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姫様と従者  作者: きいな
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第15話

「いいか、三杉。お前はまだヒールの言いなりになっていると思わせろ。そして私を連れてヒールの元へ行くんだ」

「そ、そんな……行ってどうするおつもりですか?」

「屈辱を晴らす」


 三杉は目眩がしそうだった。ひどく疲れた頭と体には荷が重いと、そのまま流してしまおうかと思ったが、即座に自分を叱咤して言った。

「いけませんよ、姫様。他国の王子といざこざを起こすなんて。国のことも考えてください」

「国なんか関係あるか。奴は最初からそのつもりなんだ。この私を攫ったのだからな」

「え……? さ、攫ったって……」

 三杉は自分の耳を疑ったが、どう反芻してみてもそれ以外の意味には取れなかった。

「姫様はヒール様に攫われたのですか?」

「そうだ。それにお前も一役買っているんだ」

 記憶のない間、自分がどんな役割を演じたのか容易に想像できたらしい。三杉は白い顔をさらに青白くして、呆然と固まった。


「まぁ、お前も攫われたクチだったけどな」

 ひらひらと目の前で振られる破流姫の手に、三杉は我に返った。

「どういう意味ですか?」

 力のない、やや掠れた声が三杉を哀れに見せた。

「どれがだ?」

「え……その、全部が、です」

 三杉にはほぼ一日の記憶がないのだから、自分は破流姫に何をし、なぜ破流姫が攫われ、何がヒールの目的で、どうして今の状況に至っているのかがまったくわかっていないのだ。


 破流姫はどこを掻い摘んで簡潔に説明しようかとしばし考え、結局面倒になって結論だけを述べた。

「つまりだ、私もお前もヒールの奴にしてやられたんだ」


 三杉にはさっぱりわからなかった。とにかく、破流姫がヒールに対して激怒していることだけはわかった。


「だから私が天罰を下してやる」

 そう意気込む破流姫は本気だ。

 破流姫は天罰も下せるのである。後悔などと簡単に言えないような、自分を罵倒し、呪ってやりたいくらいの、ひどく恐ろしい厄災を与えるのだ。

 一歩手前までを時折経験する三杉には、我が事のように身が竦む思いだ。


「ヒールをぶちのめしてやる。死にたくなるほどの後悔をさせてやる」

 三杉は目眩を通り越して、気が遠くなりそうだった。

「姫様……そんな恐ろしいことを考えずに、話し合いで解決しましょう。暴力はいけません、暴力は。あなたは一国の姫君なのですから、自覚をお持ちになって――」

「うるさい!」

 怒鳴りつけられて三杉は首を竦めた。

 ヒールに向けられる破流姫の怒りが、三杉に飛び火したようだ。

「やられたら倍にして返す。それが基本だろ! お前こそ仮にも剣を持つ者ならその腕を有効に使え!」

 やられたらやりかえすでは何の解決も見ない。新たな火種を生むことがわからないではないだろうが、怒り狂った破流姫はもう聞く耳持たずだ。

 そして諌める三杉も、怒気に当てられて何の役にも立っていない。

「で、でも姫様……」

「お前は何のために私の従者をやっているんだ? 私の護衛もできないようじゃ、城にいる資格なんかないんだぞ? ここにいたいならそうすればいい。ヒールはお前が気に入ってるようだからな。私は一人でも帰るぞ」

「そんなぁ……」

 所詮、破流姫には逆らえない三杉なのだった。



 ◇



 破流姫を追い出してからしばらく、ヒールは窓の外を睨んでずっと大乱闘を思い返していた。


 破流姫と言えば、誰もが羨むほどの美貌を持ち、国王代理として政治を動かすことのできる賢さも持ち合わせ、それでいて女性らしい自愛に満ちた、いうなれば女神のような女性だと巷では噂されている。だから世の王子たちはこぞって破流姫を妃に迎えたいと願っている。


 しかし、見ると聞くとでは大違い、人の噂などまったく当てにならないことを、ヒールは身をもって知った。


 確かに破流姫は美しかった。怯えているだろうと思いきや、意に反して鋭い眼差しを向けられたが、それでも破流姫は美しかった。

 賢いかどうかはわからない。人の変わった三杉を見せつけられて動揺はしていたものの、手放すなら殺してやるとは、一介の従者にどういう執着心だ。挙句の果てに自害を選ぶなど、賢いのか愚かなのかわからない。

 女性らしさはない。まったくない。皆無だ。怒りで我を忘れたせいかもしれないが、街で腐っているならず者と何ら変わらない言葉遣いと暴力。そしてあの剣術は姫君に必要のないものだ。なぜ剣術を身に付けているのか。趣味ならもっと淑やかなもの――例えば絵だったり歌だったり――が普通ではないか。せいぜいが乗馬といったところか。


「おい。あれは本当に破流姫なのだろうな?」

 同じく物思いに耽っていたローブの男に、ヒールは訊ねた。

「三杉と一緒でしたし、はっきり姫様と呼ばれていました」

 そう断言するのだから間違いはないのだろうが、いささか納得できずにヒールは唸った。

「噂通りではありませんか」

 護衛の一人が嫌味ったらしく言った。

「才色兼備のマリーの再来か?」

「人の噂とはいい加減なものですからね。風変わりでよろしいのでは?」

 無責任にそう言うと、ヒールは癇癪を起して怒鳴った。

「危なくて近寄れもしないだろう! お前がもっと情報をつかんでおけば良かったんだ!」

「私のせいですか? とにかく二人を掴まえてこいと言ったのはヒール様ですよ? 噂なんかを鵜呑みになさるからこういう目に合うんです。破流姫様の性格までは私は責任取れません」

 それは尤もな言い分だ。言い返すこともできずに口を噤み、攻める相手を変えた。

「術をかける前にわからなかったのか? 部屋で対面したのだろう?」

 黒いローブの男も少しばかり気を悪くして言った。

「休んでおられたのですからわかるはずありません。私だって破流姫があんな乱暴な方だとは思っていませんでしたし」

 あんな乱暴、を五人ともが思い出して、一瞬、変な沈黙を作った。

「妙な剣を身に着けているとは、さすがに思いませんでしたね……」

 黙っていた護衛の一人がぽつりと言った。

「しかも我々に向かってくるとは……」

 もう一人が続けると、五人の間を冷たい風が通り過ぎて行ったように感じ、薄ら寒くなって身震いした。


「悪知恵働かせて何の相談だ?」

 五人は飛び上がりそうなほど驚いて振り返った。

 いつの間にか破流姫がそこにいた。三杉の後ろで、目をらんらんと光らせている。


 呼んでもいないのになぜここへ? なぜ三杉が連れて?


 五人の頭の中を疑問符が飛び交った。動揺して誰一人口を開かない。


「愛しのヒール様。あなたに会いに出向いてきましたわ」

 棒読みの台詞もさることながら、ニヤリと笑った不敵な笑みに、広間は凍りついた。

 コツン、コツン、と耳に届く破流姫の小さな足音は、近づくにつれてヒールの動揺を大きくさせていった。

 強張った表情で破流姫を見つめるしかできず、指が白くなるほど椅子の袖を握り締める。それでも逃げ出したい衝動を堪えるだけの自尊心はわずかに残っていたために、立ち上がる事だけはしなかった。

「わざわざ会いに来ていただけるとは光栄です、破流姫」

 二人が目の前まで来ると、ヒールは口元を引きつらせ、やや上ずった声で強がりを言った。


 五人が注視している中、破流姫はそれに答えず、何やら小さく口を動かした。

 三杉がスッと右に避け、ローブの男の正面に立った。男は不思議そうに三杉を見上げた。三杉は男に軽く頭を下げ、

「すいません。ごめんなさい」

 と謝ってから、男が疑問に思うよりも早く鳩尾を拳で突き上げた。妙な術が使える分、体力は乏しいのだろう。男は呻くこともできずに、子供のように軽く吹き飛んで動かなくなった。


「み、三杉……お前……!」


 狼狽えるヒールを見て、破流姫は高笑いした。

「お前の切り札もなくなったわけだ」

 ヒールは真っ赤になった顔を醜く歪め、歯軋りした。

 それは破流姫をとことん愉快にさせた。


 満面の笑みを浮かべて両手を広げ、楽しげに声高に言った。

「さぁ、楽しい遊戯を始めよう!」


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