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第16話 教会と迷宮が繋がっていた件

 ギルドの空気が、また変わっていた。


 俺たちがエマさんの家から戻ってきた時、受付前には職員たちが慌ただしく行き交い、奥の事務室では押収された書類が次々と机に広げられていた。


 黒蛇金融商会。


 表向きは金貸し。

 実態は、弱った人間に不正契約を結ばせ、返済不能に追い込んで身柄を押さえる悪徳業者。


 それだけでも十分ひどい。


 だが、問題はそれだけではなかった。


 エマさんの契約書類の中に混ざっていた、古代迷宮産の封印石片の取引記録。

 さらに、教会御用達とされる白灯商会の名前。


 偶然で片付けるには、あまりにも嫌な線が見えてしまっている。


 ギルド長ダリウスさんは、俺たちを見るなり短く言った。


「来たか。こっちだ」


 案内されたのは、二階の会議室だった。


 昨日から何度ここに呼ばれているのか分からない。

 俺はまだ冒険者登録して数日しか経っていないはずなのに、ギルドの会議室の椅子に座る頻度だけは妙に高い。


 静かに暮らしたいという俺の願いは、もうギルドの掲示板に貼っても誰にも信じてもらえない気がする。


 会議室には、ダリウスさんのほかに、受付嬢のエマさん、数人のギルド職員、魔法使いのオルフェさんがいた。


 机の上には、押収書類が何枚も並べられている。


 セリカさんはそれを見るなり、眉を寄せた。


「ずいぶん出たわね」


「ああ。黒蛇金融商会の手下が持っていた書類と、エマの家に残っていた控えを照合した。かなり面白くないものが出てきた」


「面白くない、ですか」


 俺が聞くと、ダリウスさんは一枚の書類を指で叩いた。


「まず、黒蛇金融商会はただの金貸しじゃない。借金で縛った相手を、白灯商会に流していた形跡がある」


「流していた?」


 リリアが静かに聞き返した。


 王都ではリアと名乗っているが、この場には事情を知る者が多い。

 それでも彼女はフードを深くかぶったままだ。


 ダリウスさんは声を低くした。


「身柄を押さえた債務者を、労働力として使わせる。あるいは、特殊な魔道具の実験に関わらせる。表向きは奉公契約や治療契約に見せてな」


 リリアの指が、ぎゅっと握られた。


「治療契約……」


 その言葉が、彼女の中の何かを刺激したのだろう。


 教会は彼女に、聖力を安定させる聖具だと言って呪具をつけた。

 痛みも苦しみも、信仰が足りないからだと言った。

 そして力が出なくなった彼女を、偽物として捨てた。


 救いの顔をした鎖。


 その構造が、また見えてしまった。


 俺は書類に視線を落とす。


 すると、表示が浮かぶ。


白灯商会

表向き:教会御用達の薬品・魔道具商会

裏取引:封印石片、低純度魔石、聖力吸収呪具素材

関連:黒蛇金融商会、教会上層部の一部

注意:証拠隠滅の可能性あり


 やはり、繋がっている。


 嫌な形で。


「白灯商会は、教会の正式な商会なんですか?」


 俺が尋ねると、オルフェさんが答えた。


「正式というより、教会関係の調達に深く食い込んでいる商会ですね。治癒院の薬品、儀式用の魔道具、聖具の素材などを扱っています。もちろん、表向きは清廉な商会です」


「表向きは、ですね」


「ええ」


 オルフェさんは苦い顔をした。


「ですが、封印石片は通常流通しません。古代迷宮の封印術式に関わる素材です。王国とギルドの管理下にあるはずのものが、なぜ民間商会の帳簿に出てくるのか」


 セリカさんが腕を組む。


「誰かが横流しした」


「そう見るべきでしょう」


 ダリウスさんは別の書類を出した。


「さらに厄介なのは、封印石片の用途だ」


 俺の視界に、また表示が走る。


封印石片

本来用途:魔力封鎖、封印維持、異界反応抑制

改造用途:聖力吸収、魔力誘導、対象拘束

関連呪具:リリア・セレスティア装着品と構造類似


 俺は少し息を飲んだ。


 それを見て、リリアがこちらへ視線を向ける。


「レン」


「……リリアの首飾りと、構造が似ているみたいです」


 部屋が静まり返った。


 エマさんは詳しい事情を知らない。

 だが、何か重い話なのは察したらしく、口元を押さえた。


 リリアはしばらく黙っていた。


 そして、驚くほど落ち着いた声で言った。


「私の聖力を奪っていたものは、迷宮の封印石を使って作られていたかもしれない、ということですね」


「可能性は高いです」


 俺は頷く。


 本当は、もっとやわらかく言いたかった。

 でも、曖昧にしても彼女には伝わる。


 リリアは下を向かなかった。


 逃げるように目を伏せることもなかった。


 ただ、静かに机の上の書類を見ていた。


「教会は、私の力を奪うために、古代迷宮の封印石を使った」


「全体が関わっているかはまだ分からない」


 ダリウスさんが言う。


「教会は大きい。末端の聖職者すべてが腐っているとは言わん。だが、少なくとも上層部の一部、白灯商会、黒蛇金融商会は繋がっていると見ていい」


「一部でも、十分です」


 リリアの声は小さかった。


 でも、震えてはいなかった。


「私が痛みに耐えていた時、それを必要な試練だと言った人たちがいました。私の力が弱くなった時、信仰が足りないのだと言った人たちがいました。私は、ずっと自分が悪いのだと思っていました」


 誰も口を挟まなかった。


 リリアは続ける。


「でも、そうではなかった。私の力は、奪われていた。私の苦しみは、誰かの道具になっていた」


 彼女はそこで一度、深く息を吸った。


「怒っているのだと思います」


 その言葉に、俺は胸が締めつけられた。


 以前の彼女なら、きっとそうは言えなかった。


 聖女は怒ってはいけない。

 許さなければならない。

 泣いてはいけない。

 怖がってはいけない。


 そう教えられてきた彼女が、自分の怒りを認めた。


 それだけで、大きな一歩のように思えた。


 セリカさんが静かに言った。


「怒っていいわよ」


 リリアが彼女を見る。


「私だって怒ってる。剣で斬れる相手なら、とっくに踏み込んでるくらいには」


「セリカさんらしいですね」


「悪い?」


「いいえ。少し、頼もしいです」


 リリアがわずかに微笑む。


 セリカさんは照れたように顔を逸らした。


「そ、そういうことを正面から言わないで」


 この二人の距離も、少しずつ変わっている。


 最初は互いに牽制していた。

 今もレンをめぐって妙な空気になることはある。


 だが、それだけではない。


 互いの傷を知り、互いの強さを認め始めている。


 俺は、それを見て少し安心した。


 その瞬間、セリカさんがこちらを見た。


「何、少し嬉しそうな顔してるのよ」


「いえ、二人が仲良くなってきたなと」


 言った途端、リリアとセリカさんが同時に反応した。


「仲良く、ですか?」


「別に、そういうわけじゃ」


 二人の声が重なった。


 エマさんが少し笑う。


 ダリウスさんまで、口元をわずかに緩めた。


 俺は思った。


 やはり仲良くなっている。


 本人たちは認めないだろうけど。


     ◇


 話は、さらに古代迷宮へ移った。


 ダリウスさんは迷宮の地図を広げる。


「封印石片が横流しされていたなら、迷宮内部に採取跡が残っている可能性がある。前回は封印扉周辺の確認で撤退したが、次は密売痕跡の確認が必要だ」


「また入るんですね」


 俺は言った。


 分かってはいた。


 表示にも再調査と出ていた。


 だが、口に出すと少し胃が重くなる。


 古代迷宮の奥には、魔王令嬢ミュレア・ノクターンがいる。

 彼女は俺を運命の男と呼び、前世にまで触れてきた。


 できれば、しばらく距離を置きたい。


 心臓に悪いので。


 しかし、セリカさんは当然のように言った。


「入るしかないわね」


「即答ですね」


「封印石片の密売が事実なら、放置できない。迷宮の封印が弱まれば、王都に魔物が出る」


「それはそうですが」


 リリアも静かに頷く。


「私も行きます」


「リリア」


「関係していることです。私自身が知らないままではいたくありません」


 彼女の声には、はっきりした意志があった。


「それに、同じ素材で作られた呪具が他にもあるなら、誰かが今も苦しんでいるかもしれません」


 それを言われると、俺も何も言えない。


 見えてしまった破滅を放っておけないのは、俺だけではないらしい。


 ダリウスさんは俺を見る。


「レン。お前はどうする」


「……行きます」


 答えは決まっていた。


「怖いですけど」


 つい付け加えると、ダリウスさんは短く笑った。


「怖いと言える奴は、無茶をする前に止まりやすい」


「俺は止まれますかね」


「お前の場合は周りが止めるだろう」


 そう言って、ダリウスさんはリリアとセリカさんを見た。


 二人は同時に頷いた。


「止めます」


「止めるわ」


「頼もしいですが、少し複雑です」


 俺がそう言うと、セリカさんは鼻を鳴らす。


「日頃の行いね」


「まだ出会って数日です」


「十分よ」


 何度言われても刺さる。


 だが、否定しづらい。


 オルフェさんが資料をまとめながら言った。


「再突入には術式解析用の道具が必要です。準備に半日はかかります」


「では、出発は明日の朝だ」


 ダリウスさんが決める。


「今日は休め。特にレン、お前は顔色が悪い」


「俺ですか?」


「迷宮、書類、金融業者、また迷宮。休む暇がなかっただろう」


「……そうですね」


 言われてみれば、昨日からずっと動きっぱなしだ。


 リリアの件。

 セリカさんの覚醒。

 エマさんの借金。

 迷宮の魔王令嬢。


 毎日何かが起こりすぎていて、普通の生活のリズムが完全に消えている。


 俺は椅子にもたれた。


「静かに暮らしたいだけなんですが」


 小さく呟く。


 リリアが優しく言う。


「少なくとも今日は休みましょう」


 セリカさんも頷く。


「朝の訓練は軽めにしてあげるわ」


「訓練はあるんですね」


「当然」


「休みとは」


「軽めよ」


 騎士の軽めは信用できない。


 それでも、セリカさんなりに気を遣ってくれているのは分かった。


 たぶん。


     ◇


 会議が終わった後、俺たちはギルドの食堂へ降りた。


 夕方の食堂はにぎわっていた。

 冒険者たちが酒を飲み、肉を食べ、今日の依頼の成果を語り合っている。


 そのざわめきの中に入ると、ほんの少しだけ普通の冒険者になった気がした。


 いや、俺たちを見る視線は普通ではない。


 測定石を割った新人。

 元聖女の治癒師。

 竜殺しの剣姫候補。

 魔王令嬢に運命の男と呼ばれた男。


 もう肩書きが渋滞している。


 席に着くと、エマさんが食事を運んできてくれた。


「今日はギルド長からです。皆さん、働きすぎだから食べて休めと」


 机に置かれたのは、肉の煮込みとパン、野菜のスープだった。


 香りがいい。


 ボルド料理長の料理とは違うが、疲れた身体にしみる匂いだった。


「ありがたいです」


 俺が言うと、エマさんは少し笑った。


「レンさんは、もっと食べた方がいいと思います」


「そんなに疲れて見えますか」


「はい」


 即答だった。


 リリアも頷く。


「食べてください」


 セリカさんも言う。


「明日も迷宮よ」


「食べます」


 三方向から言われると逆らえない。


 俺はスープを口に運んだ。


 温かい。


 塩気は少し強いが、疲れた身体にはちょうどいい。

 味覚感知のおかげで、香草の苦みや肉の旨味までやけに細かく分かる。


「おいしいです」


 俺が言うと、エマさんは嬉しそうにした。


「厨房に伝えておきます」


「お願いします」


 エマさんが去ろうとした時、俺はふと気になって声をかけた。


「エマさん」


「はい」


「もう大丈夫ですか?」


 彼女は一瞬きょとんとし、それから少し考えて答えた。


「まだ、怖いです」


 正直な答えだった。


「でも、昨日までとは違います。何が不正だったのか分かって、ギルドも動いてくれて、皆さんもいて……怖いけれど、もう一人で震えているだけではないので」


「それなら、よかったです」


「はい」


 エマさんは小さく頭を下げた。


「本当に、ありがとうございます」


「俺だけじゃありません。リリアも、セリカさんも、ギルド長も」


「はい。分かっています」


 そう言ってから、彼女は少しだけ頬を赤くした。


「でも、最初に気づいてくれたのはレンさんです」


 表示が出る。


エマ・リント

好感度:64 → 67

状態:安堵、感謝

備考:レンに個人的な信頼を抱き始めています


 上がった。


 まずい。


 いや、まずくはないのだが、横にいる二人の反応が気になる。


 リリアは静かにスープを飲んでいる。

 セリカさんはパンをちぎっている。


 表情は普通だ。


 だが、表示は正直だった。


リリア

状態:静かな観察

備考:エマの感謝が強くなっていることを察しています


セリカ

状態:微妙な対抗心

備考:レンがまた誰かの好感度を上げている気がしています


 やめてほしい。


 何もしていない。


 いや、助けた。

 助けたけど、そういう意味ではない。


 俺は慌てて肉の煮込みを口に入れた。


 会話を続けると墓穴を掘りそうだったからだ。


 セリカさんがじっと見てくる。


「レン」


「はい」


「今、何か見たでしょう」


「肉がおいしいです」


「逃げたわね」


「はい」


 認めると、リリアが小さく笑った。


「レンは分かりやすいですね」


「最近そればかり言われています」


「事実だから」


 セリカさんが言う。


 エマさんまで少し笑っていた。


 笑われているのに、不思議と嫌ではなかった。


 前世でからかわれた時の笑いとは違う。


 馬鹿にされているのではない。

 この場にいていいと、少しだけ許されているような笑いだった。


     ◇


 食事の後、俺たちは明日の準備を確認した。


 迷宮再突入。


 目的は封印石密売の痕跡確認。

 ミュレアの解放ではない。

 あくまで調査。


 ……のはずだ。


 だが、ミュレアが黙っているとは思えない。


 前回であれだけ好き勝手に話しかけてきたのだ。

 次に入ったら、また何か言ってくるに決まっている。


 俺は自分のステータス表示を確認した。


現在の主要能力:

好感度表示

状態看破

破滅フラグ予見

才能開花補助

能力還元

好感度リンク

パーティー連携補正

危険察知共有・微


 増えすぎている。


 最初は好感度を見るだけだと思っていた。

 それが今では、破滅フラグ、才能覚醒、呪具解除、封印干渉までできるかもしれない。


 本当に外れスキルだったのか。


 いや、外れどころか、扱いを間違えるとかなり危ない力ではないのか。


 俺が考え込んでいると、リリアが隣に座った。


「また難しい顔」


「自分のスキルが、少し怖くなってきました」


「怖い?」


「好感度を見るだけじゃなくて、誰かの才能を開いたり、破滅フラグを変えたり、封印に干渉できるかもしれなくて」


「……」


「便利です。でも、俺が見誤ったら、誰かの人生を変な方向に動かしてしまうかもしれません」


 リリアは少しだけ考えた。


 そして、静かに言った。


「それは、レンが怖いと思えているなら大丈夫だと思います」


「そうですか?」


「力を使うことを怖がらない人の方が、私は怖いです」


 その言葉は、彼女だからこそ重かった。


 リリアは力を利用された。

 聖女の力を、誰かの都合で奪われた。


 だからこそ、力に対する恐れを持てる人間を信用するのかもしれない。


「レンは、誰かを助けたいと思って力を使っています。でも、全部自分で背負おうとすると危ないです」


「はい」


「だから、私たちに言ってください」


 リリアはまっすぐ俺を見る。


「怖い時も、迷った時も」


 胸が少し熱くなった。


 俺は頷く。


「分かりました」


 そこへ、セリカさんが戻ってきた。


「話はまとまった?」


「何の話ですか」


「レンがまた一人で悩みそうだったから、リアに任せたの」


「いつの間にそんな連携を」


「あなたが分かりやすいから」


 またそれだ。


 でも、少しだけありがたかった。


 セリカさんは俺の前に革紐を置いた。


「これ、明日使う予備の留め具。迷宮で装備が緩んだら困るから」


「あ、ありがとうございます」


「昨日みたいな事故はごめんだから」


 セリカさんが言った瞬間、自分で思い出したのか顔を赤くした。


 訓練場で転んだ拍子に、彼女の装備が少しずれた件だ。


 俺も思い出してしまい、視線をそらす。


「忘れます」


「もう思い出してる顔よ」


「すみません」


 リリアが静かに言う。


「明日は、装備の確認を私も手伝います」


「リアが?」


「はい。教会では儀式装束や聖具の装着確認もしていたので」


 セリカさんは少し迷い、それから頷いた。


「助かるわ」


「レンの分も見ます」


「俺もですか?」


「はい。レンは自分の装備確認を適当にしそうなので」


「信用が」


「日頃の行いね」


 セリカさんが言う。


 俺は反論できなかった。


 明日の準備をしていると、ギルドの外が少し騒がしくなった。


 職員の一人が食堂へ駆け込んでくる。


「ギルド長! 王都北門近くで小型魔物の目撃情報です!」


 またか。


 食堂の空気が引き締まる。


 ダリウスさんがすぐに立ち上がった。


「種類は?」


「ナイトグリムに似た個体です。ただし数は一、すでに上位冒険者が対応に向かっています」


 俺のスキルが反応する。


魔物出現:王都北門付近

原因:古代迷宮封印扉の魔力漏れ

状態:拡大傾向

推奨:封印石偽装箇所の特定


 迷宮の魔力漏れが広がっている。


 やはり明日まで待っていていいのか。


 いや、準備なしで夜の迷宮に入る方が危険だ。


 俺が迷っていると、ダリウスさんがこちらを見た。


「レン、何か見えたか」


「迷宮の魔力漏れが原因みたいです。封印石の偽装箇所を特定しないと、魔物出現が続く可能性があります」


「やはりな」


 ダリウスさんは職員に指示を飛ばす。


「今夜は王都門周辺の警戒を増やせ。夜間の迷宮突入はしない。明朝、予定通り調査隊を出す」


 職員たちが走っていく。


 俺は拳を握った。


 明日。


 また古代迷宮へ行く。


 ミュレアと再び接触することになるかもしれない。


 教会と商会の不正の証拠を探すことになる。


 そして、リリアの過去とも向き合うことになる。


 隣で、リリアが静かに言った。


「逃げたくないです」


「……」


「怖いです。でも、逃げたくありません」


 セリカさんも頷く。


「斬るべきものが見えてきたなら、進むしかないわ」


 二人はもう、前を見ていた。


 俺だけが後ろ向きでいるわけにはいかない。


 怖い。


 正直、かなり怖い。


 でも、怖いと言いながらでも進めばいい。


 俺はそう思うことにした。


「明日、行きましょう」


 俺が言うと、リリアとセリカさんが同時に頷いた。


 その瞬間、視界に表示が浮かぶ。


パーティー状態:安定

信頼連携:上昇

明日の古代迷宮再調査における生存率:上昇


 生存率が上がった。


 それだけで、少し心強い。


 だが、表示はさらに続いた。


注意:ミュレア・ノクターンが接触を望んでいます

注意:教会密偵の介入可能性あり

注意:リリア・セレスティアの正体露見リスク上昇


 問題は山積み。


 いつものことだ。


 俺は小さく息を吐いた。


「普通の日って、いつ来るんでしょうね」


 リリアが少し笑う。


「いつか来ます」


 セリカさんも笑った。


「たぶんね」


「たぶんですか」


「まずは明日を越えてから考えましょう」


 その通りだった。


 俺たちは、明日の迷宮再突入に向けて準備を整えることにした。


 そしてその夜。


 宿へ戻る途中、俺の耳にまたかすかな声が届いた。


『明日か。ふふ、楽しみにしておるぞ』


 ミュレアの声。


 俺は空を見上げた。


 夜の王都の上に、星が出ている。


 俺は心の中で呟いた。


 頼むから、明日は少しだけ手加減してくれ。


 もちろん、封印された魔王令嬢がそんな願いを聞いてくれる保証は、どこにもなかった。

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