最後の意地悪
テストが近いです。勉強しなきゃです。
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アーサー殿下は走り去ってしまった。
私は思った。まさしく修羅場だった、と。
当初の私の希望通り、アリシアは行動できちんと私に好意を示し、殿下を突き放した。
その時のアリシアは、毅然としていた。
私を捨てた殿下を突き放していた。それなのに、何故だろう?殿下が可哀想に思えてきた。
今さら殿下に未練はない。私を捨てた殿下は見ていて哀れなほどアリシアに論破された。溜飲も下がったし、これ以上殿下に求めるところはないだろう。
むしろ、私はアリシアに聞きたいことがある。
「ねぇ、アリシア」
「は、はいっ」
長い長い沈黙と周囲の目線で、アリシアも緊張していたのだろう、声が上擦っている。
「私、アーサー様に捨てられてしまったわ」
「……はい」
アリシアは申し訳なさそうに私を見る。大丈夫、貴女は誠意を見せてくれたわ。
「嫌がらせ、無駄になったわ」
「……はい」
それでね、アリシア。
「こんな私を嗤う?王子から婚約破棄された女を」
どうなのかしら?まぁ、無様よね。それに、アリシアの価値観に照らせば、
「……別にいいのよ?私は、王子の婚約者という個性を失って、その他大勢に成り下がった女ですから」
私に、もう価値はないのでしょう?そのくせアーサーをたぶらかすなんて、怖い子。
そう思って問い掛けた。
アリシアは目を見開いて、固まった。そして、視線が定まらなくなる。
……え?もしかして、あの言葉は、心にもない言葉だったり?
周囲の視線が段々と厳しくなっていく中、アリシアはかつて見たことがない程に動転していた。わぁ、図らずも初めてアリシアに意地悪成功しちゃった?
珍しく動転しているアリシアを眺め、彼女がこれからしそうなことを考えてみる。前言撤回?無理よね、この大衆の前じゃ。言い訳?彼女らしくないわ。謝罪?……あ。
……今までのこと、謝らなきゃ。誤解していたとは言え、酷いことをしてしまった。
……でも、返事を聞くのは怖いわ。だから……。
時計を見てタイミングをはかる。幸い、もうすぐ昼休みも終わりだ。
「ねぇ、アリシア」
「は、はいっっ」
まだ緊張してるよ、アリシア。その顔は、俯いてしまって見えない。でもね、私も緊張してるんだ。
「嫌がらせして、ごめんなさい」
勇気を出して言い切って、アリシアが顔を上げた瞬間チャイムが鳴る。よし、ナイスタイミング!
私はこれ幸いと自分のクラスへ戻った。……自分の頬が熱い。
失恋したはずの私は、今までの胸のつかえがとれたような清々しい気持ちだった。多分、もう嫌がらせをしなくてもいいから、かな。
その日の放課後、私は校門で待ち伏せにあった。犯人は、アリシアである。
「ベアトリス様!い、言いたいことがございます!」
「なんでしょう?」
そんな生まれたての小鹿のように震えなくても……。まぁ、私も緊張してはいるのだけど。
「ベアトリス様は私に嫌がらせをしてきたと思ってらっしゃるかもしれませんがっ、私は嫌がらせなんて受けたことはございません!」
「……?」
緊張のせいか、アリシアが涙目になっている。あー、珍しい。
ただ、何をいいたいかはまだ分からないけど。
「だ、だからっ私に今まで通り接してくださいぃぃぃ」
最後の方はもう泣き出していた。ぐずっぐずっ、と嗚咽が漏れる。
どうしようかしら。もう少し噛み砕いて下さらないとわからないわ。……とりあえず校門で泣かせっぱなしは良くないから、私の屋敷へ招待しようかしら。
「アリシア、ここで騒ぐのは迷惑よ。私の屋敷にいらっしゃい」
「ぐす……はいっ……ひっく」
心持ち優しめに誘った。もう敵対する必要もないからね。
私とアリシアは屋敷でお茶会していた。
「アリシア、落ち着きましたか?」
「……はい」
「じゃあ、もう少し噛み砕いてさっきの話をしてくださいな」
アリシアは、一瞬また泣きそうな顔をして、すぐに俯いた。
そして、ぽつぽつと話してくれたんだ。
どうやら、私の嫌がらせは功を奏していなかったらしい。……薄々そんな気はしていた。でも、私の知恵を総動員してやった嫌がらせが上手く行ってないっていうのはやっぱりショックね。
それから、アリシアは友達が少なくて、私の嫌がらせすら喜んでしまう程淋しい娘だったらしい。だから、今まで通り嫌がらせしてほしいんだって。
正直、失恋と婚約破棄された私に、何かを要求するという行為は失礼な気がしないでもない。もうちょっと労ってくれてもいいんじゃないかしら。だから、
「アリシア、悪いけど私はもう嫌がらせをしませんわ」
「そんな……」
アリシアが絶望したかのような表情をする。いや、まて、嫌がらせをしないって言ってそんな表情をされるなんて普通はおかしいよね?良い子ちゃん発言で絶望されたら立つ瀬ないから!
……仕方ないなぁ、もう。
「ねぇ、アリシア。今から、最後の嫌がらせをします」
「……はい」
未だ悲しそうなアリシアに、微笑みながら私は最後の嫌がらせをする。思いつく限り、今一番アリシアに成功すると思われる嫌がらせを。
「ねぇ、アリシア。見た目は皮1枚の仮初め、性格はありきたり、唯一の個性は肩書きって流石優秀な方の考えね。個性を失うような愚かな私には到底想像できないわ。
だって私、見た目は第一印象を良くするための重要なものだと思っていたし、性格は似ていても全く同じ方がいないからこそ、個性だと思っていたし、肩書きはその人だけのものではないから個性とは思っていなかったもの。それに、特別な存在って存在していると思ってて、その人は、共に過ごした時間を持つ者だと思ってたの。同じ時間を過ごした人は世界にその人しかいない特別な人、だとね。
でも、頭の良くて、国の王子に求婚される女性の考え方は私のごときその他大勢とは違うのね」
私は、彼女が私を守るために言った言葉を刺した。彼女の本心ではなかったと知りながら、皮肉った。傷つく、と分かっていながら傷つけた。……だって、私の嫌がらせは貴女を傷つけるためにやってたのだから。
アリシアは、初めて見る表情をみせた。涙が再び頬を伝っている。懸命に痛みをこらえるように、決して私から視線を逸らさぬように耐えていた。
「……今までで、一番堪えた嫌がらせ、ですね」
「……今までで、一番言いたくない嫌がらせだったわ」
「ベアトリス様、泣いてますよ」
そりゃ、そうよ。傷つくと分かってて、傷つけて、泣かせた。しかも、私を守ってくれた人を。
私のメンタルは罪悪感で押し潰されている。もう、意地悪はしないんだ。こんなに、辛いのなら。
「……ベアトリス様」
「……?」
アリシアは、ふいに私の側にやってきた。ゆっくりと、顔を上げてみる。彼女は俯いていた。
「……」
「……?」
「ベアトリス様……いえ、やめておきます」
何かを欲するような、寂しげな瞳をしていた。……もどかしいな。諦めないで、言ってよ。私より、貴女の方が傷ついてるんでしょ?
「……」
……私に出来ることなら、彼女の願いを聞き届けなきゃ。
「アリシア。貴女にしてきた嫌がらせを思えば、私は罰が必要です。だから、……だから、アリシア。私の力の及ぶ限り貴女の望を叶えましょう」
「いけませんベアトリス様!」
アリシアが慌てたように遮ろうとする。でも、ダメだよ。償いくらいはしないとね。
ガードの固そうなアリシアに、最初から最終手段を使った。
「なんでも、今なら私は言うことを聞きますよ?」
上目づかい、支配欲をかきたてるような声で耳元に囁く。
「~~っ!べ、ベアトリス様、後悔しても知りませんからねっ」
耳元に囁くほど近くにいた私は、そのままアリシアに抱き締められた。そして、彼女は肩に顔を埋める。
勿論、身分差を考えれば無礼である。だけど、私は抵抗しなかった。
彼女は、顔を埋めながら要望を次々に口にした。
「私のお勧めの男性と会ってください。今度こそ良い男と婚約して欲しいです。私のことを抱き締めてください。お弁当、また食べてください。たまには、優しくしてください。時々、苛めてもいいですか?お茶会に呼んでください。ドレスを選ばせてください。もっと、構ってください。……友達に、なってください」
段々と、私を抱き締める力が強くなってきた。痛い、痛い。
それは、不安の表れなのかもしれない。私に拒絶されることへの。でもアリシア、私、言ったよね?
「全て、叶えましょう」
私の嫌がらせ生活は、ここに終わりを告げた。
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