45.溶けゆく雪の選択
「ふふっ、お久しぶりです。――お嬢様」
フワッ
私の頬を、優しい風が撫でる。
「おや?」
しかしその声は、すぐさま不機嫌そうなものへと変わり。
「……やれやれ、この焦げた匂いは。
ノワ、あなた懲りずにまた暴れたのですか?」
「懲りずに、とはなんだ。暴れた記憶などないが。
……それと、今回は俺ではない」
ぽんぽんっ、と。ノワが、私の頭を撫でる。
「ブラン。
リーナが、やってくれたぞ」
「お嬢様が……!?」
「だろう?リーナ」
どこか嬉しそうなノワの声と、驚くハク。
「で、ですが……その、指輪は」
そう言って彼が見つめるのは、私の指にはめられた銀色の指輪。
そこに合ったはずの赤い宝石は、今やどこにもない。
「……指輪、壊しちゃった。
フォンセから受け継いだもの、だったよね?」
(ノワにとって、大事なもののはず。
それを、私は――)
「本当に、ごめんなさい」
心底申し訳なくて、顔をあげられずにいると。
「気に病むことはない、フォンセが残したものなどいくらでも――それこそ、厄介なものまで沢山残してくれたからな。
それより、お前がこれほどまでの魔法を発動させるとはな」
愉快そうに笑って、小さくくすぶる残り火を踏み潰すノワ。
「しかし、ノワ。
……お嬢様から、魔力は感じられません。これは一体――」
「っははは!
俺も驚いたぞ、何しろあやつと遊んでいたら」
そう言って、ノワは原型を留めぬミザールの方を向く。
「突然、魔力がごっそり抜かれる感覚がしたからな。
驚いた勢いで、あやつを消し飛ばしてしまったが」
「あなた、なんでちょっと残念そうなんですか。
しかし……とするとお嬢様は、指輪を介さずノワの魔力を使用したと?」
「ち、ちょっと待って二人とも!
ノワの魔力を私が使うって……そんなことあるの!?」
驚いて聞けば、ハクもノワも首を横に振る。
「古今東西、どのような記録にもありませんよ。
後継者の『契り』を交わしたとて、普通はそこまで深くは繋がらないものです」
「ああ、俺も初めてだな。……もっと深く、探りたいところではあるのだが。
ブラン、今はこいつを――アリスを頼む」
急に真剣味を帯びた口調になったノワが、ハクの目をまっすぐに見て言う。
「珍しいですね、ノワ。
あなたが何度も私に『頼む』だなんて」
「……それは、今はいいだろう。
見ての通り死にかけだ、さっさと治療しろ」
「やれやれ、相変わらず人使いの荒い」
ブツブツ文句を言いながらも、ハクはアリスの側にかがむ。
フワッ
ハクの手から光が漏れ出すも――その量は、ごくわずか。
「ノワ。
申し訳ありませんが、私はあなたを――我が主を傷つけようとしたこの者を、ただで赦すわけにはいきません」
――例えそれが、誰であったとしても。
静かに告げられる言葉に、少し目を瞑ってノワは応える。
「……ああ。
お前は、そういうやつだ」
「そんな、ハク……!
お願い、私の大事な友達なの!」
必死に頼む私に、ハクはふわりと笑って言う。
「ご安心ください、『ただで』赦すわけではないというだけです。
――けれど」
――選ぶのは、彼女自身です。
「……う」
「……っ!
アリス、アリス!!」
アリスの目が、ゆっくりと開かれていく。
現れた銀色の目は、小さく揺れ動いて――
「リ……ナ」
私を捉え、安心したように微笑んだ。
「アリス、良かった……!」
「ブラン、様まで」
「……一時的なものです。
私が治療をやめれば、すぐにでも命は絶えるでしょう」
アリスに向け残酷な宣告をするハクの目は、しかしなぜだか少し温かみを帯びている。
「……リー、ナ。
ごめん、なさい」
弱々しく伸ばされた手を、私は強く握り返す。
「なんで、アリス!
謝ることなんて、何も!」
頬を伝う涙の温かさに、また涙が溢れていく。
「私、バカ……ですね」
「喋らなくて、いいから……!」
「……守ろうと、していたのに。
全く、別の……ことを」
はらり、と。
彼女の銀の目からも、真珠のように涙が伝い落ちる。
「……謝っても、謝りきれない。
だけど――」
――最後に、あなたに会えて。
「――良かった」
「いやだ、待って……!
いか、ないで!」
「アリス。
あなたに、聞きたいことがあります」
静かに、ハクが問う。
「……お嬢様のために。
命を、賭けられますか?」
(……へ?)
引っ込む涙。唖然とする私とは対称的に、ハクの表情は至って真剣そのもの。
「いや、ハク。死にかけの人間に何言ってんのさ。
アリスも、答えなくてい――」
「そんな、ことですか。
……ふふっ」
目を閉じて、笑って答える。
まるで、息をするくらいに当然のことだと言うように。
「答えは、もちろん。
――イエス、ですよ」
「……ふふ。
流石は、私の魔力を継いだだけはある」
パサッ
ハクの白い手袋が、地面に落ちる。
美しい両手を、アリスの上にそっと添えて――
「アリス。
――合格です」
パァァァァ!!!
強い光が、彼女を包みこんだ。
「な……なんだ、これ……」
「……っ、魔力が……桁違いですの……」
フェリスも、カイルも――言葉を失ったまま、その光を見上げていた。
「ま、まぶし……!」
「相も変わらぬ荒治療、と言ったところか」
「荒治療、って?」
視界が白く染まるほどの光の中で、ノワは呆れたように答える。
「あいつのこれは、治癒魔法ではない。
膨大な魔力を、単に流し込んでいるだけ。要は『暴力』だな」
「え……?治療が、暴力に……!?」
「ああ。
もっとも、魔力量が桁違いのブランにしか出来ない高度なものだがな」
(いや、高度な暴力ってなんだよ……!)
困惑しつつも突っ込んでいる間に、徐々に光が弱まっていく感覚がした。
「……ふう。
今も昔も変わらず、本当に欲張りな兎さんだ」
少し疲れたように、ため息混じりにハクは手を離す。
どうやらその『荒治療』とやらはだいたい終わったらしい。
見ると、そこには――
「アリス!
傷が、塞がってる……!」
「流石だな、方法はともかくとして」
「ノワ、一言余計です。
……さて、最後の一仕事と参りますか」
そう言って、ハクの二本の指がアリスの額に触れる。
「……ブラン、様?一体、何を――」
戸惑ったようなアリスの声にも答えず、ハクは静かに告げる。
「アリス、雪兎の子よ。
あなたを――」
指先から流れ出る、銀色の光。
(……ハク?)
「ブラン、お前……!まさか!」
それは踊るように絡まりあい、一筋の線となってアリスの中へと入っていく。
「『契り』により、白の当主の。いえ――」
一拍。
「私の」
静かに、しかし判然たる口調で。
「――後継者としましょう」




