27日目:竜の住処へ
おっさんぽー♪ ぽっかぽかー♪
ご機嫌なテトがぴょんぴょんと飛び跳ねるようなリズムで歩いている。
昨日はなかなかのお守りを作れたので、満足してすぱっと夜を飛ばして、今日は朝から順調に歩き続けているわけなんだけど。先行くイオくんたちの判断も的確で、戦わなくて良い敵は全部スルーしているお陰で予定よりも随分早く火山の麓にたどり着いたのだ。
流石にこの辺になると敵のレベルが高くて太刀打ちできない感じ。幸い、大半がノンアクティブの敵なので、そーっと横を通り過ぎて進めたんだけどね。
「ここの中腹くらいに火竜さんの住処があるはずだよ」
「ビワの話だと、結構でかい洞穴だからすぐわかるらしいな」
それにしても間近でみると、山ってでっかいなあ。上の方がどのくらい高いのかよくわかんないや。多分これ、リアルだったら絶対里から1日半くらいでたどり着ける距離じゃないよね。縮尺が良い感じに、こう、省略されてる感じ? ということは、この山も登ったらリアルほどの時間はかからないのかも。
「テト疲れてない? 大丈夫?」
げんきー!
「元気でえらい! もう少しよろしくね」
まかせろー!
いつも通り若干きりっとした顔をするテトさん、かわいいが過ぎるな。良い子は撫でましょう。
「昼までまだ時間ありますし、進みましょうか」
如月くんがこっちを微笑ましく見ながら提案してくれる。そうなんだよねー、まだお昼にはちょっと早いし、休憩を取るにはちょっと中途半端な時間帯なのだ。ここから本格的に山道になりそうだから、イオくんと如月くんが大丈夫そうなら進みたいかなー。
と言うようなことを口にしたところ、イオくんも如月くんも全然余裕とのことだったので、僕達は早速火山に足を踏み入れた。
「ここから明確にフィールドが違うな。地面の色が違うのわかるか?」
「うん。あ、白地図に地名出たよ。古月火山っていうらしい」
ふむふむ。この世界ができたばかりの頃からある古い火山なんだね。で、この火山に月と付くからこそ、鬼人さんの里が月影村と呼ばれていたと。なるほどなあ。
「思わぬところで月影村の意味を知ってしまった……」
しみじみする僕である。
登山道はかろうじて道とわかるくらいに荒れてたけど、山の道ってそうでなくてもわかりにくいものだから、慎重にいかないと。と思ってしまうのは、割と最近遭難事故の情報をまとめた動画を見たせいかな。山怖い。
「この山なんにも収穫できねえな……」
山道を登りつつ周辺を確認しているイオくんは、ちょっと不満げ。さっきまではいろいろ収穫できてたからねえ。
「この山って食べ物無いんだ?」
「火山だから森と違うんだろうな。<収穫>スキルには何も引っかからん」
ざんねんー。
うむ、残念だねテトさん。火山にしか無いような特殊な食べ物とかあったら楽しかっただろうけど。
「薬草系も無いですね。この辺に生えてる草は全部普通の植物みたいです」
と如月くんからの追加情報もあり。食べ物も薬草もないとういことは、採取目的のトラベラーにとって、この火山に来るメリットは無いってことか。いかにもなにか貴重なものがありそうな場所なのになあ。
きさらぎおくすりつくるー?
「そうだよー、如月くんはお薬作れるんだよー」
すごーい!
テトは今日、朝からずっと僕を乗せて歩いているのでとってもご機嫌だ。すごいねー! って感じのきらきらした眼差しで如月くんを見上げるテトさんである。今気づいたんだけど、テトはぴょんぴょんしながら歩いていると思ってたら、僕を乗せてるときはいつもちょっと浮いてるみたいだ。だから振動全然ないんだなー。実質飛んでるテトさん、技術が高いな……!
「テトなにか言ってますか?」
「如月くんお薬作れてすごいねーって」
「契約獣用の薬も作れるようになるらしいですよ」
「おおー!」
「えっと確か、<常備薬作成>のレベルが上がったら<派生調薬>ってスキルがあって、そっちで契約獣用の薬が作れるって聞いたんですよね。サンガのお医者さんのところでお手伝いするクエストがあったんですけど、そのときに」
へー! やっぱりそういうのもあるんだ。契約獣さんってみんな他の世界から来てるから、この世界の一般的な薬は使えないんじゃないかと思ってたんだけど、専門の薬があるなら安心。テトがもし病気になることがあったら、如月くんを頼ろう。
そんな話をしながら歩いて、僕はたまに【サンドウォーク】をかけたりしながら山道を登り続けること約1時間。そろそろお昼にしてもいいかなーって時間になってきたと同時に、イオくんが目的の場所を発見した。
「洞窟あったぞー!」
と指さされた方向を見ると、でっかい洞窟がぽかりと口をあけている。ここからだと光の加減で全然中が見えないんだけど、僕が縦に5人くらい並んでも余裕であまりそうなくらいに大きい洞窟だ。
「おおー、いかにもって感じ」
「大物がいそうですね」
こういうときは確か……そう、まずは<魔力視>を……。
「あれ?」
「どうした、ナツ?」
「イオくん<魔力視>やってみて。いつだったか魔力の色は使える魔法によって左右されるみたいなの聞いたんだけど、この洞窟から漏れてる魔力、赤くないんだよね」
「ああ」
ぼんやりと漏れている魔力の帯は、白というか白にうっすら金粉が混ざってる感じというか。これって、魔法で言うなら光魔法の色に見えるんだけどなあ。
僕と同じように<魔力視>を使ったイオくんが、「確かに」と呟く。
「火竜なら赤い魔力が見えると思ったが」
「ねー。もしかして今、火竜さんいないのかな」
「可能性はあるな」
テトに下ろしてもらいながらそんな話をしていると、如月くんが「何の話ですか?」と聞いてくるので、ざくっと<魔力視>を取得できるようになったときのことを話してみる。別に隠してないけど、リゲルさんはちょっと訳ありっぽいので名前は出さないように、知り合いの魔法士さんということにして説明すると、如月くんも興味深そうに聞いていた。
「……で、ナツの魔力の色はゲーミングカラーだったんだ」
「あー、そしたら俺もですね、きっと」
そんな話でしめくくったイオくんに、如月くんは七色に光り輝く自分をイメージしたのか、ちょっと笑った。トラベラーで魔法系の職についてたら、魔法はどうしても増えていくし、誰もがゲーミングカラーになっちゃうよねえ。
「でも確かに、そうなると白い魔力が出てくるということは、普通に考えたら光魔法系の竜がいるんですかね?」
「エクラが言ってた番か」
きらきらのりゅうさんいるー?
「きらきらだといいねえ」
でもそうすると火竜さんどこ行ったんだろう。ちょっと出かけてるとかだといいけど、ラメラさんみたいにどこかで動けなくなってるかも? お話を聞かねば。
「聖獣さんは基本的に安易に攻撃してこないって聞いてるし、とりあえず行ってみようか」
「あー、ナツ、先頭頼む」
「任されましょう!」
なんとなくイオくんの中で僕が聖獣さんとか神獣さん担当と思われているっぽいから、僕も張り切って先頭に立つ。意気揚々と洞窟に足を踏み入れると、たたたっと軽やかに駆け寄ってきたテトが右側にピトッと寄り添った。
なにかあったらまもってあげるねー。
「くっ、テトさんいい子だね……! ありがとう!」
でも僕のことを守るよりも自分の身を守ってくださいテトさん……! なにもないと思うけど!
どこかで透明な膜を通り過ぎるような感覚があって、若干の抵抗のあとに洞窟の中に足を踏み入れる。かつ、と足音が思っていたよりも大きく響いて、ちょっとだけドキッとした。僕の靴そんな硬い素材じゃないはずなんだけど。
隣のテトがすんすんと洞窟内の匂いを嗅いでいる。火山だからか、かすかに硫黄の匂いがするような気がしたけど、思っていたような暑さやマグマみたいな光景はなかった。休眠中の火山だって、エクラさんが言ってたっけ。そうするとマグマとか見ようと思ったら、もっと山の中心や地下の方にいかないと駄目かな?
後ろからイオくんたちがついてくる音を聞きつつ、正面の大きな空洞を見る。どこからか光が漏れて差し込んでいたから、思っていたより暗く無い。
そこには、竜がいた。
白い、美しい竜だった。スペルシアさんが思いっきり銀! って感じならば、こちらは白に少し金粉や銀粉が混ざったような、それこそパールっぽい色合いの竜。
火竜、では確実にないなあ、と思う。しなやかで細身の体を横たえて眠っているかのような姿は、どこか神秘的ですらある。思わず息を呑む僕の横で、テトは朗らかににゃあんと鳴いた。
きらきらー。すてきー!
……どうやら白い竜の美しさは、テトのお眼鏡にかなったらしい。興奮したようなその声に、白竜の閉じていた目がぱちりと開いた。
『珍しいこともあるものよ。当家に客人とは』
低くも高くもない穏やかな声は、性別がよくわからない……ってそういえば竜って性別ないんだっけ。黄金の瞳がすうっとこちらに向けられたので、僕は張り切って声を張る。
「こんにちは、はじめまして! 勝手にお邪魔してすみません、少しお話していただけますか?」
『ほう、汝らはスペルシアの言っていた外の者か? うむ、近う寄れ』
「ありがとうございます! 僕はナツ、こちらは僕の頼れる親友のイオくんで、このかわいい猫さんが僕の契約獣のテト、そしてこっちの爽やか青年は如月くんです」
『ふふ、元気よなぁ』
少し身動きをして首を起こした竜さんは、涼やかな目元を細めた。
『我が名はルーチェ。ここの主をしておった火竜プロクスの番じゃ。人の子は白竜とか光竜とか呼ぶが、好きな方で良い、同じ意味なのでな』
「ルーチェさん!」
ルーチェ。テトっていうのー、よろしくねー。
テトさん元気なご挨拶をしてくれたけど、ちょっとだけ緊張気味だね。やっぱり巨大で強い聖獣さんを前にすると、「ぺしゃんこになっちゃう」って思うのかな。ラメラさんにも最初怯えてたし。
僕が後ろを振り返って促したので、イオくんも一歩前に出る。
「イオだ。ナツのお目付け役をしている」
そうそう、ちゃんと挨拶できてえらい。……けど、お目付け役とは一体なんのことですかイオくん。普通に友達だって言ってよそこは。
「如月です。はじめまして」
続けて如月くんもぺこっと一礼したので、自己紹介は完璧だね。
『ふむ。客足途絶えて久しい住処じゃ。汝らは地図を埋めておるのじゃろう? 順調に進んでおるのか?』
「あ、はい。もちろんそれもあるのですが、実はお尋ねしたい事があって。……その前に! お土産があります!」
『ほう?』
危ない危ない、せっかく手土産が宝箱から出たのに忘れるところだった。手土産は最初に渡しておかないと手土産感が減るからね! ダンジョンから出てきたマギべリーの実を取り出すと、如月くんとイオくんも慌てて同じものを取り出した。眼の前の巨大な竜に比べてあまりにも小さなマギベリーだけど、それを見てルーチェさんは嬉しそうに微笑む。
竜の姿でも、表情の変化はすごくわかりやすいね。
『竜の好物を調べてきたようじゃな』
感心したような言葉と同時に、ルーチェさんは少し体をずらす。そして。
『供えてくれぬか。我が番の大好物だったものじゃ』
落ち着いた声が言う。
その白い竜の影に、寄り添う影が目に入った。
「……あ」
思わず声がこぼれ落ちて、慌てて口を閉じる。なるほど、と理解した。それはそうかとも思った。不思議そうに首をかしげたテトが、駆け寄ろうとするのを慌てて制し、「一緒に行こう」と声をかける。巨大な白竜のすぐ横にいるのは、火竜だ。
正しくは、火竜だった存在。
大きな頭蓋骨、驚くほど太い体の骨が、そのままに、きれいにそこに残っていた。
「亡くなられて、いたんですね」
『ああ、穏やかな最後じゃった。終戦を見送ってから旅立ったのでな、満足であろうよ』
火竜プロクスだった、その骨を見つめるルーチェさんの眼差しは、どこまでも優しい。ただただ、深い愛情を感じる美しい瞳だった。




