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魔法を愛しすぎる令嬢、毒舌魔導書に恋愛黒歴史を暴かれ教育される~恋愛補習は期間限定~  作者: 水主町あき


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2/2

恋を教えてくれた人

※こちらは後編です。

前編「恋愛補習は期間限定」の続きで、物語は本話で完結します。

 突然の問いに、戸惑った。


「え……それは、もちろん……」


「じゃあ、何が好きなんだ?」


 私は口を開きかけて――閉じた。言葉が出てこない。


「彼の何が好きなんだ。顔? 優しさ? それとも――」


 ローナンが私をじっと見てくる。


「それとも、『誰かを好きになりたい』から好きになったつもりなんじゃないか?」


 その言葉が、胸に刺さった。

 カールの何が好きなのか。改めて問われると、答えられなかった。


 ――私、皆に追いつきたかっただけかもしれない。


「……分かりません」


 何も言えなくなって、私は部屋を飛び出した。


 気が付いたら、騎士科の訓練棟の近くに来ていた。

 向こうからカールを含めた数人が歩いてくる。なんだか気まずくて、咄嗟に物陰へ隠れた。


「カール、学院祭、誰と行くんだ?」


 一人の男子生徒がそう言うので胸が跳ねる。


「エリナを誘ったよ。今返事待ち」


「エリナ・フォンブルーム? あの魔法のことばかり話してる子?」


 少しからかい気味の声に体がこわばる。


「あの子、可愛いけど、ちょっと変わってるよな」


 カールは普段通り穏やかに応じた。


「彼女の友だちが他の人と約束してるのを見た。一人だと寂しいだろう? 俺で良ければ付き合うよ」


 赤髪の女子生徒が少し咎めるような声を出した。


「カール。学院祭へ一緒に行くって意味分かってる?」


「うん? 仲の良い者同士で行くんだろう?」


 周囲はなんとも言えない顔をして黙ってしまう。

 私は彼らに見つからぬよう、その場をそっと離れた。

 どうしようもなくて、いつもの部屋に戻った。


「ローナン、カールは私に同情して誘ってくれただけでした……」


 私は崩れ落ちそうになりながら続けた。


「あんなに特訓して上手に話せるようになったのに、学院祭に行く意味が……」


 ローナンは静かに息を吐いた。


「……エリナ」


 ローナンは、少し困ったように笑った。


「技術でどうにかなるなら、俺は百年も苦労してない」


「でも、私――」


「お前は真面目すぎる。『恋をしなきゃいけない』『普通にならなきゃいけない』って、自分を追い込んでる」


 ローナンは優しい目で私を見た。


「無理に好きにならなくていい」


 その瞬間――。

 気づいてしまった。

 私が好きだったのは、カールじゃない。

 皆と同じように恋をしている自分に、安心したかっただけだ。


 私が会話の特訓を頑張れたのは、カールのためじゃなくて。

 ローナンに褒めてもらいたかった。

 ローナンと一緒にいる時が、楽しかった。

 ローナンの笑顔が見たくて――。


 ――あの時、窓辺で星を見ていたローナンの横顔。その寂しげな微笑み。


「あ……」


 ローナンが、苦笑した。


「気づいたか」


「え……」


「俺は契約の時点で、お前の深い心に入れる。つまり――お前が本当は誰を想ってるか、分かってた」


 顔が真っ赤になった。


「なんで言わなかったんですか!」


「お前が自分で気づかなきゃ意味ないだろ」


 ローナンは私の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「恋ってのは、自分の心と向き合うことから始まるんだ」


 涙が出そうになった。


「でも……あなたは魔導精霊で……契約が終わったら消えちゃうんですよね……」


 ローナンは少し寂しそうに笑った。


「ああ。契約は一ヶ月。あと三日で俺は本に戻る」


「そんな……」


「でもな、エリナ」


「お前が自分の心に気づけて、俺は嬉しいよ」


 優しい声だった。


 * * *


 俺には、エリナに隠していたことがある。

 俺は、魔導精霊ではない。


 百年前――俺は、ただの魔法使いだった。

 新たな魔法を求めて生まれた国を出た。


 いくつか国を超えた先で、ある姉妹と出会った。

 彼女たちは、伝説の一族の末裔だった。

 一族にのみ受け継がれる読心魔法を、守る立場にある姉妹。


 妹は、俺に惚れた。

 俺の気を引こうとして、彼女は次々と魔法を教えてくれた。

 彼女の好意には気づいていたが、応える気はなかった。

 魔法さえ学べれば、それでよかったからだ。


 やがて妹は焦れた。

 そして――俺を繋ぎ止めるために、一族でも禁じられていた読心魔法を口にした。


「これで、あなたは人の心が分かるわ。素敵でしょう?」


 俺は、その技術に夢中になった。深く考えもせずに、その力を使い始めた。

 だが――それは一族の者、もしくは一族に加わった者だけが許される魔法だった。

 制約を破れば、呪いが発動し、心が失われ、やがて死に至る。

 呪いの兆候が現れ始めた時、妹は言った。


「結婚して。そうすれば、あなたは一族の一員になれる。呪いも解ける」


 でも、俺は――。


「君を愛するつもりはない」


 そう答えた。


 妹は泣き叫んだ。事情を知った姉は激怒した。けれど、姉は冷静だった。呪いはすでに深く根を張り、通常の方法では解けない。

 残された時間もわずかな中、姉は方法を見つけた。


「あなたを魔導書に封じる。呪いの進行を止めるには、それしかない」


「それは……罰ですか?」


「違う」


 姉は悲しげに首を振った。


「これは、あなたを生かすための手段。そして――あなたが本当に人の心を理解するための、道」


 魔法陣が輝く中、姉は告げた。


「百人の恋を見届けなさい」


 姉は呪いを百に分けた。

 一族と縁を結ぶ者には、呪いは牙を剥かない。

 百分の一にしたことで、その国のほとんどの人間が一族と見なされることになった。

 一族を結び付けることによって、俺の呪いは少しずつ消えていく。


 俺に恋の授業を頼む人間が現れたとき、俺は魔導書から出られる。

 読心の力は残り、それが唯一の武器だった。力を得たことで呪われ、その力で贖いを果たそうとする――なんとも皮肉なものだ。


 九十九人。告白に踏み出せない者の背中を押し、喧嘩別れした恋人たちを仲直りさせ、すれ違っていた心を繋いだ。

 そして百人目――エリナ。

 エリナが俺を見る目が変わっていくのに気づいた時、俺は焦った。


(……まずいな)

 でも――止められなかった。彼女の笑顔を見るたび、胸が温かくなる。魔法の話をする彼女の輝く目が、愛おしい。


「……俺も馬鹿だな」


 彼女をカールと結びつけなければ、俺は再び本の中だ。

 でも――もう、心を偽れない。

 契約が終われば、俺は本に戻る。


 ――それでもいい。

 エリナの笑顔を見られたなら。


 * * *


 最終日。ローナンの周囲に契約解除の魔法陣が輝いている。


「じゃあな、エリナ」


「待ってください!」


 魔法陣の光が近づいてくる。ローナンは目を細め、笑った。


「本当は、もう少しここにいたかった。でも、規則は規則だ」


 私はローナンの手を掴んだ。


「私……ちゃんと言います」


 声が震える。でも――言わなきゃ。


「好きです、ローナン」


 胸の奥から、言葉が溢れた。


「あなたの毒舌も、意地悪も、全部。でも一番好きなのは――私の魔法愛好家な部分を、否定しなかったこと」


 涙が頬を伝う。


「あなたが初めて、私のありのままを認めてくれたんです」


 ローナンは驚いた顔をして――。それから、少し困ったように笑った。


「百年かけて、……やっと、人の涙を拭えたな」


 その指が、とても優しかった。

 そのとき、魔法陣が強烈な光を放った。


「え?」


 目を見開いた。

 魔導書は光の粉になってほどけ、そこにローナンだけが残った。

 ローナンは驚いたように、自分の手を見つめた。


「……そうか」


 光の粒が、掌の上で瞬く。


『ようやく、気づいたのね』

 女性の声が響く。優しく、そして少し寂しげに。

 ――魔導書を作った、魔女の声だろうか……?


『恋する者たちが、誰を選び、どう生きるか――それを、見守ること。心を知ること。それが、あなたへの言葉の意味だった』


 ローナンは、私を見た。


『百人目の恋を見届け、自分の心を受け入れる。それが、呪いを解く鍵だったのよ』


「……あなたは本当に、回りくどい」


 ローナンは、私に本当のことを教えてくれた。

 心を知らずに心を見れば呪われる。完全に呪いを解くには自分の真の心を知らなければならない。

 魔導書にローナンを封じたのは罰ではなく、授業だった。

 ――恋は、理屈ではなく、痛みと温もりでできていると。


「今度はずっと、お前の恋の手ほどきをしてやる」


「はい……!」


 ああ、もう。毒舌で意地悪で、でも誰より優しい恋の師匠。

 月明かりの中で、私はもう泣かなかった。代わりに、笑った。

 窓に私の顔が映る。それは、恋を知った顔だった。


 翌日、廊下でカールに会った。


「エリナ、この前の誘い、どうかな?」


 カールの爽やかな笑顔。三年間、ずっと憧れていた人。この人と一緒に学院祭へ行く――それは、ほんの少し前まで、私の夢だった。

 でも、今は――。胸の奥で、赤い本が温かく輝いている気がした。


「すみません、カール。ご一緒できません。……実は、ずっと憧れていました。いつも話を聞いてくれて、本当にありがとうございました」


 私はカールの目を見ながら続けた。


「でも……私が本当に求めていたのは、ありのままの自分を受け入れてくれる人だったんです。それに気づかせてくれたのは、別の人でした」


 カールは一瞬驚いたが、すぐに清々しく笑った。


「……教えてくれてありがとう。君がちゃんと選べたなら、それでいい」


 そのとき、赤い髪をした女子生徒が、遠慮がちに声をかけてきた。


「ごめんなさい。話聞こえちゃったんだけど……」


「廊下だから仕方ないですよ。私は気にしてません」


 カールも頷いている。

 私は彼らと別れた。少しして――。


「カール! あたしと祭りに行って!!」


 振り返ると、カールは驚いた顔をしていた。そして、柔らかく笑った。

 もしかして、彼女はカールのことを――。

 良かった。カールにも、彼を本当に想ってくれる人がいたんだ。


 授業を終えて研究室に戻ると、ローナンが待っていた。


「よくやった。今日は七十点だ」


「七十点……?」


「満点は――取りに来い」


「はい」


 そう言いながら、私はノートのページをめくった。まだ見ぬ恋の章を、自分の手で綴るために。


「今度は、俺が学ぶ番だな」


「……じゃあ、授業料、ちゃんと払ってくださいね」

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