15.届かぬ書簡と白の氷王
「……はぁ。
押し付けられる側の気持ちも、少しは考えてほしいものです」
魔王城の執務室。主が不在の机に置かれた山積みの書類を前に、彼――ハクは呟く。
書類の一番上には、真新しい一枚の紙。
そこにはペンを素早く走らせたかのような、まだ乾ききっていない筆跡で。
『学園へ向かう、ここは任せる』
(……本当に、自由な方だ)
ため息をついた彼は、しかし手早く書類を仕分け始める。
「仕方ありませんね。手早く終わらせて、あのバカに文句でも――」
しかしそんな彼の言葉を、大きな足音が遮った。
「ブラン様、てぇへんだ!」
「おや?
カルロス、そんなに慌ててどうしたのです」
髭を左右に揺らし、勢い良く走ってくるカルロス。
その表情には、彼らしくない切羽詰まった緊迫感が漂っている。
「フォルテに、行ってるやつらと――」
ぐ、っと唾を飲み込んで。
「連絡が、取れねぇんだ!」
不安と、仲間を想い焦燥にかられたその顔。
ハクは眉を寄せ、問いかける。
「連絡、というと……魔鳩ですか」
帰巣本能を持ち、胃に入れたものを消化せず運ぶ特殊な魔獣――魔鳩。
古くより、魔国で重宝されてきた伝令手段だ。
「おう。安否確認のため、定期的に『無事ならこの書簡を送り返せ』と書いた手紙を飲ませて飛ばしてるんだが……」
「なるほど、それが送り返されない。
……もしくは、そもそも届いていない、と」
「そうだ。何度も何度も飛ばしてるのに、帰ってきやしねぇ。
たったの、一羽だって」
静かに状況を分析する彼に、カルロスは焦りをあらわに言い募る。
「も、もしかしたらあいつらに何かあって……それで、返せないんじゃ」
「可能性としては、ありますが」
「……あいつらが心配だ。
やっぱり、俺がフォルテまで」
背中の大剣に手を掛け、今にもフォルテに向けて出陣しそうな様子のカルロス。
しかし、ハクはそれを片手で制す。
「落ち着いてくださいカルロス、これはおそらく罠です」
「罠?なら、やっぱりあいつらが危ない――」
「いえ、大丈夫です。
……そもそも、何かあったのなら戻っているはずでしょう」
「ブラン様、だから鳩は」
戻っていない、と言いかける彼を手で制す。
「いえ。
彼らですよ」
それを聞いて、ハッとした表情になるカルロス。
「そもそも、あのノワが信頼を置くほどの実力者です。そうやすやすと、どうにかなるはずはありません」
それに、とハクは続ける。
「……もし彼らの手に負えないほど危険だとしても、状況を判断して一度ここまで戻るはずです」
「でも、それができない場合も――」
「戦闘に関しては、彼らを信じて良いでしょう。
……性格には、少々問題がありますが」
「うぅむ。
……わかった」
大剣から手を離すカルロス。その表情には、仲間への深い信頼がうかがえる。
(……とはいえ、放っておくわけにもいきませんね)
再び思考に沈むハク。
「……カルロス」
「ん、なんだ?」
「ノワのいない今、私はこの魔王城から動くことはできません。
……ですので、あなたに頼みたいことがあります」
そう言うと、ハクは近くの一枚の紙を取り、そこに何かを書き始めた。
「ブラン様、それは?」
「『その跡を辿り、残せ――』」
書き終えると、何かの呪文を小さく呟くハク。その様子を、カルロスは不審そうに見つめる。
「これでよし……と。
この書簡を鳩に飲ませ、彼らのところへ飛ばしなさい」
丁寧に折られた紙は、カルロスの手へ。
「そりゃ、どういうことだ?またこれまでと同じように、戻ってこないんじゃ……」
「構いませんよ、もとよりそれが目的です」
カルロスは、窓の外を見てさらに戸惑った顔をする。
「もし届くとしても、今日は雨だ。ずいぶん遅くなっちまうが」
「構いませんよ、とにかく飛ばしてほしいのです」
何を言っているのかわからない、という顔をしつつも、カルロスはその紙を手に部屋を出る。
そして、数分後。
「一応、あいつらのところへ飛ばしはしたが」
何か言いたいことがある、という表情で戻ってきたカルロス。
そんな彼に、ハクは優しく微笑みかける。
「ご苦労様、ありがとうございます」
「ブラン様、そろそろ俺にも何する気なのか教えてくれよ」
我慢の限界、と言った表情。それを見て、ようやくハクも語りだす。
「何度も届く書簡を受け取っているなら、幹部たちは不審がるはず。
その様子がないということは、そもそも彼らのところ――フォルテに、届いていないのでしょう」
(つまりこの魔国内に、魔鳩の妨害をする者――我らに仇なす魔族が、潜んでいる可能性が高い)
そして。魔国の頭脳の思考は、止まらない。
「この場合、考えられるのは二つです。魔鳩それ自体を破壊しているか、もしくは――
内容を知ることを、目的とはしていないか」
一拍。
「……おぅ……?」
うーん、と考えるカルロス。難しい顔をする彼に、ハクは丁寧に説明をする。
「魔鳩を捕まえ書簡を読んだ何者かは、自らが読んだと隠すために再度こちらに送り返すでしょう。
――つまり、内容を知ることが目的ではないのです」
「そんじゃ一体、なんのためなんだ?」
ハクは笑う。その微笑みは、歴戦の猛者たるカルロスですら、背筋の凍る思いをするほどに冷たい。
「言ったでしょう。
――罠です」
その声音には、確信だけがあった。
そして、ハクはそっと窓の外を見る。
「ほら、そろそろ来る」
何が、とカルロスが言いかけた、その途端。
――パリンッ!!
耳をつんざく、甲高い音。
窓が、内側へと弾けた。
(外からの魔法――襲撃かっ!?)
「危ないっ!!」
飛び散る破片。すかさずカルロスが素早い動きでハクの前に出るも――
「大丈夫ですよ、ありがとうございます」
破片は、空中で静止していた。
いや、より厳密には。
「凍ってる……
ブラン様、あんたか?」
見ると、ハクが普段身に付けている白い手袋を外し、片手を前に出している。
カルロスの問いには答えず、彼は静かに微笑む。
「……どうやら、後者だったようですね」
軽く片手を上げれば、輝く破片は一直線に地面へ。
「お察しの通り、賊が入ったようです」
「やっぱりか、そんなら俺がそいつをぶっ倒して――」
「と、いうわけで」
少し楽しそうな顔で、ハクはカルロスに耳打ちする。
「『頼みたいこと』です」
ごにょごにょ。その内容を聞き、目を丸くするカルロス。
「ブラン様、危険すぎる。あんたを一人で置いてはいけな――」
途切れる言葉。
(っ……!動けない!)
急速に冷めゆくその場の空気。中心にいるのは――微笑んで立つ、白の王。
(……この方は、一体)
どれだけの力を、持っているのか。
「……わかった、ここは任せたぜ。ブラン様よぉ」
「ええ。そちらも任せましたよ、カルロス」
そっと冷や汗を拭いて、カルロスは扉へ向かう。
背中の大剣に、手をかけて。
(……だが。
あんた一人に、任せる気はねぇぞ)
足取りに、もう迷いはない。
ガチャリ
扉が閉まる音。それを確認したハクは――
パサッ
残った片手の手袋を、小さく噛んで外す。
(この気配は……水、でしょうか)
近づく敵の魔力。それを恐れるでも、焦るでもなく。
「さて、始めましょうか」
凍りゆく室内で、『白の氷王』は微笑む。
「魔王未満の分際で、私の仕事を増やした罪」
怪しく、けれど引き付けられる圧倒的な魔性。
「その命をもって――
償いなさい」




