嫌がらせ③
本編です
嫌がらせその7 すり替えしてさしあげます
どうやったらあの娘を困らせることができるかしら?
最近はその悩みにうなされている。夢にまで出てくるわ。うーっ、うーんっ、くぅーっ。
ベッドから起き上がって考え続けた。あ、ふらふらする……。頭がボーッとする……。
「お嬢様、それは知恵熱です」
な、何よ!普段私が何も考えてないみたいじゃない!
「ええ、お嬢様に計略や策謀は向いておりません」
そ、そんなことないわ!きっとだ……いじょ………うぶ……。
私は熱を出して倒れた。
ほら見なさいって散々侍女に嫌味を言われた。あぅ……。
熱が下がるまで、学校にはいけません。だから私は再び、困らせるアイデアを探し続けた。むーっ、んーっ……。う……、ふらふらする……。
「お嬢様!もう慣れないことはしないでください!熱を上げる気ですか?!」
「だって~……」
「だってじゃありません!お嬢様が熱を上げると怒られるのは私達侍女なのですよ。勘弁してください」
う……。ごめんね。
しゅんとしたら、侍女の眼差しが和らいだ。
「反省してくださいましたね。ではお嬢様にアイデアのヒントを教えてあげます!」
侍女が茶目っ気たっぷりにウインクした。何かしら?ワクワク♪
「お嬢様の学校生活で、もしもこうなったら困るなって思うことをすればいいんですよ」
そんなこと、いつも考えてるわよ?
「具体的に考えてますか?例えば、いつも必要なもので、なくなるなんてことが想定されてないものに悪戯をしかけるとか」
……そこまで具体的に考えてなかったかも。
「えっと、じゃあ、教科書とかに悪戯するってこと?落書きとか?」
「ええ、そうです」
侍女は、満足げに笑った。でも、と続ける。
「お嬢様は絵が大変お上手ですから落書きをしてもご褒美になってしまいますよ」
あ……。
「落書きに限らずとも、教科書に悪戯は出来ますよ。例えば、教科書の中身を抜いて、別の本を表紙に被せるとか」
なるほど!確かにそうすれば授業中困るに違いないわね。先生に怒られちゃえばいいわ。そろそろあの娘の好意も困るしね。
その日、お見舞いに来たアリシアを私は迎えた。
「ベアトリス様、お加減いかがですか?」
「ええ、大丈夫よ。来てくれてありがとう、アリシア。2、3日でまた登校できると思うわ」
心配そうなアリシアに笑顔で応える。
「ねぇ、アリシア。今日の授業の内容が聞けなかったから、歴史と教養の教科書を貸してくれないかしら」
「もちろんです。今日使った羊皮紙もお貸しいたします」
「あら、ありがとう」
羊皮紙もゲットした。でも正直、歴史も教養も王妃教育で十分習ってるのよね。
アリシアが帰ったあと、渡された教科書を見る。
……。
外せる表紙、ブックカバーなんてないわ。そういえば、教科書ってみんな分厚い革の表紙なのよね。
う、うう~~!どうしようかしら。私の計画、早くも頓挫。
まだ諦めないわ!どうしようどうしようどうしよう……。プシュー
「お、じょ、う、さ、ま!いい加減にしてください!また熱を上げてたら、いつになったら下がるんで、す、か?!」
ひぃっ。ごめんなさいっ。
露骨に苛立ってる侍女を見て思わず涙目になった。侍女はやれやれ、といった風に首をふり、
「表紙がないなら表紙をつけて返せばいいじゃないですか。お礼とでも言えば自然なことになります」
っあぁ!そうね!そうしましょう!さすがはうちの侍女、優秀ね。
早速、教科書にあうサイズのブックカバーを作らせた。できるだけ早くって言っておいたから明日の朝までには出来てるわね。よし、やることは全部やったから今日はもう寝ましょう!
「やれやれ。やっとお嬢様がおとなしゅうなってくれた」
疲れたような侍女の溜め息は、眠りに誘われた私の意識には届かなかった。
翌日。出来立てのブックカバーを手に入れた私は、教科書と同じサイズの本を探していた。厚みは、ブックカバーでいくらでも誤魔化せるわよね。どの本にしようかしら……。
あっ!あったぁ~♪これね!ピッタリだわ!
私の本に、ちょうどいい大きさのものがあった。これに、カバーをつけて……っと。
本探しに集中しすぎてまた熱をだした。侍女のお説教、めっちゃ怖い。角が頭から生えてた。
本を渡したかったのだけど、侍女に睨まれて会えなかった。
「今日は面会禁止です。公爵様に言いつけますよ」
って言った侍女の形相はもう思い出したくない。あ、思い出したらまた涙が……。
教科書は侍女が代わりに渡してくれたらしいわ。
その次の日。アリシアが走って私の部屋へ来た。騙されて怒ってるのかしら?やっと、困らせることが出来たのかしら?
「ベアトリス様!有難うございます!」
……はい?どうして感謝されてるの?もしかして、頭わいちゃった?
「えっと、ごめんなさい。その感想に至るまでの経緯を教えてくれないかしら?」
「あっ、すみません。表紙の中に入ってたのは、教科書ではありませんでした。手違いですか?
中に入ってたのは、今話題の恋愛小説でした!本って貴重品だから私の父も恋愛小説は中々買ってくれなくて……。だから、つい、読んじゃいました!役得、有難うございます!」
なるほど、それで有難うございます、か……。役得の使い方、合ってるのかしら?ってか、すり替えの本のジャンルもちゃんと調べておくべきだったわね……。
急な展開についていけず、色んなことが頭を巡った。あ、目の前のアリシアの応対もしなくっちゃ。
「あ、あぁ……。教科書を間違えたのはこちらの手違いですから本を読んだのは咎めませんわ。こちらが教科書ですわね、はい」
「有難うございます」
「それで、教科書はなかったのでしょう?授業はどうしたの?」
ここが重要だ。
「ええ、授業は無視してバレないように本を読ませていただきました」
めっちゃイイ笑顔で答えが返ってきた。……は?!
「じゅ、授業は?」
語気を強めて再度聞く。
「無視しました」
爽やかな笑顔が向けられた。
……。
っもう!っもう!っもう!なんでよ!普通、そこは困って混乱するところでしょ?!どこの世界に教科書読んでるふりして恋愛小説読む娘がいるのよ!
私の3日間を返せーーっ!!
「べ、ベアトリス様?!大丈夫ですか?」
「……ちょっと疲れたみたい」
貴女のせいでね!
「そ、それは大変です!こ、ここは私が一晩お付きあい──」
「私といると熱が移るから今日はもう帰って、ね?」
「そ、そうですか……?では、今日は帰ります。ゆっくり休んでくださいね。お大事に」
恐ろしいことを言い出したアリシアを慌てて帰らせる。貴女が近くにいたら、出し抜く策を考えられないじゃない!
結局……これまでの努力が水泡に帰したことを知った私は、再度熱を出した。もう、いや!
嫌がらせその8 変わったお飲み物はいかが?
ある、休日の昼下がり。
「このオレンジジュース、とってもおいしい!」
「有難うございます、お嬢様。これは、ハッサク地方の新鮮なオレンジ果汁100%で作られたジュースでございます」
「へぇ~。果汁100%じゃないジュースって何が入ってるの?」
「砂糖など、余計なものが入っています。子供には人気ですが、甘味が口に残るので上品な味わいがやや損なわれます」
なるほどね。余計なものは、入らない方がいいのね。今度からは産地とか鮮度だけじゃなくってこーゆーのにも注意していこうかしら。
……!そうだ!混ざりものは美味しくないのよね?
ってことは、色んなものを混ぜたジュースって美味しくないわよね。
それをあの娘に飲ませるっていうのは結構な嫌がらせにならないかしら!
さっすが私!冴えてる!これで侍女も私のことを見直すんじゃないかしら。
名案を思いついた私は、早速厨房に行った。料理長に様々なジュースの原料を用意させる。南国のフルーツも、トマトみたいな野菜も、色々集めさせた。
「ありがとう、料理長。あとは私の好きなように使わせて。夕飯の用意の邪魔はしないから」
「かしこまりました」
ふっふっふ。見てなさい、アリシア(と、侍女)!絶対ギャフンって言わせるんだから!
血のように赤いトマト……。酸味の強いレモン……。
凶悪よ……これは、凶悪なものになるに違いないわ……ふふっ。
「お、お嬢様が不気味な笑みを浮かべているぞ……?」
「な、何かあったんでしょうか……?」
料理長やコックさんがヒソヒソ私について話していたことに気づかないほど、私は悪魔のジュース(?)作りに熱中していた。
翌日の朝、ジュースを魔法瓶に入れた私は勇んで“学園”へ向かった。
その足はいつもよりも軽やかで、その手は前後によく振れた。
「お嬢様、踊りながら道を行くのは止めてください」
って言われても止められないくらいに。何度も注意を受けたけど、今日は聞かなかった。ルンルンルン♪ランランラン♪
「お嬢様、奥様に言いつけますよ」
ひっ。おおおお母様に?!だ、だめよ!ダメ!そんなことされたら……ガクガク。
「お、お願い!それだけは!それだけはやめて!ちゃんと大人しくするから、ね?ね?」
涙目で懇願する。
「私は何度も落ち着いてくださいってお願いしましたけど、聞き入れてもらえませんでしたね?お嬢様」
「そ、そんな意地悪言わないで!ほら、もうしないから!次の休日は貴女の着せ替え人形になってあげるから!ね?お願い!」
上目遣いで、目をうるうるさせながらお願いする。侍女はちょっとよろめいて、溜め息をついた。
「毎度毎度その手で何とかなるとは思わないでくださいね」
そう言った侍女の表情は、そっぽを向かれたので見えなかった。
お昼休み。アリシアを隣に招いて私は言った。
「ねぇアリシア。私、昨日ジュースを作ってみたの。貴女、ちょっと飲んでみてくれない?」
「えっ、ベアトリス様。私でよろしいのですか?」
「貴女が、いいのよ」
犠牲者にはね。
魔法瓶を渡した。アリシアが、コクコクと飲む。……飲んでいるときの無防備なアリシアも可愛いから様になっていて、癪にさわった。
「……おいしい」
……へ?呆然とした私をしっかり見据え、アリシアが畳み掛けた。
「おいしいです!何の果物が入ってるのかわからないけど、おいしいです!なんだか、桃のようなパインのようなリンゴのようなレモンのような魔法の味です!いったい、何をどうやって作ったんですか?!私にもレシピを教えてください!」
材料は……、貴女が今挙げたフルーツと、あと数種類の野菜果物かしら……。
おいしい?これだけ色んなものを混ぜたのにおいしいはずが……。
「あの、ベアトリス様。私も一口頂いてよろしいでしょうか……?」
お友達の一人がおずおずと尋ねる。アリシアの予想外の反応で混乱した私は、なにも考えずに頷いていた。
みんなが注目する中、友人が、おそるおそる飲む。
「……ほんとだ。おいしい」
驚いたようにポツリと告げる。一瞬の静寂の後、
「わ、私も一口よろしいでしょうか?」
「あ、私も!」
「私だって!」
「私も興味があります。よろしいですか?」
「私にもくださいませ!」
次々とみんなが飲みたがった。私はやや押されぎみに許可をする。
回し飲みがはじまった。飲んだ人が口々においしいって感想を述べる。
最後に私の手元に戻ってきたとき、私も一口飲んでみた。
……おいしい。意外ね。
「ほんとだ。なんで?」
思わずこぼれた感想を聞き、アリシアが驚いた表情をした。
「もしかしてベアトリス様。試飲はされてなかったんですか?」
答えられず、俯いた私にアリシアは何かを察したようだ。来るであろう詰問に備え、私は頭の中で反論を構築した。
「ベアトリス様!私を信頼してくださったんですね!」
ほぇ?
「確かに、私は料理を嗜みましますから、試飲にはちょうどいい人材ですよね!」
「え、えぇ、そうなのよ……」
勢いに押されてそのまま頷く。……あれ?これじゃ私がアリシアを信頼してるって肯定しちゃったことにならない?そんなんじゃないのにっ!
一方、金獅子公宅厨房では……。
私の余ったジュースを取り囲む料理長とコック達がいた。
「どうしよう?これ……」
「ちょっと飲んでみません?」
「いやいや、あの時のお嬢様の顔を思い出してみろ。人間には有害なものを作ってる顔だったぞ!」
「いや、でも、お嬢様が自分の飲み物として持っていったわけですし……」
「じゃ、じゃあ誰か一口だけ飲んでみるか?そいつの様子をみてから決めよう」
「そんなこと言うなら料理長、貴方が飲んでみてください。ここの責任者ですし」
「いやいや、お前こそ適任だろう」
「いやいや、年功序列ってことで、料理長お願いします!」
「料理長命令として、お前に飲ませてやる」
「ひっ?!職権乱用ですよ!」
「つべこべ言わずさっさと飲め!」
「っく!わかりましたよ飲みますよ!」
・・・・・・
「お、おいしい!」
「なに?俺にも飲ませろ!」
「わ、私にも!」
「あたしもくださーい!」
「僕にも~!」
このように、私達と同じ結論がでたみたい。私が帰ってきたとき、玄関に彼らがいて、
『お嬢様!あのジュースのレシピを教えてください!』
って言ってきたのはビックリした。
あのジュースは、ミックスジュースと名付けられ、健康的だしおいしいってことで割りと人気になったらしい。
混ぜたのに!混ぜたのに!なんで?!アリシアを困らせたかったのにっ!
ブックカバーっていつからあるんですかね?
ミックスジュースなのか、野菜ジュースなのか、微妙です。多分料理長が改善してくれるんじゃないかなぁ
おつきあいくださり、有難うございます。矛盾点、誤字脱字、不満等がありましたらお知らせください
感想、評価など、頂けると喜びます。