、と首をかしげるキヌタくん。黒髪をおかっぱカットにしている無邪気少年なんだけど、お母さんは栗色の髪だったから、黒髪はお父さんからの遺伝かな? 鬼人さんは黒髪らしいし。


「白い竜は、白竜とも光竜とも呼ばれるが、彼らが何を使う竜なのかについてはまだ研究中である。この竜は目撃されることがとても少ないので、魔法を使っている姿を見た者はほとんどいない」

「しろいりゅうさんは、くもかなあ」

「お、じゃあ黒い竜さんは何だと思う?」

「んとねー、よる!」

 夜竜かあ、それはなんだか綺麗な響きだねえ。

 どこの世界でも子供の発想力は侮れないものがある。でも絵本によると実際黒竜も白竜と同じで目撃例が少なくて、何ができる竜なのか不明なんだって。「ざんねんだねー」「ねー」と顔を寄せ合っていると、大鍋の方から「飯ができたぞー」という声が。


「ごはん!」

「じゃあ、キヌタくんもお母さんのところに行こうねー」

「はーい!」

 僕がキヌタくんに絵本を読んでいる間、キヌタくんのお母さんのピタさんは料理の手伝いに行っていたのだ。このくらいの年の子供は一人にできないからねー。世の中のお母さんたちは大変だよ。

「あのね、おかあさんのごはんはねー、おいしいんだよー」

「そうなんだ。キヌタくんは何が好きなの?」

「んとねー、にくだんごとー、からあげ!」

 あ、僕もそれ大好き。

 お子様舌ですから。はい。

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