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ゆるだら令嬢、魔王になる ~それでもお嬢様は可愛いので僕は無限に甘やかす!~  作者: 川石折夫
第1シーズン・ゆるだら魔王生活編
34/70

第29話「魔王秘書、ゆるだら令嬢の秘密に迫る④」

 


 ――ルーネ嬢の秘密を暴くため、彼女の部屋を目指していたところ、思わぬものが私の道を阻んだ。




「……石像?」




 私の進路を塞ぐように、廊下の真ん中に佇んでいたのは、一体の石像だった。



 子供と言っていいくらいに小柄な、メイド服を着た少女の石像だ。



 それはなにかポーズを取っているわけでもなく棒立ちで、廊下のど真ん中に突っ立っていた。



 調度品にしては妙だし、そもそも置き場所がおかしい。



 あまりに不審だ。



 私は慎重に近づき、石像を観察する。




(……あ、ちょっと可愛い)




 石像は無表情だったけど、顔立ちはわりと好みだった。



 魔獣だろうが魔族だろうが小さいものはたいてい可愛いものだ。



 好奇心から、ちょっと頬を指でつついてみる。



 見た目はぷにぷにしそうなほっぺだけど、返ってくるのはやはり石の質感。



 その冷たい触感が、私を冷静にさせる。




(……なにやってんだ、私は)




 ここまで近づいてもなんの反応もない限り、ただの石像のようだ。



 ……持ち帰って部屋に飾りたいかも。



 そんなたあいもないことを思いながら、私はすこし名残惜しげに石像を横ぎって先に進んだ。



 それからすぐのことである。



 ――背後から、突然魔力の気配とともに殺気が襲い掛かってきた。




「がーーーっ!!」



「ッ――!?」




 それを頼りに、私は直感のままそこから横へ飛び退いた。



 その瞬間、轟音とともにさっきまで私が立っていた地点が破裂。



 背後から突如襲い掛かってきた何者かの拳の一撃で、石造りの廊下に穴があいていた。



 それをやったのは、メイド服を着た少女……さっきの石像だ。



 しかし、その体はすでに石の塊ではなく、正常な肌の色を取り戻した魔族だった。



 ……いや、魔族ではあるまい。



 少女の頭にはさっきまでなかった大きな角が生え、背中には二枚の小ぶりな翼。



 両手は肥大化した爪を備え、おしりからトカゲのような長い尻尾まで生えている。



 魔族に魔獣の特徴がくわわったような姿だ。



 これは……




「この子、まさか“ガーゴイル”……!?」




 別名“動く石像”……石像を装って侵入者を油断させ、近づいてきたところをすかさず襲ってくる特性を持った魔法生物だ。



 魔族の重要拠点の防衛機能として重用され、魔王城にも多数配備されていた。



 ……けど、この子がガーゴイルだなんて、まったく気づかなかった。



 私が単に可愛いらしさにつられて油断したからではない。断じて。



 そもそも普通、ガーゴイルはいかにも恐ろしげな魔獣の形で造られるのが常だ。



 美少女型のガーゴイルなんて聞いたこともない。



 ……造ったのはウォルム殿だろうか。



 顔に似合わず、なかなかこじゃれた趣味である。




「がーーーーっ!!」




 けれど、本質はあくまでガーゴイル。



 少女メイドは獰猛な魔獣の本性をあらわにして、私に襲い掛かってきた。




「くっ……!」




 その拳による猛攻を、私はなんとか受け流す。



 私は使用できる魔法が裏工作系に偏ってるせいで攻撃は苦手だけど、その分体術は人並み以上に修練を積んでいる。



 たとえ屈強な男相手でも、めったに遅れは取らない自信がある。



 ……けど、この子の力は並の男以上だった。



 拳一発で、堅い石の廊下を割るほどの怪力だ。



 姿に惑わされて気を抜いたら、たちまち相手は肉塊と化すだろう。



 ガーゴイルが次々と繰り出す拳を、私は冷静に手ではじいて狙いを逸らす。



 力任せでなく、魔力で相手の力を相殺して受け流す、魔族に広く普及する武術の技である。



 しかし、ガーゴイルの力は私の魔力でも許容範囲内ギリギリというほど強い。



 直撃はまだもらっていないが、受け流すたびに私の手には確実に負荷が溜まり、ダメージを負っていた。



 ……そろそろ手がもたないし、機を見て一気に決めよう。



 そう思った矢先、チャンスがきた。




「がぁーーーーーーーっ!!」




 なかなか仕留められないことに業を煮やしたのか、ガーゴイルはここぞとばかりに渾身の一撃を放とうと大きく拳を振りかぶる。



 ……ここだ!



 私の顔面に向かって拳が放たれた瞬間、すかさず体を深く沈ませ、私はガーゴイルの攻撃を避けると同時に、その懐に潜り込んだ。



 そして……




「ぬおおおりゃあああああっ!!」




 私は下からガーゴイルの体を掴み、相手の攻撃の勢いに自らの力をすこし乗せる形で、ガーゴイルを放り投げた。



 いわゆる巴投げだ。




「がーーーーーーっ!?」




 宙へ放り出されたガーゴイルはそのまま止まることなく、近くの壁に頭から激突。



 壁に穴があき、そこからガーゴイルの下半身だけがのぞいていた。




「がーーーーーーっ!」




 ガーゴイルは足をじたばたさせるも、壁にすっぽり埋まって動けないらしい。



 ……ああ、小動物みたいで可愛い。



 などと、勝利の余韻もあって私が気を緩めていると、




「むふふ~。頭上注意ですよ、侵入者さん?」



「え……」




 突如、天井から声がしたのも束の間、私の目の前に何かが降ってきた。



 それは、人ひとり楽に呑み込めそうなほど巨大な緑色のゲルの塊……さっきのガーゴイルと同じ、魔法生物の一種であるスライムだ。




「そーれ!」




 私がその異形に面喰っている隙をついて、スライムは攻撃開始。



 自らの体の一部を無数の触手に変え、私の手足、胴体をあっという間にがんじがらめにする。




「くっ、まさかこんなものまで……!」




 私はもちろん抵抗を試みるが、なぜか手足にうまく力が入らない。



 魔力……さらには体力まで、どんどん失われていくようだった。



 スライムが獲物を捕食する際に使うオールドレイン……その第一段階だ。



 私の魔力も体力も、触手を通してこのスライムに吸い取られているのだ。




「うーん、ひさびさになかなか美味しい獲物ですね~。可愛らしいお嬢さんというのもポイント高し! ……ん?」




 私の力を満足げに咀嚼するように堪能するスライムであったが、ふと何かに気づいたような反応を見せる。



 やがて、触手を伸ばした本体がうぞうぞと動き出し、体の一部がまた変形。



 今度は若い女の上半身を形づくった。




「おんや~? あなた、もしかして……はは~ん、そういうことですか~」




 私の顔を見て、なにか得心がいったように頷くスライム女。



 なんだか私を知っているかのような口ぶりだけど、あいにく私にスライムの知り合いはいないし、この女の顔にも覚えがない。




「どういうことだ。お前はいったい……!」



「ま、この姿で会うのははじめてですからね~。でも、わたしはあの時のことを忘れてはいませんよ~? せっかく忙しなく苦労するフィリエルさんたちを眺めて楽しんでたのに、あなたに正体を見破られたせいで台無しになったんですからね~?」



「正体……?」




 その言葉を頼りに、私は自分の記憶をたどる。



 そして、ひとつだけ心当たりのある出来事が最近あったのを思い出した。




「まさか、あの時の偽魔王……!?」



「ぴんぽ~ん、せいか~い!」




 私の言葉に、スライム女ははしゃぐように笑顔を浮かべた。




「ま、言うほどあなたに恨みはないんですけどね~。でも、あなたのせいでこっちは体の半分を消し飛ばされる羽目になりましたし~? おまけに、なぜかフィリエルさんからお仕置きされたし~? そのお返しをすこしくらいしてもいいんじゃないかって思ったりもして~?」




 私を恨んでないのか恨んでるのかいまいちわからない、すごくてきとーくさい言い草だった。



 ただ、お仕置きとやらのくだりだけは、完全な逆恨みであることはわかった。




「ま、そういうわけなんで覚悟してくださ~い!」




 かくして、どうもこうもないメチャクチャな論理で、スライム女は私に牙をむいた。



 本体まるごと大きな波のように変形させ、私の体へと押し寄せてきたのだ。




「あっ、ぐぅ……!」




 スライムは私の体にまとわりつき、たちまちほぼ全身を拘束する。



 同時にさっきまでの疲労感が倍増し、気が遠くなるようだった。



 全身に組みつかれたせいで、ドレインの効果も上がったのだ。




「むふふーん、さーてここからどうしちゃいましょうかね~? 相手は、人様のお屋敷に無断で忍び込んできた不埒な輩ですし~? このまま、骨になるまで食べちゃっても、文句はないですよね~?」




 そう。オールドレインは魔力、体力だけに留まらず、相手の肉体をもじわじわと分解吸収する、スライムの代表的な捕食方法にして最大の武器だ。



 このままでは、やがて私の体はどろどろに溶かされ、無残な白骨となる……




「あっ……いや……!」




 任務のために命を落とす覚悟なんて、私には最初からない。



 安易に命を懸けられるほど、妄信的に仕事に取り組んでいたわけじゃない。



 だから、迫り来る死を前に、私は心の底から恐怖し、こう思った。


 


 助けて……! 死にたくない……!


 


 でも、その想いもむなしく、私は声を出すだけの力も失い、魔力も空っぽ。



 もう意識を繋ぎとめる余力すら尽きようとしていた……



 ――その時だ。


 


「そこまでだ、メルベル」



「ぼぎゃぁっ!?」


 


 凛とした声と間の抜けた断末魔が交互すると同時に、私は突如束縛から解き放たれた。



 私を捕えていたスライム女の体がバラバラに爆ぜたのだ。



 不意討ちによる魔法攻撃を受けたらしい。



 飛び散るスライム片にまみれながら、私は床に倒れ込む。



 そして、状況を把握しようと、視界がぼんやりするなか辺りを見渡した。




「――大丈夫ですか、シャロマさん?」




 そこへ、差し伸べられる手。



 手が差し伸べられた方を見上げると、そこにいたのは、涼し気な笑みを浮かべた眼鏡の青年……フィリエル=シャルツガムだった。



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