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明日やろうと思ったのに  作者: 井桁ライク


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17/17

また日を改めて

 繁忙期が終わった後の4月は、少し前までが嘘のように静かになる。

だからと言って、夏場ほどまだ閑散としていないのがこの時期だ。

繁忙期にうちで借りた引越しに不慣れな若者が、物件でのトラブルを起こして連絡を寄越してくることもあるし、条件について言った言わないでクレームになることもある。

 時には物件の条件を話しすぎたことでトラブルになることだってある。

実際に俺は一度やらかしている。

その頃はまだ入社3年目で若かったこともあり、年頃が近いと感じる新大学生には親身になって物件を案内しているつもりだった。

物件の立地から大学までの距離とおすすめの通学コースとか、近辺で空き巣があったからここはおすすめできないとか、そういうことまで喋っていた。

だから「友達みたいな感覚で相談できた」ってお客さんからの評判は良かったが、売上は全く伴わなかった。

 そういうこともあって、当時は店長に


「接客態度は悪くないんだから、余計なことを言わないようにしろ」


と度々注意されていた。

だけどその頃の俺は、「本当にお客さんのためになるなら、他社を薦めたって良い」と本気で思うくらい、お客さんのためにより良い物件を紹介したいという一念で仕事をしていた。

まあ、実際に他社を薦めるようなことはなかったのだが。でも、結果的に他社の営業妨害になることを俺はやってしまったのだ。


 その日は2月にしては暖かい日だった。

前日まで雪がちらつくような日が続いていたから、濡れたアスファルトに久々の陽光が反射して眩しく感じた。

 私大の合否が出た頃から、客足はぐんと増える。

彼女もそんな一人だった。彼女は、四国の都市部近郊の町から出て、その年の春に大学1年生としてこの馴染みのない地域に住み始めることになると言っていた。

もちろん土地勘もなければ、親戚も住んでいない。

両親もこの土地を踏むのは初めてだと不安そうにしていたのが印象的だった。

 彼女の父親は「遠くてもなるべく安全な地域を」と希望し、彼女自身は「通学が楽な場所が良い」と話していた。

そういうこともあって、彼らが事前に候補として挙げて来ていた物件は大学の周辺地域ばかりだった。

大学は閑静な住宅街の奥に位置していて、ぱっと見は大学の側が一番住みやすそうな場所に見えるからだろう。

 だけど、その大学は急な坂の上にあって、自転車で通学するのが難しく途中で原付を買う学生が多いことと、地元民は車で移動するため気にしていないが、近隣にスーパーがないことを俺は問題点として挙げた。

最初、彼女は渋っていた。


「やっぱり、朝起きれるか心配なので、近いほうが良いです」

「スーパーが多少遠くても、運動にはなるので、大学からの近さを優先したいです」


そう言っていた。その上、持って来ていた物件のプリントを差し出して、


「ロフト付きって憧れますし、ここが良いです」


なんて夢を語っていた。

だから俺は「初めての一人ぐらしなら」ということで、彼女に色々と指南したのだった。


「ロフト付きは、部屋に高さがあるせいで空調が効きづらいですよ」

「コンクリ打ちっぱなしは、格好良いかもしれませんが、夏暑くて冬は寒いから居住性はイマイチです」


とか。これらの言葉を彼女は素直に聞いてくれていた。

それに気を良くして喋ったことが決定的に悪手だった。


「希望されている地域は、治安があまり良くないです。空き巣が頻発していると聞きます」

「第二希望の地域も、女の子なら避けた方が良いです。あそこは痴漢がよく出るという噂なんで」


事件として新聞の誌面を飾るようなことはなかったが、「そのうち起こりそう」という噂があった。

それを面白おかしく話したつもりだった。

 その日は説明だけで、「日を改めます」と彼女とその家族は帰っていった。

朝一番に来てくれたのに、昼を跨いでしまったから仕方ないだろう。

その時の俺は、また次の日にでも戻ってきて決めてくれると本気で思っていた。

 夕方に店長が電話に出て長話をしていた。俺の方を時々伺っては、低い声で「ええ」と頻繁に相槌を打って、最後には、


「この度は申し訳ありませんでした。以後、このようなことがないように善処いたしますので、今後ともよろしくお願いいたします」


と受話器を持ったまま、深く頭を下げていた。

電話を切った後、大きな溜息を一つ吐いた。

すぐ後、呼び出されて店長の前に立つと、呆れたようにこう切り出された。


「お前、お客さんにどこの地区が危ないって教えたんだろ?」

「この地域に来るのが初めてなので不安だと仰るお客さんには、危険な地域を教えています」

「実際に事件があったわけでもないのに、噂程度の話で決めつけて言ったのか」

「噂でもそういう話があるというのは、お耳に入れておいた方が良いかと」

「それで、成約したのか?」

「今日はまだ。一件、『日を改めて』と仰っていたので、また来てくださると思います」


店長はまた一つ大きな溜息を吐いた。


「多分、そのお客さんだけどな、他社の店舗で決めたみたいだぞ。

お前が否定してばっかりだったから、話づらくなってそっちに行ったんだそうだ」


その言葉に俺は、甲高い金属音のような耳鳴りを感じた。


「んで、そっちに行って、

『ここの地域ってそんなに危ないんですか? 調べても出てこないんですけど』

って相談したらしい」

「初めての一人暮らしだから安全なところが良いって仰っていたから、お知らせしただけです」


店長は肩を落とすと、声を一段低くした。


「そうやってお前は客を守っているつもりかもしれないけど、結果として客の選択を狭めているだけだからこうなったんだ」


それだけ言うと店長は、「もう戻っていいぞ」と俺を追い払うようにして、店頭に戻るように促したのだった。


 そんなことがあってから、俺は余計なことを言うのをやめた。

俺はあまり好きじゃないがロフト付き物件も、「寝る場所と普段過ごす場所を分けられて良いですよ」と案内したし、治安が良くないと噂されている地区でも「この地区は若年層に人気です」と売上ベースの情報を伝えてきた。

それによって売上も向上。良いこと尽くめだ。

 閉店の時間になり、ブラインドを下そうとした時に、入り口の扉が開けられた。

一枚のチラシを持った若い女性が入って来たのだった。

「明日またお越しください」と言おうとして、女が持つチラシに書かれた情報が目に止まって、声が詰まる。

その紙に印刷されていたのは、ロフト付きで大学から程近い物件。

あの2月の季節外れに暖かい日にやってきた彼女が最初に希望していた物件だったのだ。

女が俺におずおずと尋ねる。


「すみません。この物件が気になるのですが」


この物件が人気で満室になっていることを知っていながらも、「少々お待ちください。お調べしますね」と声を掛けてパソコンを叩く。

案の定、この物件は全て近場の大学生が借りていて、年齢的には今年4年生の者もいるので、早く見積もっても次の2、3月までは空きが出ない。

そりゃそうだ。「閑静な住宅街にあります」、「築浅で綺麗な物件です」、「ロフト付きで広々」という要素が揃っているのだから。


「申し訳ありませんが、こちらの物件、今は空きがございません。

早くて次の1月頃に退去の連絡をされる方がいらっしゃるかもしれませんが——」

「良かったです。その物件はもう埋まっているんですね」


それだけ言って勝手に納得したように「また日を改めて」と言いながら、女はさっさと出ていってしまった。

何だったのかと思いつつも、残されたチラシを見ると、そこに印字されていた最終更新日は3年前だった。

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