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16.武闘大会と静かな違和感

「アドルフ先生が、昨日。亡くなりました」


 一瞬、誰も言葉を発さなかった。


 静まり返る会場。ベアトリスの言葉は、重々しく響きゆく。


(な、亡くなったって……どうして)


 昨日、ノワの授業の冒頭で話をしていたばかりではないか。


「そんな、すぐに」


 横を見れば、アリスも戸惑った表情を浮かべている。


 徐々に動揺が広がり、ざわつく食堂。しかし、それを一人の声が遮った。


「皆落ち着け、この件については僕から説明しよう」


 彼は堂々とした足取りで前に歩み寄り、こちらに向き直る。


 途端に四方からあがる黄色い歓声。そう、その彼というのはこの学園の生徒会長――レオである。


「レオさん、確かあなたが――」

「はい、ベアトリス校長。

僕が彼を――アドルフ先生を、見つけたのです」


 ベアトリスの問いに、頷いてみせるレオ。


「男子寮の責任者である僕は、毎朝周辺の見回りを行っています。

今朝も同じように巡回していたところ、校庭でアドルフ先生が倒れていて」


 その情景を思い出したのか、痛ましそうに顔を俯けて彼は続ける。


「すぐに駆け寄って、助けようとしたのですが。

――その時には既に心臓が止まっていて、体も冷たかった」


 暗い顔でそう告げるレオを、側のベアトリスがそっと支える。


「あの場所のすぐ上には、訓練所があります。

昨日は入学パーティーもありましたから……酔って、落ちてしまったのでしょう」


 わずかに、言葉を選ぶような間があった。


 レオは祈るように目を瞑って、片手を胸に当てる。


「偉大な先生でした。我が国にとっての、大きな損失となることでしょう。

――どうか、安らかな眠りを」


 その様子を見て、広場の生徒たちも次々に彼に倣った。


(……どの世界でも、死者への敬意は変わらないか)


 私もそうしようと、目を瞑りかけて。


 ふと、アリスの顔が。困惑と、呆然の入り混じる表情が、目に入る。


「レオ様、なぜ」


 ぽつりと、信じられないものを見るように呟く。


「……アリス?」


 こちらも小さく声をかけると、彼女はハッとしたように笑顔を作る。


「すみません、大丈夫です。

……アドルフ先生が、お亡くなりになったというのがショックで」


 その表情には、確かに暗い影が落ちていた。


(アリス、優しいもんな)


 とりあえず周囲に合わせているだけの私。なんだか薄情に思えてくる。


「レオさん、ありがとう。

彼は……カルロス先生は、学園を挙げて手厚く葬ります」


 ベアトリスがレオに合図すると、彼は静かに席へと戻っていく。


「今回のことは残念でしたが、皆さんはこれまで通り学業に励むように。

……っと、そういえば」


 思い出したように、長いローブの懐から何かを取り出す。


 出てきたのは、少し黄ばんだ一枚の羊皮紙。それを広げた彼女は、気を取り直すように明るい声で言う。

 

「武闘大会の開催が近づいてきました。武芸もおろそかにしてはいけませんよ」


 と、そこで隣のアリスにひそひそ。


「武闘大会……って何するの?」

「一年に一度、生徒が一対一の勝ち上がり式で戦い合うのです。優勝者には卒業後、魔王軍から直々に声がかかることもあるそうですよ」

「将来も約束されるイベントってことか。結構本気で挑む人も多そうだね」

「はい!中等部一年、つまり私達には残念ながら参加資格はないのですが……来年からは出られるようになるので、今からしっかり鍛錬しておかないと。

リーナ、入学試験では負けてしまいましたが……今度は負けませんからね!」


 両手で小さくガッツポーズをするアリス。


(私は出る気ないんだけどなー……アリス、優勝する気満々だな)


 流石は完璧美少女さん。武芸にも手を抜くつもりはなさそうである。


「参加希望の生徒や質問のある生徒は、新たな魔法実技科の統括――マオ先生まで。

話は以上です。それでは皆さん、良い一日を」


 そう言って、ベアトリスは出ていった。


 カチャカチャ、と鳴り出すフォークの音。凍りついていた空気は、徐々に日常へと戻る。


「……あれ?アリス、今日はあんまり食べないんだね」


 見ると、アリスの皿の中は野菜ばかり。不思議に思って見ていると――


「だってリーナ、野菜しか食べてなかったんですもの!もしかしたらそれが強さの秘訣なのかなと思いまして」


 野菜をもしゃもしゃしながらそう答えるアリス。


(そういえば、昨日は野菜しか食べてなかったもんな……)


 単にノワの呼び出しが怖かったからなのだが。変な誤解をされてしまったらしい。


「に、肉も食べたほうがいいと思うよ?」

「ぐぬぬ……負けませんよ、リーナ!」


(うん、聞いてないなこりゃ)


 健康が心配だが、そんな様子もなんだか。


「なんか……うさぎみたい」

「ふぇ!?」


 びっくりしたように、フォークを落とすアリス。


 慌てて拾おうとして何度も空中でパスを繰り返し、こちらに飛んできたフォークを間一髪でキャッチすると――


「な、なんでわかったのですか!?」


 顔をぐっと近づけて聞かれた。


「なんでって、何が!?」

「ですから、私が『雪うさぎ』だってことですよ!」


(ゆ、ゆきうさぎ……?)


 雪うさぎと言うと、子供が雪で作るアレではないのか。


「え、なら……大丈夫!?アリス、熱くない!?」

「熱く……え?」

「溶けない!?」


(雪ならこの気温はまずいのでは!?)


 大真面目に心配しているのだが、当のアリスは一瞬ぽかんとした後、突然笑い出した。


「リーナ、だから雪のほうじゃなくって……ふふ、魔獣ですよ」

「魔獣……」


 数秒停止する私。


(あ、そっか魔族ってもともと魔獣か……)


 となると、その『雪うさぎ』というのは動物の方であろう。


「リーナって、面白いですね。ふふふっ……!」

「うああ、そうじゃなくてあああ……」


 みるみる熱を帯びていく私の顔。


 『魔族は魔獣から進化したもの』


 ついこの間までフォルテに居たため、馴染みのないことだ。しかし魔族の間では『常識』の一つなのであろう。


(危ない、怪しまれるところだった)


 そっと胸を撫で下ろしつつ、恥ずかしさにアリスの方を見られないでいると。


「でも、どなたかから聞いたとかでないなら良かったです。

……元の魔獣を知られることは、弱点にもなりますから」


 笑い終えたアリスが、安心したように呟く。


「知られることが弱点って……そうなの?」

「はい、例えば雪うさぎの弱点は『熱』です。魔族になった後もこの特性は受け継がれますから、戦闘などで対策されるとかなり不利になってしまうのですよ」

「そんじゃ、炎を固有魔法とする魔族には相性が悪いと?」

「そうなります。特に私の固有魔法は『氷』ですから、その点でも本当に苦手ですね……」


 うう、と言った表情でうなだれるアリス。うさぎと聞くと、長い耳をたれさせる様子に変換されてしまう。


「固有魔法は魔獣時代の特性に関係していますから、それを予測されてしまうのも困るのです」

「そっか、アリスも『雪』うさぎだから氷?」

「そう……ですね。そうなのかもしれません」


 少し、言葉を濁すアリス。


 何か事情がありそうで、それ以上は聞いてはいけない気がした。


(……言われてみれば確かに、みんなの元の魔獣が何かって全然知らないな。

やっぱりタブーのようなものなんだろうか)


 ノワは勿論、出会った魔族で教えてくれた人なんて――


「……アリス」

「はい、なんでしょう?」

「何か、一人あっさりと教えてくれた人が居たんだけど……」


 脳裏に浮かぶのは、一人の顔。


 『私はもともと天虎……翼の生えた虎でしたから』


 さらっと言った彼のせいで、聞いてはいけないものだとは思っていなかった。


「うーん……その方、相当魔獣の時からお強いのではないでしょうか」

「ああ、確かに。弱点とかなさそう……」


(天虎とか、ハチャメチャ強そうだもんな)


 虎、それも翼の生えたと言ったら弱いわけはあるまい。


「そういう場合、あえて教えるという方もいらっしゃいます。

もともと強い魔獣なら、魔族になっても強いですから相手を威嚇できるのですよ」

「ほう、そんな使い方が」


(でも、それなら『雪うさぎ』って)


 なんだか申し訳ないが、お世辞にも強そうには見えない。実際隠しているわけだし。


 それなのに、と私は思わず口に出す。


「アリス、すごいね」

「え?な、なぜですか?」

「だって、今それだけ強いから。相当努力したんでしょ」


 そう言うと、アリスは少し顔を赤らめた。


「……私は、とある方に恩返しがしたくて。

ここに来たのも、その方を探すため。そして、お役に立てるよう精進するためなのです」

「恩返し?」

「私の命と、命より大切な人たちを救ってくださった恩です。

……お名前もわからないまま、去ってしまわれたのですが」


 過去を懐かしむように、遠い目をする彼女。


(……見つかると、いいな)


 アリスの大切な人。それほどの努力を重ねる、その理由。


「……そろそろ、食事も終わりですね。

リーナ、最初の授業に向かいましょう!」

「んー、最初ってなんだっけ?」

「魔法実技ですよ」

「うげっっっ」


(ノワやん……)


 絶望的な表情をする私。対象的に楽しそうなアリスに手を引かれ、教室へ向かおうとすると。


「こんにちは、リーナさん。先程はご迷惑をおかけしました」


 後ろから、声をかけられた。


(この声は……)

「ベル先輩?」

「はい、あの子――フェリスには、良く言い聞かせておきましたのでご心配なく」


 そう言って彼女が軽く見た先には、何やらウロウロしている縦カールお嬢様。


 机の脚を触っているあたり、新しい棍棒を探しているのではなかろうか。心配である。


「そろそろ授業ですので、詳しくは放課後お話させていただきたいのですが」


 そう前置きして、彼女は続ける。


「どうか、我ら黒の威信をかけて」


 決して逃さない、というような強い目線。


「リーナさん、あなたに。


――武闘大会に、出ていただきたいのです」


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