12.魔王の妹になりました
「ハク……だよね?」
「な、なぜ疑問系……お嬢様、まさか私のことをお忘れに!?
いくら座学がお苦手とはいえ流石にそれは……!!」
真っ白い両翼付きの姿に戸惑いを隠せない私と、その反応にショックを受けているらしいハク。そしてなんだか今失礼なことを言いかけなかったか?
「落ち着けブラン、お前のことだからその姿を見せるのは初めてなのだろう?戸惑うのも無理はあるまい」
珍しくノワがフォローしてくれた。初めてこの魔王のまともなところを見た気がする。
「あぁ、そういうことですか。私はもともと天虎……翼の生えた虎でしたから、飛ぶときには出てきてしまうのですよ」
そう言って畳まれた自分の翼を撫でるハク。
(そっか、魔族は魔獣が進化したものだから……その名残みたいなものなのか?)
そういえば前世で人も進化の名残で尾てい骨があると習ったし、ハクの翼もそんな感じなのかと納得していると。
「んぉっ!消えた!?」
先ほどまでそこにあったはずのハクの両翼が、いつの間にやら消えている。
「邪魔なので普段はこのようにしまってありますよ、また飛ぶときになったら出しますが」
「言っただろう、こいつは少々派手だと」
「な、なるほど。確かにこれは目立つだろうね…」
ノワの言っていた「派手に飛ぶ」というのはこの翼のことらしい。天使みたいで綺麗だけどな〜と思ったのだが、隠密性という点ではかなり不利になりそうだ。
(いや、魔族らしいけどね)
あまり実感がなかったが、あの姿を見せられると流石にハクが人ではないと理解せざるを得ない。
(ってか……)
「さぶっ!!」
ぶるっと震える私。どうやらカチカチに凍っている大量の兵たちから漏れ出る冷気がクーラーの役割を担い、周囲をキンッキンに冷やしているらしい。
「も、申し訳ありません……!つい気が高ぶってしまいまして」
震えている私を見て、慌てて謝罪するハク。やはりこの状況は、ハクの魔法によるものらしい。
「派手にやったな。流石は『白の氷王』ブランシェと言ったところか」
「かなり手加減はしておりますよ、数日もすれば溶けて元通りになるでしょう」
「ほう、随分と丸くなったものだな。以前のお前であれば問答無用で皆殺しにしていただろうに」
「みなごろし…!?!?」
愉快そうに笑うノワと、特になんでもないことのように平然と返すハク。しかし皆殺しとは……普段の優しそうなハクの様子からは想像もつかない。
「まだ幼いお嬢様の前で、そのような姿は見せられませんよ。とにかく、ご無事で本当に良かったです」
そう言って、ノワの腕に抱かれる私の頭を撫でようと手を伸ばすハク。しかし。
「つ、つめたっ……!!」
ハクの手が私の額に触れた途端、その氷のような冷たさに思わず叫びノワにしがみついてしまう。
「ほーう?お嬢様が嫌がっておいでのようだが。執事殿、これは失態では?」
「くっ……!」
ニヤニヤしながら、ノワは私を抱いたままハクから離れる。悔しそうなハクは、しかしそれ以上距離を詰めては来ない。寒がっている私への配慮だろう。
「仕方ないですね、お嬢様はしばらくあなたに預けます。ただし!!くれぐれも丁重に扱いなさい。さもないと」
そう言って、無造作に出した右手から。
ピキッ
(ひゃぁ……)
小さな氷の結晶が出来上がってゆく。それは無表情で氷を生成するハクの手から離れ、そのままノワの周囲を囲んでいった。
「ハク、流石にやりすぎじゃ」
止めようと思い、声をかけたのだが。
パチン
突如として聞こえた音、ノワのものだ。
ジュッ
「チッ」
そして次の瞬間、周囲の氷が一斉に溶けた。その様子にハクは舌打ちする。
「はは、そう怖い顔をするな。魂は半魔と言えど、こいつの体は人のものだ。割れ物だと思って大切に扱わせてもらおう」
「……頼みましたよ、我が君」
不承不承、と言った感じでハクは引き下がった。
(ハクには後でしっかり、感謝と謝罪を伝えようっと)
内心でそう決心する私。すると、急に私は地面に下ろされた。
「リーナ」
少ししゃがんで、私を目線を合わせるノワ。
「……はい」
「ブラン、いやハクから大体のことは聞いている。このままであればお前は明日すぐにでも処刑されるだろう。少なくとももう、この国にはいられまい」
「そう、ですね」
「だから、もう一度チャンスをくれ」
真剣な瞳。
「どうか、俺の妹になってくれないか」
そこに映るのは、ただ私の姿のみ。
(……ああ)
これまでの人生で、これほどまでに私のことを考えた目をしてくれた人など、いたのだろうか。
「……私からも、どうかお願いします」
ふと横を見ると、ハクも片膝をついて頭を下げている。
「お嬢様の居場所を奪ってしまったのは、浅はかな決断をした私の責任でもあります」
「そんなこと」
「きっと否定してくださるのでしょう、けれどこれは確かな事実です。このままでは私は、一人の主すら守れなかった汚名を背負って生きることになります。
……どうか私を、これからもお側に置いてはくださいませんか」
「ハク……」
「私に、その罪滅ぼしをさせてください」
この場の決断は、ただ私に委ねられているのだろう。
王家の恥、忌み子、黒髪の王女。
そう言われて育った私は、自分で何も決められなかった。最後の瞬間すら、冤罪を着せられ弁明の余地もなく、誰にもその存在を知られぬまま魔女のように焼かれるのだという。
「バカだなぁ」
(本当に、バカだ)
思わず、口から言葉がこぼれた。
(居場所をなくした私)
本当はちょっと期待していたのだ。今日呼び出されたのも、少し国王から優しくされたことも、期待してしまっていた。今世こそは、母と父と……いや、「家族からの愛」というやつがあるのではないかと。
だが蓋を空けてみればどうだ。母は私のせいで自ら命を絶ち、国王からは「厄介払い」できて安心される始末。
限界だった。
もう、処刑されてもいいかな。そう思ってしまうくらいに。
(その私を、初めて必要としてくれている)
助けに来た、と言われて嬉しかった。不器用なノワの優しさだって、ちゃんと届いている。
(皮肉なものだな。私はまだきっと、自分が魔族だって受け入れられないのに……いつだって優しくしてくれたのはその、魔族なんだ)
ハクにノワ。私から見れば、この魔族のほうが人間よりずっと「人情深い」というものだ。
「ふふっ」
「リーナ、嫌なら」
「ノワさん」
なんだか面白くなってきた。このまま行けば明日にでも燃え尽きる命、それならば。
「末永く、よろしくお願いします」
この人と一緒に。
足掻けるところまで、進めるところまで――行ってみよう。
(……ん?嫁入りでもないのにこの口上、合ってるのか?)
雰囲気で言ってしまったが、妹になる場合はなんて言えばいいのだろう。
心の中で結構真面目に悩んでいたが、どうやらちゃんと気持ちは伝わったらしい。
「……ああ。よろしく、リーナ。
俺の、妹よ」
そう言って、ノワは心底嬉しそうに私の額に…
「なぬっ!?」
「はは、顔が真っ赤だぞ」
口づけをした。一瞬何をされたのかわからずフリーズし、そしてみるみる顔が火照っていくのを感じる。
「あぁ゙?何やってるんですかノワ、それ私のお嬢様ですよ。凍らされたいんですか?あぁ゙ん?」
「いや、たった今俺のものになった。残念だったな、俺に負けるのはこれで2回目か?」
くくっ、と笑うノワ。結構本気の顔でハクが氷の結晶を生成し始めたので、必死に止めていると。
「こ、これは……!!どういうことだ!」
凍らされた数多の兵と、私達を見て叫ぶ声。国王だ。
「あなたっ……!やっぱりあの『忌み子』よ!災いを運んできたんだわ……見て、あの黒と白の男たち!」
その隣には側妃と、後ろには複数人の臣下と見られる者たち。全員が銀髪であることから察するに、おそらくこの国の精鋭たちだろう。
「お、リーナの元!父親か。元!父親殿、ちょうどいいところに」
やけに元!を強調しつつ、のんびりと言うノワ。ハクが何かを察したように、私を抱き寄せ距離を取る。
「何だお前は……!」
「たった今、こいつの兄になったものだ。
リーナは、この魔王ノワが貰い受ける」
途端にざわつき始める周囲。
(まあ、魔王って聞いたらそりゃそうなるよな)
特に焦り、恐怖に顔を引き攣らせるのは国王。過去になにかあったのだろうか。
「魔王が、なぜここに!」
「お前が処刑しようとしていた娘を貰い受けるだけだ。何か不都合でも?」
かなり煽り口調で笑いながら返すノワ。どうやら、その煽りに先に乗せられてしまったのは側妃らしい。
「あなた、魔王だろうがなんだろうが関係ありませんわ!この神聖なる王宮に許可なく立ち入っただけで万死に値します!」
「ま、待てシルビア!そやつが本物の魔王ならば……」
「お前達、やっておしまいなさい!」
側妃の掛け声に合わせ、後ろに控えていた銀髪の者たちが前に進み出て詠唱を始める。
『我らが精霊よ、乞い願う。今こそその偉大なるお力を我らにお貸し給え……』
(うーん、いつものことながら長いな。これ唱えている間に倒せるんじゃ)
そう思い、ノワの方を見るが。
「っ……!」
これまでに見たことがないほど楽しそうな……それでいて、魔王の名にふさわしいほどに残忍な笑みを浮かべていた。
『精霊の怒り《ツォルン・デス・ガイステス》!』
詠唱が終わったらしい。彼らの手のひらに火が灯る。
それらはみるみるうちに集約し、そして。
「なに、あれ……大きすぎない!?あんなものが飛んできたら……!」
巨大な一つの、炎球となった。
「まずいですノワ!あの術は……!」
「おほほほ、黒焦げになるが良いわ!この術を受けて生きて帰れたものなど過去一人も居はしない!」
「魔王だろうが、俺達の精霊術には勝てるはずがない!」
そしてそれは、少し距離を取った私まで感じるほどの強烈な熱風を撒き散らしながら、まっすぐにノワの方へと向かっていく。
全く動こうともせずに、正面からその炎球を見つめるノワ。
「危ない……!」
「ノワ!危険です、離れなさい!」
このままでは直撃する……!思わず叫んでしまうが、次の瞬間。
『火』
退屈そうにノワがそう呟くと、無造作に前に出した指先から本当に小さな火が飛び出した。
それは目の前の巨大な炎球へと飛んでゆき。
バンッ――
炎が、弾けた。
「……え?」
誰もが、言葉を失った。
そこにあったはずの巨大な炎球は、もうどこにも見えない。まるで中心から焼き切られたかのように、周りに小さな火の粉のようなものが舞っているだけだ。
「この程度か。……つまらんな」
「そ、そんなバカな……!!これは我が国最高峰の火の精霊術だぞ!?なぜお前が使える!?」
「ん?言っておくが、俺はそんな……つおん?です、がいすたす……みたいなやつは知らん」
とても怪しい発音で、先程の精霊術を真似するノワ。いや正直私も全然聞き取れなかったが、多分こういうのはかっこよさが大切なのだろうと思う。
「俺が使用したのは火の魔法の初級術だ、そこらの低位魔族……なんなら魔獣にも使えるだろう」
「なっ…!」
初級で最上級と対等に渡り合う。魔法や精霊術に詳しくない私にもわかる。
(規格外過ぎる……!)
絶句する私に、ハクが静かに告げる。
「ええ、悔しいですが……あれが我ら魔族が誇る『最強』、『黒の業火』ノワールです」
「なぜ、なぜそんなものが我らの全力と相打ちになるのだ!認められん!」
「実力差というやつだろう。
…ああ、それと」
そう言って、ノワは心底つまらなそうに告げる。
「相打ちではないぞ、良く見ろ」
その次の瞬間。
「きゃぁぁぁ!燃える!私のドレスが!!」
「うわぁ!!助けてくれ!!!」
側妃たちが叫びだす、まさに阿鼻叫喚の様相である。
ノワの放った小さな火は炎球と衝突した後も消滅せず、威力そのままに側妃達の方へと進んでいたのだ。
あっという間に黒焦げになる側妃様。
全身すすだらけ、ご自慢の銀髪は見る影もない。
「ふふっ、なんとも滑稽な様子ですね、ノワ。」
「ああ、良い焼き加減だろう?最大限手加減してみたのだが、案外難しいものだな」
ひとしきり滑稽そうにハクと笑いあったあと、ノワは私の方へと歩み寄る。
「さて、料理はこれで完成だな」
そう言って、私を抱き上げた。
「ま、まてっ……!その子は王家の『罪の証』、渡すわけには!」
目の前の惨状に呆然としていた国王が、声を絞り出す。
「王家の、なんだって?」
それに答えるノワの声は冷たい。
「お前が捨てたのだろう、この子を。もうお前に口を出す権利はない。
これからの人生は、こいつの……リーナ自身のものだ」
そう言って、ふわりと浮き上がった。
「さて、リーナ。
帰ろう、俺達の場所へ」
ノワ――兄の一言に、私は少し照れて、それでも笑って応える。
「……うんっ!」
その日、フォルテ王国は一人の王女を失った。
忌み子と呼ばれ、存在を隠され続けた黒髪の王女。
だがその少女は――
魔王の妹として、新たな人生――いや、魔生を歩み始めたのであった。
少々長くなってしまいました、申し訳ありませぬ。
これにて序章は完結となります。練習も兼ねて書いてみましたが、いかがでしたでしょうか。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます……!!嬉しいですヾ(。>﹏<。)ノ゛✧*。
序章完結(3/13)と同時に、各話のタイトルと全体のタイトルも変更いたしました。色々変えてしまいましたが、これで修正は最後にしようと思っております。
次からはようやく溺愛(?)編に入れるはず……ですので、そちらも読んでくださいますと嬉しいです。本当にありがとうございました!




