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ゆるだら令嬢、魔王になる ~それでもお嬢様は可愛いので僕は無限に甘やかす!~  作者: 川石折夫
第1シーズン・ゆるだら魔王生活編
35/70

第30話「魔王秘書、ゆるだら令嬢の秘密に迫る⑤」

 


「フィリエル……さん?」




 メルベルの魔の手から救い、手を差し伸べた僕の顔を見上げるシャロマさん。



 僕の留守を狙って屋敷に忍び込んだ彼女としては、僕がここに現れ、さらに自分を救ったことが不思議でならないのだろう。



 ――でも、ここまでのことはおおかた、僕の計画通りなのだ。




「すみません、シャロマさん。あなたを罠にハメさせていただきました」



「え……」




 僕の言葉に、シャロマさんは驚く情緒も失ったように、茫然と目を丸くした。



 そう、僕があえて屋敷を留守にしたのは、シャロマさんをおびき寄せるための罠だったのだ。そのために、あらかじめナーザ様に相談し、留守にするための口実づくりに協力してもらったのである。



 そもそも、前々からシャロマさんが屋敷付近に出没し、結界の外から様子をうかがおうとしていたのはお見通しだった。



 ――なにしろ、屋敷の結界を従来のものより強化したのは、ほかならぬ僕だ。



   結界に近づく者がいれば、その正体がわかる細工も施してある。



 お嬢様が魔王としての公務にいそしんでいる間、シャロマさんがつねに監視するように様子をうかがっていたのに気づかないほど、僕はマヌケじゃない。



 だから、彼女のことは警戒していたし、いつかどうにかしなければと思っていた。



 わざと隙をつくったとはいえ、まんまとここまで潜入し、メイド兼ガードマンであるガーコまで突破したのを見たとおり、彼女は優秀だ。



 だから、そろそろ彼女を黙らせなければと判断した。



 といっても、なにも命を奪おうなんてことは、最初から考えていない。



 ゆえに、メルベルのあの行動は完全に彼女の独断だった。



 上等な餌に目がくらんで悪ノリしたな、アイツめ……




「ひどいですよー、フィリエルさーん。わたしはただ、言われたとおり侵入者の邪魔をしただけですのにぃ~」




 そのメルベルはまったくこりてないようで、そんなふてぶてしい言いわけをのたまっていた。



 なお、彼女の体は魔法で粉々に粉砕したが、そのかけらひとつひとつが人の形をつくり、小人サイズの無数の分身となって抗議している。




「うるさい、やりすぎだ」




 その抗議を、僕はすぱりと一蹴した。



 それからも、ぶーぶー文句を言っているが、まさに虫のさざめきである。



 ちょっとうっとうしいけど、無視して本題に戻ることにする。




「さて、シャロマさん……あなたの目的は、お嬢様の“秘密”をあばくことですね?」



「……お見通しです、か」




 僕の質問に、シャロマさんは抵抗するそぶりなく、神妙に答える。



 こうなった以上、作戦の失敗を悟り、観念したようだった。



 でも、彼女の判断は早計というものだ。




「その願い、かなえて差し上げますよ。お嬢様のところへ、ご案内します」



「は……?」




 僕の提案に、シャロマさんの目がまた丸くなった。



 まあ、潜入を阻んでおいてのこの発言なのだから、無理はない。



 でも、僕がシャロマさんを屋敷の中へおびき寄せたのは、そもそも穏便に彼女と話をつけるためだ。



 まぁ、多少こちらの力を見せつけて立場を有利にしたいという思惑はあったけど、まさかこんなことになるなんて……その点だけは、申し訳ないと思った。



 そうして僕は、いまいち状況を呑みこめていない彼女を先導するため、自らお嬢様の部屋へと向かうのだった。


 


 


 ――かくして、その秘密はあばかれた。



 部屋のドアを開けた僕たちの目の前で、お嬢様は見事にベッドの上でだらけた姿を披露していた。




「あー、フィリー? ずいぶん騒がしかったけど、ドロボー退治は終わったー?」




 屋敷の廊下や壁に穴があくほどの騒ぎがあっても、まったく動じずここでゆるだらしているマイペースっぷり……さすがお嬢様。




「――って、げェッ、シャロマさん……!?」




 けど、僕の横できょとんとしているシャロマさんの姿を見るや、あんぐりと口をあけて仰天した。



 今朝屋敷を出る前に、メルベルたちに今回の段取りを教えるついでにお嬢様にも今夜屋敷に侵入者が入るであろうことは話していたが、それがシャロマさんであることまでは教えていなかったのだ。



 驚くのも当然である。




「フィリー! なんでシャロマさんがここに!? てゆーか、なにふつーに連れてきてんだよおっ!!」




 そして、当然お怒りだ。



 シャロマさんは、けっしてお嬢様の本性を知られてはいけない人物のひとり……



 これまで秘密を隠すためお嬢様がしてきた苦労を、僕は台無しにしたのだ。



 その僕に、お嬢様はぷりぷりと怒る。うーん、可愛い。




「あ……あ……あ……!」




 一方、お嬢様の姿を見たシャロマさんは、ぷるぷると震え、動かなかった。



 そこにいるのは見慣れた淑女姿でも、魔王の姿でもない。



 緊張感のかけらもないふぬけた表情にくわえ、身長まで幼女同然に縮んでいるお嬢様の衝撃に姿に、言葉も出ないほどショックを受けているようだった。




「くぁぁ~~~~~っ!!」




 そのシャロマさんが、突如奇声を発し、お嬢様が居座るベッドに猛然とダッシュ。



 そこに飛び込み、お嬢様に抱きついた。




「か~~わい~~~~~っ!! なに? なに!? この可愛い生き物!? この屋敷のペットですか!?」




 ひどく興奮した様子で、一心不乱にお嬢様を撫でまわすシャロマさん。




「ひっ、ひぃぃぃぃぃっぃぃっ!?」




 その手の中でお嬢様はすっかり怯えて、悲鳴を上げる。



 シャロマさんは、お嬢様のあまりの可愛らしさにあてられ、もはや人だと認識もできないほど理性がはじけ飛んでいるようだった。



 うん、是非もなし。




「シャロマさん、()()()ルーネお嬢様です」



「はっ!? ()()()……!?」




 僕の言葉で、シャロマさんは正気を取り戻したように手を止めた。



 まあ、驚くよね。



 お嬢様は部屋では、魔力消費を抑制した幼女の姿――いわゆる、省エネモードで過ごされる。



 自身の魔力を制限して縮むなどという器用な芸当ができる魔族なんて、そうはいない。



 これは、僕が提供する至極のゆるだら生活の中で、お嬢様が自然と環境に適応するように身につけた秘技なのだ。



 お嬢様の肉体の神秘に触れ、シャロマさんも頭が冷えたように真顔になるが、




「よくわかんないけど……可愛いから、まあヨシ!」




 戻った理性も一瞬で蒸発し、シャロマさんはまたお嬢様を愛撫する。



 いつもの冷静な思考を失った今のシャロマさんは、僕たちにとってなんの脅威でもなかった。




「あ~、なにこのもちもち肌~。ん~、気持ちいい~~~っ!!」



「うわあぁぁぁっ! フィリー! フィリ~~~ッ!!」




 シャロマさんの愛撫は徐々に強烈になっていき、お嬢様のやわらかほっぺがおもちのようにこねられていく。



 すみません、お嬢様。すこしだけ、ご辛抱ください。



 シャロマさんがこうなるのも、僕の計画どおりだった。



 ――シャロマさんがお嬢様を監視していたように、僕もまた彼女を監視していたのだ。



 失礼ながら、プライベートも何度か覗かせてもらった。



 その過程で、シャロマさんの意外な素顔を見ると同時に、彼女の弱点も知ることができたのだ。



 シャロマさんは極度の小さくて可愛いもの好き……!



 宿舎の部屋で愛ネコたちと戯れる様子は、もはや別人のごとしだった。



 ゆえに、僕は確信した。シャロマさんを小さい方のお嬢様と引き合わせれば、確実に堕ちると……!



 お嬢様は可愛い。小さくて可愛い。シャロマさんとこの飼いネコたちも可愛かったけど、お嬢様の方がずっとずっと可愛い!



 だから、堕ちないわけがない!



 その目論見は見事すぎるほど的中し、シャロマさんはあっという間にお嬢様のとりこだ。



 これなら話をつけられる。




「――シャロマさん、よかったらこちらで一緒に働きませんか?」



「可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い……え?」




 可愛い以外語彙がなくなるほど知能レベルが低下していたシャロマさんだったが、僕のこの提案を聞き逃しはしなかった。



 お嬢様を撫でまわす彼女の手は止まり、僕に視線が釘付けになる。




「お嬢様がその姿でいるのは、この屋敷の中だけです。つまり、ここで働けばずっとそのお嬢様と一緒にいられますよ?」



「え……」




 この提案に不満げな声を漏らしたのは、シャロマさんに拘束され中のお嬢様である。



 申し訳ないけど、ここはこのまま話を進ませてもらおう。




「……私を懐柔するつもりですか?」




 理性を溶かされても、そこは生粋の諜報屋。



 僕のあからさまに裏がある提案に、即座に脳細胞を刺激され、疑いのまなざしを向けた。




「そのとおりです」




 その彼女に、僕はあっさり真意を告げる。




「条件はもちろん、これ以上お嬢様を探るのはやめていただくこと。それと、可能ならバハル様の動向をすこしだけこちらに知らせていただけないかと……」



「二重スパイになれということですか……そんな誘いに、私が乗るとでも?」




 すっかり冷静さを取り戻したように、キリッとした表情で僕の提案に反抗の意思を覗かせるシャロマさん。



 ……けど、一方でその手に抱いたお嬢様は頑なに放そうとしていなかった。



 己を律していると装いながら、そのじつ自らの欲望にまったく抗えていないシャロマさん。



 ならば、ここで一気に畳みかける!




「もちろん、住み込みOKですよ。さらに、お宅でお飼いのネコちゃんたちも連れてきて構いません」



「え?」



「さらに、あなたがここで働いてくれるのであれば、メルベルにかわってお嬢様の筆頭世話役を任せしたいと思っています。お嬢様が屋敷にいる間、それこそずっとつきっきりでお世話ができる、たいへんうらやま……重要なポジションですよ」



「え?」



「僕はお嬢さまの一番の従者であるという自負はありますが、残念ながら異性である以上すべてのお世話はできません。朝お嬢様を起こすのも、身だしなみを整えるのも、お着替えも、さらには入浴のお世話もすべて、メルベルに任せていたんですよ」




 シャロマさんの心の隙につけこみ、僕は猛ラッシュを浴びせる。



 メルベルはどうも、この屋敷で唯一お嬢様のお体を世話できる立場をいいことに、調子に乗っていたフシがある。



 以前の影武者騒動を機に、そろそろ彼女のかわりのメイドを雇おうかと思っていたところだ。



 アイツは雑用にでも回してしまおう。




「おきがえ……おふろ……さわりほーだい……ぶほぉっ!?」




 この攻勢に、シャロマさんの理性はたちまち崩壊。



 どんなよからぬ妄想をしたのか、ついには鼻血を噴き出してしまった。



 ……ここまでくると、僕も若干引く。



 やがて、シャロマさんは落ち着き、おもむろに鼻血をふき取る。



 そうして、何事もなかったかのようにきりっとした澄ました顔をして、ようやくお嬢様をその手から解放すると同時にベッドから降りた。




「たいへん魅力的なお誘いですが、私にバハル様を……父を裏切ることはできない。父を陥れるのに加担するような取引に応じることはできません」




 まさかこの期に及んで断られるなんて……意外だった。



 でも、その反面すこし安心した。



 シャロマさんはやはり、根は真面目で理性的な人だ。



 どこかのポンコツメイドと違って、私欲で本分を投げ出すほどいいかげんではない。



 そんな人だからこそ、ぜひこちら側に引き入れたかったのだけど……




「――ですが」




 僕が悲観していると、それを遮るようにシャロマさんは今一度言葉を放った。




「私自身、この仕事はあまり好ましくありませんでしたので、ルーネ嬢に対する諜報活動をやめることに対して抵抗はありません。さらに、万が一父が過度にルーネ嬢へ危害をくわえようとした場合、道義的判断としてその情報をお知らせるのもやぶさかではありません。その……それでよろしければ……」




 つらつらともっともらしいことを並べたかと思えば、急に歯切れが悪くなり、もじもじしだすシャロマさん。



 ……うん、すこし焦ったけど彼女は最初から断る気なんて一切なかったようだ。



 バハル様へ最低限の筋は通しつつ、結局は自らの利を取る……なかなかしたたかな人物であった。




「承知しました。実のところ二重スパイに関しては、もののついでに言ってみただけで、僕もそんなに期待してはいないんですよ。お嬢様に対してよからぬ行動を控えていただければ、それで十分です。今後あなたがバハル様にどのような報告をするかは、あなたの裁量にお任せします」



「そうですか……」



「では歓迎しますよ、シャロマさん。今後、どうぞよろしくお願いします」



「はい、こちらこそ」




 僕はあいさつとともに、シャロマさんに手を差し伸べる。



 彼女はそれに応じて手を握り、薄く微笑み返した。



 それから彼女は、すっかり状況に置いて行かれてベッドの上で放心しているお嬢様へと向き直る。




「ルーネ嬢……いえ、ルーネお嬢様。そういうわけで、こちらで働かせていただくことになった、シャロマ=ダルムードです。どうぞよろしくお願いします」




 そして、ぺこりと一礼。



 さっきの散々たる醜態が嘘のような、礼儀正しく凛然とした振る舞いであった。




「え……あ……はぁ……よろしく」




 この恐ろしいギャップにお嬢様も呑まれ、よくわからないままシャロマさんを迎え入れる羽目になるのであった。



 ……まあ、基本的に真面目な人物ではあるようだから、お嬢様が心配するほど害はないはずだ。




「でへへ……ルーネたんとずっといっしょ」



「!?」




 ――と思ったら、これである。



 シャロマさんはよだれまでたらした、気味の悪い笑顔でお嬢様をロックオン。



 そのおぞましい気配にお嬢様はびくっとすくみ上る。



 ……メルベルよりはマシかと思ったけど、もしかしたら僕は、とんでもない悪魔をこの屋敷に招き寄せてしまったのかもしれない。



 それはさておき、これでお嬢様の平穏を脅かす障害をひとつ排除できた。



 ついでに、あたらしい仲間も入った。



 ……うん、ひとまずそれでよしとしよう。



 僕は、近い将来起こるかもしれない災禍に全力で目を背けることにした。



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