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13.魔王の妹になりました

「ハク……だよね?」

「な、なぜ疑問系……お嬢様、まさか私のことをお忘れに!?

いくら座学がお苦手とはいえ流石にそれは……!!」


 真っ白い両翼付きの姿に戸惑いを隠せない私と、その反応にショックを受けているらしいハク。


 そしてなんだか今失礼なことを言いかけなかったか?


「落ち着けブラン、お前のことだからその姿を見せるのは初めてなのだろう?

戸惑うのも無理はあるまい」


 珍しくノワがフォローしてくれた。初めてこの魔王のまともなところを見た気がする。


「……あぁ、そういうことですか。

私はもともと天虎……翼の生えた虎でしたから、飛ぶときには出てきてしまうのですよ」


 そう言って、畳まれた自分の翼を撫でるハク。


(そっか、魔族は魔獣が進化したものだから……その名残みたいなものなのか?)


 人間の尾てい骨みたいなものだろうか、なんて思って眺めていると。


――ブワッ


 かすかな風。次の瞬間――


「んぉっ!消えた!?」


 先ほどまでそこにあったはずのハクの両翼が、いつの間にやら消えている。


「邪魔なので普段はこのようにしまってありますよ、また飛ぶときになったら出しますが」

「言っただろう、こいつは少々派手だと」

「な、なるほど。確かにこれは目立つだろうね……」


 ノワの言っていた「派手に飛ぶ」というのはこの翼のことらしい。


(天使みたいで綺麗、とか思ったけど……)


 隠密性という点では、かなり不利になりそうだ。


(――でも、そっか。


本当に、魔族なんだ)


 あまり実感がなかったが、あの姿を見せられると流石にハクが人ではないと理解せざるを得ない。


 なんだか少し寂しいような気持ちで、彼の背中を見つめていると――


ビュンッ!


「――さぶっ!!」


 吹き抜ける冷たい風に、思わずぶるっと震える私。


 どうやらカチカチに凍った兵たちから漏れ出る冷気が、周囲をキンッキンに冷やしているらしい。


「も、申し訳ありません……!

つい気が高ぶってしまいまして」


 震えている私を見て、慌てて謝罪するハク。やはりこの状況は、ハクの魔法によるものらしい。


「派手にやったな。

流石は『白の氷王(アイス・ロワ)』――ブランシェと言ったところか」

「かなり手加減はしておりますよ、数日もすれば溶けて元通りになるでしょう」

「ほう?

随分と丸くなったものだ。以前のお前であれば問答無用で皆殺しにしていただろうに」

「みなごろし…!?!?」


 愉快そうに笑うノワと、特になんでもないことのように平然と返すハク。


 しかし皆殺しとは……普段の優しそうなハクの様子からは想像もつかない。


「まだ幼いお嬢様の前で、そのような姿は見せられませんよ。

……とにかく、ご無事で本当に良かったです」


 そう言って、ノワの腕に抱かれる私の頭を撫でようと手を伸ばすハク。


 安心してその手に額を預けようとして――しかし。


ヒヤッ


「つ、つめたっ……!!」


 ハクの手が私の額に触れた途端、その氷のような冷たさに思わず叫びノワにしがみついてしまう。


「ほーう?お嬢様が嫌がっておいでのようだが。

執事殿、これは失態では?」

「くっ……!」


 ニヤニヤしながら、ノワは私を抱いたままハクから離れる。


 悔しそうなハクは、しかしそれ以上距離を詰めては来ない。


「……仕方ないですね、お嬢様はしばらくあなたに預けます。ただし!!

くれぐれも丁重に扱いなさい。さもないと――」


 そう言って、無造作に出した右手から。


ピキッ


(ひゃぁ……)


 出来上がっていく氷の結晶。


 それは無表情で氷を生成するハクの手から離れ、そのままノワの周囲を囲んでいった。


「ハク、流石にやりすぎじゃ」


 止めようと思い、声をかけたのだが。


パチン


 突如として聞こえた音、ノワのものだ。


ジュッ


 氷が、一瞬にして溶かされる。


「……チッ」


 舌打ちするハク。どうやらノワの魔法がハクの氷を溶かしたらしい。 


「はは、そう怖い顔をするな。

魂は半魔と言えど、こいつの体は人のものだ。割れ物だと思って大切に扱わせてもらおう」

「……頼みましたよ、我が君」


 不承不承、と言った感じでハクは引き下がった。


(後で、ハクにちゃんと感謝と――謝罪も伝えなきゃな)


 内心でそう決心する私。すると突然――


トンッ


「……っわ!?」


 地面に下ろされる私。急なことでバランスを崩す私を、ノワはそっと支えて。


「リーナ」


 少ししゃがんで、私を目線を合わせる。


「……はい」

「ブラン、いやハクから大体のことは聞いている。

このままでは――お前は明日、すぐにでも処刑されるだろう」


 言葉を選ぶかのような間。


「……少なくとも。

もう、この国にはいられまい」

「そう、ですね」

「だから、もう一度チャンスをくれ」


 真剣な瞳。


「どうか。


――俺の妹になってくれないか」


 そこに映るのは、ただ私の姿のみ。


(……ああ)


 これまでの人生で。


 これほどまでに私のことを考えた目をしてくれた人など、果たしていたのだろうか。


 ただただ見つめ返していると、横のハクがそっと動く気配。


「……私からも。


どうかお願いします」


 そう言って、片膝をついて頭を下げる。


「お嬢様の居場所を奪ってしまったのは、浅はかな決断をした私の責任でもあります」

「――そんな、こと」

「きっと否定してくださるのでしょう。

……けれどこれは確かな事実です」


 うつむいた表情は見えないけれど――その声には、確かな後悔と懇願の色が。


「このままでは私は、一人の主すら守れなかった汚名を背負って生きることになります。

……どうか私を、これからもお側に置いてはくださいませんか」

「ハク……」

「私に、その罪滅ぼしをさせてください」


この場の決断は、ただ私に委ねられていて。


――王家の恥。

――忌み子。

――黒髪の王女。


そう言われて育った私は、

自分で何も決められなかった。


最後の瞬間すら、

冤罪を着せられ、

弁明の余地もないまま焼かれるだけ。


「……バカだなぁ」


(本当に、バカだ)


 最後まで、『家族』を期待していたなんて。


「……もう、

終わってもいいかなって思ってた」


(その私を)


 初めて、必要としてくれている。


 助けに来た、と言われて嬉しかった。


 不器用なノワの優しさだって、ちゃんと届いている。


「……なんだか。

皮肉、だね」


(私はまだ、自分が魔族だって受け入れられないのに。


……いつだって優しくしてくれたのは、その『魔族』なんだ)


 ハクにノワ。私から見れば、この魔族《ふたり》のほうがずっと――


 「人情深い」というものだ。


「――ふふっ」


 思わずこぼれる笑み。


 真っ赤な彼の瞳は、気遣うように揺れて。


「お前が嫌なら、断って――」

「ノワさん」


 くすぐったいような気持ち。


(……このまま行けば、どうせ明日にでも終わる命だ)


 それならば。


「――末永く。


よろしくお願いします」


 この人と一緒に。


 足掻けるところまで、進めるところまで――行ってみよう。


「……っ!」


 見開かれる瞳。


 まっすぐ返される視線を感じながら、ふと思う。


(……ん?

この口上、合ってるのか?)


 雰囲気で言ってしまったが、嫁入りでもないのに末永く――というのはどうなのか。


(妹になる場合、なんて言うんだろ)

 

 心の中で結構真面目に悩んでいたが、どうやらちゃんと気持ちは伝わったらしい。


「……ああ。よろしく、リーナ。

俺の、妹よ」


 そう言って、ノワは心底嬉しそうに私の額に……


フワッ


 口づけをした。


「……



………っ!?」


 一瞬何をされたのかわからずフリーズし、そしてみるみる顔が火照っていくのを感じる。


「はは、顔が真っ赤だぞ」


ピキピキッ、ピキッ


 面白そうに笑うノワの背後、空気が凍りついていく気配。


「……は?何やってるんですかノワ、それ私のお嬢様ですよ。

――凍らされたいんですか?」

「いや、たった今俺のものになった。

残念だったな、俺に負けるのはこれで2回目か?」


 くくっ、と笑うノワ。


 結構本気の顔でハクが氷の結晶を生成し始めたので、必死に止めていると。


「こ、これは……!!どういうことだ!」


 凍らされた数多の兵と、私達を見て叫ぶ声。


(……国王)


 どうやら、お出ましのようである。


「あなたっ……!やっぱりあの『忌み子』よ!

災いを運んできたんだわ。見て、あの黒と白の男たち!」


 その隣には側妃と、後ろには複数人の臣下と見られる者たち。


 全員が銀髪であることから察するに、おそらくこの国の精鋭たちだろう。


「ふむ、リーナの元父親か。

元父親殿、ちょうどいいところに」


 やけに「元」を強調しつつ、のんびりと言うノワ。


「……お嬢様、こちらへ」


 ハクが何かを察したように、私を抱き寄せ距離を取る。


「何だお前は……!」

「たった今、こいつの兄になったものだ。


――リーナは、この魔王ノワが貰い受ける」


 途端にざわつき始める周囲。


(まあ、魔王って聞いたらそりゃそうなるよな)


 特に焦り、恐怖に顔を引き攣らせるのは国王。過去になにかあったのだろうか。


「魔王が、なぜここに!」

「お前が処刑しようとしていた娘を貰い受けるだけだ。何か不都合でも?」


 かなり煽り口調で笑いながら返すノワ。


 どうやら、その煽りに先に乗せられてしまったのは側妃らしい。


「あなた、魔王だろうがなんだろうが関係ありませんわ!

この神聖なる王宮に許可なく立ち入っただけで万死に値します!」

「ま、待てシルビア!そやつが本物の魔王ならば……」

「お前達、やっておしまいなさい!」


 側妃の掛け声に合わせ、後ろに控えていた銀髪の者たちが前に進み出て詠唱を始める。


『我らが精霊よ、乞い願う。今こそその偉大なるお力を我らにお貸し給え……』


(うーん、いつものことながら長いな。これ唱えている間に倒せるんじゃ)


 そう思い、ノワの方を見るが。


「っ……!」


――ははっ


 これまでに見たことがないほど楽しそうな……それでいて、残忍な笑み。


 何者をも恐れぬそれは、まさに――


(――魔王)


 続く詠唱。


 息を呑んで見守っていると、ついに――


『精霊の怒り(ツォルン・ガイステス)!』


 彼らの手のひらに、火が灯る。


 それらはみるみるうちに集約し、そして。


ゴウッ!!


「なに、あれ……大きすぎない!?

あんなものが飛んできたら……!」


 巨大な一つの、炎球となった。


「ノワ!あの術は……!」

「おほほほ、黒焦げになるが良いわ!この術を受けて生きて帰れたものなど過去一人も居はしない!」

「魔王だろうが、俺達の精霊術には勝てるはずがない!」


 少し距離を取った私にまで届くほどの、圧倒的な熱風。


 そしてそれは――まっすぐ、ノワの方へと向かっていく。


(――ノワ!!)


「……ふむ」


 全く動こうともせずに、正面からその炎球を見つめるノワ。


「危ない……!」

「ノワ!危険です、離れなさい!」


 このままでは直撃する……!思わず叫んでしまうが、次の瞬間。


『火《ファイア》』


 退屈そうにノワがそう呟くと、無造作に前に出した指先から本当に小さな火が飛び出した。


 それは目の前の巨大な炎球へと飛んでゆき。


バンッ――

 

 炎が、弾けた。


「……え?」


 誰もが、言葉を失った。


 そこにあったはずの巨大な炎球は、もうどこにも見えない。


 まるで中心から焼き切られたかのように、周りに小さな火の粉のようなものが舞っているだけだ。


「この程度か。

……つまらんな」


 ふ、と指先の炎を吹き消して。


「そ、そんなバカな……!!

これは我が国最高峰の火の精霊術だぞ!?なぜお前が使える!?」

「ん?

言っておくが、俺はそんな……つおん?です、がいすたす……みたいなやつは知らんぞ」


 とても怪しい発音で、先程の精霊術を真似するノワ。


 いや正直私も全然聞き取れなかったが、多分こういうのはかっこよさが大切なのだろうと思う。


「俺が使用したのは火の魔法の初級術だ。


そこらの低位魔族……なんなら魔獣にも使えるだろう」

「なっ…!」


(……低位、って)


 初級で最上級と対等に渡り合う。


 魔法や精霊術に詳しくない私だって、それくらいはわかる。


「規格外、過ぎる……!」


 絶句する私に、ハクが静かに告げる。


「ええ、悔しいですが……。

あれが我ら魔族が誇る『最強』――『黒の業火(ランフェール)』ノワールです」


 背後でわめくのは、先程の精霊術師たち。


「なぜ、なぜそんなものが我らの全力と相打ちになるのだ!


――認められん!」

「実力差というやつだろう。

……ああ、それと」


 そう言って、ノワは心底つまらなそうに告げる。


「相打ちではないぞ、良く見ろ」


 その次の瞬間。


「きゃぁぁぁ!燃える!私のドレスが!!」

「うわぁ!!助けてくれ!!!」


 側妃たちが叫びだす、まさに阿鼻叫喚の様相である。


 ノワの放った小さな火は炎球と衝突した後も消滅せず、威力そのままに側妃達の方へと進んでいたのだ。


 あっという間に黒焦げになる側妃様。


 全身すすだらけ、ご自慢の銀髪は見る影もない。


「ふふっ、なんとも滑稽な様子ですね、ノワ。」

「ああ、良い焼き加減だろう?最大限手加減してみたのだが、案外難しいものだな」


 ひとしきり滑稽そうにハクと笑いあったあと、ノワは私の方へと歩み寄る。


「さて、料理はこれで完成だな」


 そう言って、私を抱き上げた。


「ま、まてっ……!その子は王家の『罪の証』、渡すわけには!」


 目の前の惨状に呆然としていた国王が、声を絞り出す。


「王家の、なんだって?」


 それに答えるノワの声は冷たい。


「お前が捨てたのだろう、この子を。もうお前に口を出す権利はない。


これからの人生は、こいつの……リーナ自身のものだ」


 そう言って、ふわりと浮き上がった。


「さて、リーナ。


帰ろう、俺達の場所へ」


 ノワ――兄の一言に、私は少し照れて、それでも笑って応える。


「……うんっ!」




 その日、フォルテ王国は一人の王女を失った。


 忌み子と呼ばれ、存在を隠され続けた黒髪の王女。


 だがその少女は――


 魔王の妹として、新たな人生――いや、魔生を歩み始めたのであった。

少々長くなってしまいました、申し訳ありませぬ。

これにて序章は完結となります。練習も兼ねて書いてみましたが、いかがでしたでしょうか。

 

ここまで読んでくださった方、本当に嬉しいです!

ありがとうございました……!


3/13 序章完結と同時に、各話のタイトルと全体のタイトルも変更いたしました。


6/26 表現の修正を行いました。

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