遠足の水族館
地元の水族館が閉館になるらしい。
小学生の頃の遠足以来、足が遠のいていた場所だ。
だが今更になって、こうして足を向けているのだから、人生は何があるか分からない。
その手紙がポストに入っていたのは、一昨日のことだった。
黄色い小花柄の封筒の宛名には、確かに私の名前が書いてあるのに、差出人には何も書いていなかった。
それでも、この封筒を私は見たことがある。
小学生の頃、誰かから渡された封筒と同じだった気がする。
黄色い小花の印刷された部分を指の腹で温めると、柔らかな春を思わせる花の香りがした。
あの時期は、香り付きの文具を交換するのが流行っていたものだ。
控えめなその匂いに懐かしさが込み上げて、思わず頬が緩む。
多分、由香里が送ってきたものだろう。
彼女は最近でもSNSに新しく見つけた可愛い文具を投稿している。
だから、懐かしさのお裾分けか何かだ。
そう思いつつ、封筒を鞄に仕舞って、ポストの蓋を閉じた。
部屋に帰ると、薄手のコートを椅子に掛ける。鞄から件の封筒とスマホを取り出した。糊付けした上に、封蝋風のシールが貼ってあるのも芸が細かい。いかにも、小学校中学年ごろのノスタルジーといった感じだ。
封筒の短辺を軽く机に打ち付けて、手紙を切ってしまわないように、中身を偏らせる。便箋が入っているが、1枚程度といった手応えだ。
鋏で端を細く切り落とす。
中から出てきたのも、封筒と同じミモザ柄の便箋だった。
便箋には
「好きな場所:水族館
好きな動物:蛸」
ただ、そう書いてあった。
この書き方にどこか見覚えがある気がして、はて、と首を捻る。
先ほどから、ずっと小学校中学年の出来事を想起しているからか、自然と連想が繋がっていく。
プロフィール帳だ。
女子同士で交換して、相手に趣味や好きな子のイニシャルを書いてもらうものだ。それを集めて冬には年賀状を送る。そんな時期があったのだった。
SNSを開いて、由香里にメッセージを送る。
「手紙届いたよー」
由香里は丁度巡回している時間だったようで、既読はすぐについた。
それから、
「手紙? 送ってないよ笑」
とだけ返ってきた。
それじゃあ、この手紙は誰から来たのだろう。
他にも数人探ってみたが、心当たりのある友人はいなかった。
指先に残ったミモザの匂いが、急によそよそしくなったように感じた。
手紙に書いてあった「水族館」というのが気になって、地元の水族館の名称で検索したところ、その水族館が閉館するという情報を見た。
そういうことなら見納めでもしておこうかと、足を伸ばしたのが今日だ。
その水族館は、中央の階段を囲むように円状に配置された水槽が特徴だったように思う。そこに吊られていた大きな鮫の剥製の顔が印象に残っている。
終着駅からバスに乗って、記憶よりも幾分か小さな施設に辿り着く。
がらんとした園内に足を踏み入れ、屋内展示を目指して歩く。
建物の白い塗装は海風で剥がれ、コンクリートの壁面にひび割れが走っているが、思ったよりも小綺麗に保っている。
それがなぜか、少し癪だった。
ここには、小学三年生までは、家族でよく来ていた。
好きな場所として紹介していたのはそのためだ。
皆が「自分の部屋」、「家」と書いている欄に、「水族館」という変化球を書くのが、格好良いと思い込んでいた時期だった。
館内に入ると、思っていたよりも薄暗く、目がすぐに慣れない。
エントランス近くには近隣の海を再現した展示があるようだ。
近海の魚類についてのパネルが設置してあり、水槽の中も人工的な湾が再現されている。
奥の方に目を遣ると、薄暗い中に水槽から漏れる青い光が並び、海の深みに誘われているような感覚になる。
ゆっくりと水槽を一つずつ眺めていく。これといって珍しい魚はいない。
寧ろ、スーパーに並んでいて見慣れた顔ぶれも多い。
最近の水族館は、施設が小さくても展示する種類を絞ったり、一点特化して工夫することで生き残りを図っているというのを聞いていたが、この施設に限ってはそういうこともないらしい。昔来た時と変わっていないようにすら感じる。勝手に期待して、勝手に肩透かしを食らったような気分になった。
だから潰れるんだろう。
そんなことを思いつつ、ゆっくりと奥に進んでいく。
思ったよりすぐに、海の底をテーマにした展示の区間に足を踏み入れていた。
蛸壺が目に入る。
私はなぜ、蛸が好きなんて書いたのだろう。
別に食べるのが好きという訳ではなかったはずだ。
どちらかといえば、烏賊の方が美味しいと思っている。
蛸は蛸壺の奥から、こちらを覗いている。
別に食べようだなんて思ってないわよ。
そう思いながら、説明文に目を落とす。
蛸の知能は高く繊細なため、ストレスを溜めやすいことが書いてある。
ストレス下で自食すると、再生しないのだそうだ。
その知識を私は小学生の頃にひけらかしていた気がする。
何だか親近感あるよね、なんて言いながら。
「じゃあ、明日一緒に蛸見よう?」
そんなことを私に言ったのは、一体誰だったか。
小学校からの付き合いの友人は由香里しか残っていない。でも由香里は遠足の時に一緒にいなかったはずだ。そもそも、その頃は由香里ともそこまで仲良くなかった。それに思い出の中のその声に覚えはない。
私は、何を蛸の展示の前に置いてきてしまったのだろう。
施設から出ると日が高くなっていた。
降り注ぐ陽光は暖かく、風は冷たくても春を感じさせる。
遠足の後からこの施設に行くことを何故か避けるようになっていた気がする。
「また明日ね」
念押しのように、そう声をかけられたことを思い出す。
今更思い出しても、何にもならないというのに。




