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『前世で陰キャ非モテだった俺、異世界転生したら【好感度限界突破】で美少女たちが勝手に惚れてくるんだが!?〜外れスキル扱いされた俺、実は触れただけで才能覚醒させる最強チートでした〜』  作者: 常陸之介寛浩✪書籍・本能寺から始める信長との天下統一


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第14話 迷宮から戻った俺、なぜか魔王令嬢に名指しされて噂になる

 古代迷宮から地上へ戻った時、最初に感じたのは空の広さだった。


 地下にいた時間は、そこまで長くない。

 けれど、青白い鉱石の光と、湿った石の匂いと、あの奥から響いてくる声のせいで、体感では半日以上潜っていた気がする。


 地上の風が頬に当たる。


 それだけで、肩の力が少し抜けた。


「……生きて戻ってこられた」


 思わず呟くと、隣にいたセリカさんが呆れたように言った。


「まだ迷宮の入口付近しか調べてないでしょう」


「俺の精神的にはかなり深部まで行った感じです」


「それは分からなくもないわね」


 セリカさんはそう言って、腰の剣に手を添えた。


 彼女も警戒を解いてはいない。

 さっきまで、封印された魔王令嬢と会話していたのだ。

 いや、正確には会話というより、一方的にからかわれていたと言うべきかもしれない。


 ミュレア・ノクターン。


 古代迷宮の奥に封印されていた魔王令嬢。

 黒髪、金色の瞳、鎖に繋がれた美少女。


 そして、俺を「運命の男」と呼んだ相手。


 意味が分からない。


 本当に意味が分からない。


 俺は前世で誰にもモテなかった陰キャである。

 転生後も、家では外れスキル扱いで追放された。

 そんな男が、どうして魔王令嬢から運命扱いされるのか。


 人生のジャンルが急に変わりすぎている。


 横を見ると、リリアがフードを押さえながら歩いていた。


 王都では「リア」と名乗っている。

 だが、今は調査隊の面々しか近くにいないので、俺の中ではついリリアと呼びそうになる。


 彼女は黙っていた。


 普段の静けさとは違う。

 何かを考え込んでいる沈黙だった。


「リア」


 人前なので、俺はそう呼んだ。


「大丈夫ですか?」


 リリアは少し遅れてこちらを見る。


「……大丈夫」


「本当に?」


「それ、私がよく聞く方じゃなかった?」


「最近はお互い様です」


 そう言うと、リリアは少しだけ笑った。


 けれど、その笑顔はすぐに薄くなる。


「さっきの魔王令嬢の言葉が、少し気になって」


「運命の男、ですか」


 俺が言うと、リリアの眉がわずかに動いた。


「自分で言うと、少し変ですね」


「レンが言うと、もっと変」


「俺もそう思います」


 セリカさんが前方を警戒しながら横目でこちらを見た。


「そもそも魔族の言葉を真に受ける必要はないわ。ああいう相手は、人の心を揺らす言葉を選ぶものよ」


「経験者みたいに言いますね」


「騎士家では、魔族や魔物の記録も学ばされるの。特に高位魔族は、力だけじゃなく言葉も武器にするって」


「なるほど」


「だから、運命の男なんて言われても気にしないこと」


「はい」


「気にしてないわよね?」


「気にしてません」


「本当に?」


「……少しは」


「正直すぎる」


 セリカさんがため息をついた。


 リリアも小さく息を吐く。


「気にするのは当然だと思います。あんなふうに名指しされたら」


「そうですかね」


「はい」


 リリアは一度、迷宮の入口を振り返った。


「でも、少し……嫌でした」


「え?」


「レンが、あの人に最初から知られているみたいで」


 思わぬ言葉だった。


 俺は返事に詰まる。


 リリア自身も、自分で言ってから少し驚いたような顔をした。


「ごめんなさい。変なことを言いました」


「変ではないです」


「変よ。魔王令嬢に対抗しているみたい」


 彼女は困ったように笑う。


 セリカさんが小さく咳払いをした。


「まあ、警戒するのは悪いことじゃないわ。あの魔王令嬢、明らかにレンを狙ってる感じだったし」


「狙ってるって言い方、怖いんですが」


「実際、怖いでしょう」


「否定できません」


 すると、リリアが静かに言った。


「レンは、優しくしすぎないでくださいね」


「昨日も言われました」


「何度でも言います」


「魔王令嬢にですか?」


「魔王令嬢に限らず」


 少しだけ声が強かった。


 俺は思わず背筋を伸ばす。


「はい」


 セリカさんがそれを見て、なぜか面白そうに口元を緩めた。


「レン、リアに言われると素直ね」


「セリカさんにも素直なつもりです」


「私の訓練から逃げようとした人の台詞じゃないわね」


「それは別件です」


「同じよ」


 迷宮帰りだというのに、いつもの調子が戻ってきた。


 それが少しありがたかった。


 あの地下の空気を、ずっと引きずらずに済む。


 もっとも、安心できたのはそこまでだった。


     ◇


 王都冒険者ギルドに戻った時、俺はすぐに異変に気づいた。


 空気がおかしい。


 いや、古代迷宮の異常調査隊が帰ってきたのだから、注目されるのは当然だ。

 しかし、視線の種類が違う。


 心配や緊張ではない。

 好奇心。

 面白がる気配。

 酒場で新しい噂話を見つけた人間の目。


 ギルドに入った瞬間、食堂側の冒険者たちが一斉にこちらを見た。


 その中の一人、髭面の大柄な男が手を上げる。


「おう、帰ってきたぞ。魔王令嬢の運命の男!」


 やめろ。


 俺はその場で固まりかけた。


 ギルド内がどっと沸く。


「測定石を割った新人だろ?」


「昨日は災害級魔物、今日は魔王令嬢かよ」


「次は王女様でも落とすんじゃねえか?」


「白髪の治癒師と赤髪騎士を連れてる時点で十分だろ」


 やめてくれ。


 本当にやめてくれ。


 俺は目立ちたくない。


 何度も何度も心の中で唱えているのに、現実がまったく聞いてくれない。


 セリカさんが低い声で言った。


「誰が話したのよ」


 調査隊の斥候ニルさんが、少し申し訳なさそうに肩をすくめる。


「いや、俺じゃないぞ。帰りに先行した職員が、緊急報告で少し喋ったんじゃないか?」


「少しで、あの広まり方?」


「ギルドの噂は火より速いからな」


 火より速い。


 迷惑すぎる。


 俺はリリアの様子を見る。


 彼女はフードの奥で、静かに周囲を見ていた。


 表情は穏やかだ。

 ただし、妙に静かすぎる。


リリア・セレスティア

状態:静かな警戒

備考:魔王令嬢の話題でレンがからかわれることを面白く思っていません


 怖い。


 静かな警戒が一番怖い。


 セリカさんの方を見る。


セリカ・ヴァンブレイド

状態:苛立ち、対抗心

備考:軽口だと分かっているが、レンを雑にからかわれるのが気に入らない


 こっちも怖い。


 いや、守ってくれているのは分かる。

 分かるが、空気が危うい。


 さっきの髭面の男が、悪気のなさそうな笑顔でさらに言った。


「で、新人くんよ。魔王令嬢ってのは美人だったのか?」


「知りません」


「見たんだろ?」


「一瞬だけです」


「美人だったか?」


「……それは」


 答えに詰まった。


 ミュレアは、確かに美しかった。

 黒髪、金色の瞳、封印されてなお失われない魔族の王女としての気配。


 だが、ここで正直に「美人でした」と言えば、横の二人から何かが刺さる気がする。


「危険そうでした」


 俺は慎重に言った。


 髭面の男が笑う。


「美人かどうか聞いてんだよ」


「危険そうでした」


「お前、逃げたな?」


「逃げました」


 ギルド内に笑いが起きる。


 すると、セリカさんが一歩前に出た。


「古代迷宮の封印対象を酒の肴にするのはやめなさい。危険度は冗談で済む相手じゃないわ」


 空気が少し引き締まった。


 髭面の男は両手を上げる。


「悪かったよ、セリカ。怒るなって」


「怒ってないわ」


 怒っている声だった。


 リリアも静かに言った。


「それに、レンはからかわれるために迷宮へ行ったわけではありません」


 声音は穏やか。


 だが、やはり静かに強い。


 周囲の冒険者たちが少しだけ黙る。


 俺は慌てて間に入った。


「だ、大丈夫です。俺は別に、からかわれ慣れているので」


 言った瞬間、リリアとセリカさんの視線が同時にこちらへ向いた。


「レン」


「それは大丈夫じゃないわ」


「すみません」


 なぜか俺が謝ることになった。


 髭面の男が、今度は少し真面目な顔になる。


「……悪かったな、新人くん。調子に乗った」


「いえ、本当に大丈夫です」


「だから、それが大丈夫じゃないと言われてるのよ」


 セリカさんが即座に突っ込む。


 ギルド内の空気が、少し和らいだ。


 からかわれていたはずなのに、いつの間にか俺が二人に注意される形になっている。


 何だこの状況。


 だが、冒険者たちの視線は少し変わったように見えた。


 単なる面白い新人ではなく、仲間に守られている新人。

 あるいは、仲間から容赦なく世話を焼かれている新人。


 後者の方が近い気がする。


 受付の奥から、エマさんが小走りでやってきた。


「皆さん、お戻りになったのですね」


「はい。ひとまず撤退しました」


「ギルド長から、すぐに報告室へとのことです」


「分かりました」


 エマさんは俺の顔を見ると、少しだけ心配そうにした。


「レンさん、大丈夫ですか?」


「何がですか?」


「その……噂が」


「もう諦めかけています」


「諦めるには早いと思いますが」


「エマさんまで優しい追い打ちを」


 エマさんは少し笑った。


 その笑顔は、昨日よりほんの少しだけ自然だった。


 ただ、まだ疲れは残っている。


エマ・リント

状態:不安、緊張

破滅フラグ:悪徳金融業者による連行まで残り二日

備考:迷宮報告後に借用証書の件を相談予定


 そうだ。


 迷宮だけではない。


 エマさんの借金問題もある。


 魔王令嬢に名指しされている場合ではない。


 いや、名指しされたくてされたわけではないが。


     ◇


 報告室では、ギルド長ダリウスさんがすでに待っていた。


 机には古代迷宮の地図と、調査隊が記録した書類が並んでいる。


 俺たちが入ると、ダリウスさんは短く頷いた。


「座れ」


 指示に従って席に着く。


 調査隊の主要メンバーも同席していた。


 ダリウスさんは最初に、全員の無事を確認した。

 怪我人はなし。

 魔物との交戦は上層のストーンインプのみ。

 封印扉の破損を確認。

 内部からの精神干渉を確認。


 そして、ミュレア・ノクターンという名前。


「魔王令嬢、か」


 ダリウスさんは書類に目を落としたまま呟いた。


「古代戦争期の魔族王家については、王国の記録にも断片しか残っていない。ノクターンの名は聞いたことがあるが、詳細は不明だ」


 魔法使いのオルフェさんが言う。


「王国魔術院へ照会すれば、何か出るかもしれません。ただ、教会側にも古い記録があるはずです」


 教会。


 その単語が出た瞬間、リリアの指がわずかに動いた。


 俺は気づいたが、彼女は何も言わなかった。


 ダリウスさんもその反応を見逃さなかったようだが、あえて触れない。


「問題は、封印扉の魔力漏れだ。あの状態では、また魔物が引かれる可能性がある。応急封鎖は必要だが、下手に触れば封印対象に干渉される」


「つまり、すぐ再突入はしないんですか?」


 俺が聞くと、ダリウスさんは頷いた。


「しない。準備不足だ。魔術院、王国側、ギルドの上級術師を揃えてからだ」


 少し安心した。


 すぐにまたミュレアと対面する流れになったら、俺の心臓が持たない。


 だが、安心しきる前にダリウスさんが続ける。


「ただし、完全に放置はできん。レン、お前には迷宮関連の異常反応が出たら報告してもらう」


「はい」


「セリカとリアは、レンの護衛兼監視を継続」


「了解しました」


「分かりました」


 二人の返事が早い。


 監視という言葉に誰も突っ込まないのが悲しい。


「俺、監視対象なんですね」


 小さく言うと、ダリウスさんは真顔で答えた。


「お前は放っておくと、危険に自分から近づきそうだからな」


「否定しないの?」


 セリカさんが横から言う。


「……できません」


「よろしい」


 何がよろしいのか。


 ダリウスさんは報告書を閉じた。


「次に、ギルド内の噂についてだ」


 俺は嫌な予感がした。


「すでに、レンが魔王令嬢から“運命の男”と呼ばれた件は広まっている」


「その表現、正式報告に入れないでください」


「入れるわけがないだろう」


「よかったです」


「だが噂は止まらん。無理に否定すれば余計に広がる」


「どうすれば?」


「放っておけ」


 非常に雑な結論だった。


 俺は力なく頷く。


「はい」


「ただし、外部に漏れると少々面倒だ。教会や貴族家が関心を持つ可能性がある」


 セリカさんが眉をひそめる。


「教会が?」


「古代迷宮と魔王令嬢、そして聖属性の治癒師。奴らが好みそうな単語が揃いすぎている」


 リリアが静かに息を呑んだ。


 ダリウスさんは彼女を見る。


「リア。お前のことは、ギルド所属の治癒師として扱う。だが教会が勘づく可能性はある。今後は単独行動を避けろ」


「はい」


「セリカ、お前もだ。ヴァンブレイド家に話が行けば、面倒が増える」


 セリカさんの表情が硬くなる。


「家に、ですか」


「災害級魔物討伐、古代迷宮調査、竜殺しに近い剣技の兆候。お前を落ちこぼれ扱いしていた連中が、手のひらを返してくるかもしれん」


 セリカさんは唇を結んだ。


 その顔には、嫌悪と迷いが混じっていた。


セリカ

状態:緊張、嫌悪

備考:実家に利用されることを警戒しています


 ダリウスさんは一拍置いて言う。


「だから、三人で組んで動け。単独で狙われるよりはずっとましだ」


 三人で。


 その言葉に、リリアとセリカさんがほぼ同時に頷いた。


 俺も頷くしかなかった。


「分かりました」


「よし。迷宮の件は一旦ここまでだ。今日の午後は休め」


 休め。


 ありがたい言葉だ。


 だが、俺にはまだ予定がある。


 エマさんの借金問題。


 俺が口を開こうとすると、ダリウスさんが先に言った。


「それと、エマの件だ」


 隣でエマさんが背筋を伸ばす。


「はい」


「証拠の確認は今日中に行う。レン、お前の感知が役立つなら同行しろ」


「もちろんです」


 ダリウスさんはセリカさんとリリアも見る。


「二人も一緒に行け。相手が荒事に出る可能性がある」


「はい」


「任せてください」


 セリカさんが即答した。


 リリアも静かに頷く。


 エマさんが申し訳なさそうに言った。


「皆さん、迷宮から戻ったばかりなのに」


「気にしないでください」


 俺が言うと、リリアも続ける。


「一人で抱えない方がいいことです」


 セリカさんは腕を組む。


「不正な借金なら、早く片付けた方がいいわ。時間を置くほど相手が動く」


 エマさんは少しだけ目を伏せた。


「……ありがとうございます」


 その声は震えていたが、昨日よりは前を向いていた。


 誰かに相談できる。


 それだけで、少し変わるのかもしれない。


 前世の俺も、それができていたら何か違ったのだろうか。


 そんなことを少しだけ思った。


     ◇


 報告室を出ると、ギルドの食堂ではまだ噂が続いていた。


 俺はなるべく壁際を歩こうとしたが、当然のように見つかった。


「お、運命の男!」


「やめてください」


 即答する。


 若い冒険者がにやにやしながら言った。


「魔王令嬢って、やっぱり美少女なのか?」


「危険存在です」


「それは分かったから、美少女かどうか」


「危険存在です」


「逃げ方が昨日と同じだぞ」


 周囲が笑う。


 セリカさんが一歩前に出ようとしたので、俺は慌てて止めた。


「大丈夫です。悪気はなさそうなので」


「悪気がなければ何を言ってもいいわけじゃないわ」


「それはそうですが」


 リリアも静かに言う。


「レンが嫌なら、嫌と言っていいと思います」


 俺は少し考えた。


 前世から、からかわれても笑って流す癖がある。


 それが一番楽だったから。

 場の空気を壊さずに済むから。

 自分が我慢すれば終わるから。


 でも、今は二人がそれを良しとしていない。


 俺は若い冒険者の方を向いた。


「あの」


「ん?」


「その呼び方は、ちょっと困ります」


 言った。


 声は少し弱かったかもしれない。


 でも、言った。


 若い冒険者は一瞬きょとんとして、それから頭を掻いた。


「あー……悪い。面白半分だった」


「いえ」


「じゃあ何て呼べばいい?」


「普通にレンでお願いします」


「分かった。レン」


 簡単だった。


 拍子抜けするくらい、簡単に終わった。


 リリアが少しだけ微笑む。


 セリカさんも満足げに頷いた。


「言えたじゃない」


「思ったより普通に通りました」


「大体そんなものよ。言わないと伝わらないけど」


「勉強になります」


 前世の俺に聞かせてやりたい言葉だった。


 言えば、意外と伝わることもある。

 もちろん、全部がそうとは限らない。


 でも、少なくとも今は、言ってよかった。


 その時、食堂の奥から別の冒険者が言った。


「レン、今度魔王令嬢に会ったら紹介してくれよ!」


「それは無理です!」


 結局、別の方向からいじられた。


 セリカさんが額を押さえる。


 リリアが小さく笑う。


 俺も、少しだけ笑ってしまった。


     ◇


 午後。


 俺たちはエマさんの家へ向かうことになった。


 場所は王都の南西区画。

 大通りから外れた、庶民の住宅が並ぶ一角だ。


 ギルド長からは、証拠確認と護衛を兼ねて職員一人が同行する予定だったが、エマさんが「大人数では近所に目立つ」と言ったため、ひとまず俺、リリア、セリカさんの三人が付き添う形になった。


 もちろん、何かあればすぐギルドに連絡できるよう、合図用の魔道具は渡されている。


 エマさんは道中、何度も謝った。


「本当にすみません。皆さん、迷宮のことでお疲れなのに」


「大丈夫です」


 俺が答える。


「むしろ、早く確認した方が安心ですし」


「でも、私的な問題で」


 リリアが優しく遮った。


「私的な問題でも、苦しいものは苦しいです」


「……」


「誰かに助けを求めていいと思います」


 エマさんは少し目を伏せた。


「リアさんは、強いですね」


 リリアは静かに首を振る。


「私は、強くありません。つい最近まで、助けてと言えませんでした」


 エマさんが驚いたようにリリアを見る。


 フードの奥の表情は穏やかだった。


「だから、言えない苦しさは少し分かる気がします」


 エマさんはしばらく黙り、やがて小さく頷いた。


「……ありがとうございます」


 セリカさんは周囲を警戒しながら歩いている。


「エマ。相手の業者は、普段どんなふうに来るの?」


「最初は手紙だけでした。でも最近は、男の人が直接家に来るようになって」


「人数は?」


「二人か三人。多い時は四人」


「武器は?」


「表向きは持っていません。でも、脅すような態度で」


「なるほど」


 セリカさんの目が細くなる。


「今日来る可能性は?」


「返済期限は明後日ですが、最近は期限前にも催促に来ます」


 俺のスキル表示が反応した。


破滅フラグ進行中

悪徳金融業者接触可能性:高

推奨:証拠確保、ギルド連絡準備


 やはり、今日来るかもしれない。


「セリカさん」


「何か見えた?」


「相手が来る可能性、高いみたいです」


「分かった。エマ、家に入ったらまず契約控えを探して。レンは書類確認。リアはエマのそばに。私は入口を見る」


「はい」


「分かりました」


「分かったわ」


 自然に役割が決まっていく。


 パーティーを組んだばかりなのに、不思議と動きやすい。


 これも補正の影響なのだろうか。


 いや、それだけではない。


 昨日から今日にかけて、俺たちはいろんな厄介事を一緒に越えてきた。


 その積み重ねが、少しずつ形になっているのかもしれない。


 エマさんの家は、小さな二階建てだった。


 古いが、きちんと手入れされている。

 玄関脇には小さな鉢植えがあり、薄い青い花が咲いていた。


「母が好きだった花なんです」


 エマさんが小さく言う。


「今も、枯らせなくて」


「綺麗ですね」


 俺が言うと、エマさんは少しだけ笑った。


 家の中は質素だった。


 小さな机。

 古い棚。

 丁寧に畳まれた布。

 壁には家族らしき絵姿が飾られている。


 エマさんは棚の奥から、古い箱を取り出した。


「契約控えは、この中に」


 箱の中には、数枚の書類と、母親の治療記録らしき紙束が入っていた。


 エマさんの手が少し震えている。


 俺はなるべく慎重に書類を受け取った。


 視界に表示が浮かぶ。


初回借用証書

状態:原本控え

借入額:銀貨三十枚

利息:月二分

返済期限:三年

保証人:なし


 そして、昨日見た改ざん後の借用証書の内容を思い出す。


改ざん後借用証書

借入額:銀貨三十枚

利息:月八分

返済期限:一年

保証人:父親名義

担保:債務者本人の身柄拘束権


 完全に別物だった。


「……ひどいですね」


 思わず声が出た。


 エマさんの顔が青ざめる。


「やっぱり」


「利息も期限も、保証人も、担保も違います。これは不正です」


 リリアが静かに息を呑む。


「身柄拘束権、というのは」


 俺は言葉を選んだ。


「返せなければ、エマさん本人を連れていくための口実だと思います」


 リリアの表情が強張った。


 セリカさんは低く言う。


「人を物扱いする連中ばかりね」


 その言葉は、リリアにも、エマさんにも刺さるものだった。


 俺はさらに書類を見る。


関連業者:黒蛇金融商会

背後関係:教会系商会との取引あり

関連物品:古代迷宮産封印石、低純度魔石

注意:証拠隠滅の可能性


 黒蛇金融商会。


 教会系商会。

 古代迷宮産封印石。


 繋がった。


 エマさんの借金問題は、ただの悪徳金融ではない。

 古代迷宮の件とも繋がっている。


「これ、ギルド長にすぐ見せた方がいいです」


「そんなに?」


 セリカさんが聞く。


「借金不正だけじゃありません。古代迷宮の封印石の密売とも繋がっています」


 部屋の空気が変わった。


 リリアが静かに言う。


「教会も?」


「教会系商会、と出ています。直接かどうかはまだ分かりません」


 エマさんが震える声で言った。


「私の借金が、そんなことに……?」


「エマさんが悪いわけじゃありません」


 俺はすぐに言った。


「相手が利用しただけです」


 リリアも続ける。


「弱っている人に近づいて、救いのふりをして鎖をつける。そういう人たちが悪いのです」


 その言葉に、エマさんの目が潤んだ。


「私……ずっと、自分が悪いのだと思っていました。母を助けたくて借りたお金なのに、返せなくて、迷惑をかけて」


「迷惑をかけたくない人ほど、限界まで黙るんですよね」


 言葉が自然に出た。


 エマさんが俺を見る。


 俺は少しだけ視線を落とした。


「俺も、前はそうでした。しんどいと言えなくて、助けてと言えなくて、大丈夫なふりをして」


 前世の話だ。


 会社で、学校で、ずっとそうだった。


 誰かに迷惑をかけたくなくて、誰にも頼れなくて、結局ひとりで抱え込む。


 エマさんは小さく言った。


「レンさんも?」


「はい。だから、少しだけ分かります」


 リリアがこちらを見ていた。


 セリカさんも黙っている。


 前世の話を、まだきちんと二人にできていない。


 でも、少しずつ漏れている。


 いつか話さなければならない。


 そう思った時だった。


 玄関の外から、乱暴なノックが響いた。


 どん、どん、どん。


 エマさんの顔から血の気が引く。


「……来た」


 セリカさんがすぐに立ち上がる。


 リリアはエマさんのそばへ移動した。


 俺の視界に赤い表示が浮かぶ。


敵性反応:三名

所属:黒蛇金融商会

目的:エマ・リントの連行、証拠書類の回収

危険度:中

注意:短剣所持、脅迫常習


 来てしまった。


 悪徳金融業者の手下たち。


 俺は書類を持ったまま、静かに息を吸う。


 セリカさんが剣の柄に手を置き、低く言った。


「レン、書類は離さないで」


「はい」


「リア、エマをお願い」


「分かっています」


 外から男の声がした。


「エマ・リント! いるのは分かってるぞ! 期限前だが、話がある。開けろ!」


 エマさんが震える。


 俺は彼女に言った。


「大丈夫です」


 自分でも不思議なくらい、落ち着いた声だった。


「今度は、一人で対応しなくていいです」


 エマさんは唇を噛み、ゆっくり頷いた。


 セリカさんが扉の前に立つ。


「開けるわよ」


 俺は書類を握り直した。


 リリアが白い光を手のひらに灯す。


 扉の向こうで、また乱暴なノックが響く。


 そして、俺のスキルが次の表示を出した。


破滅フラグ介入機会

対象:エマ・リント

成功条件:不正証拠提示、暴力行為の阻止、ギルドへの通報

失敗時:対象連行


 失敗すれば、エマさんが連れていかれる。


 なら、失敗できない。


 俺は小さく息を吐き、扉へ向き直った。


 追放されてから、ずっと思っている。


 俺は強い人間ではない。

 人前で堂々とするのも得意ではない。

 誰かに言い返すのだって、今でも怖い。


 でも。


 見えてしまった破滅を、見なかったことにはできない。


 セリカさんが扉を開けた。


 そこには、黒い上着を着た男たちが三人立っていた。


 そのうち先頭の男が、いやらしい笑みを浮かべる。


「ようやく開けたか、エマ。さあ、契約の話を――」


 男の言葉は、途中で止まった。


 扉の内側に立つセリカさん。

 その後ろのリリア。

 そして書類を持つ俺を見て、目つきが変わる。


「……誰だ、お前ら」


 セリカさんが冷たく答えた。


「通りすがりの冒険者よ」


 俺も続ける。


「そして、その契約書の不正を見つけた者です」


 男の顔が、わずかに引きつった。


 ここからが本番だ。

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