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私は頑張るあなたの味方!  作者: #N/A
第二章 『若葉色の絆』
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第2話 いつもの場所

 渚は鳴上の存在にも『いつものコスプレコーナー』にもすっかりと慣れ、好奇心いっぱいの目で毎日鳴上のガチムチコスプレショーを眺めていた。


 そんな自分の彼女に若干複雑な感情を抱かないでもないヒロだが、それが渚にしては珍しいという事も理解していた。


 何故なら渚は基本的に、ヒロと二人きりでないと許せない質の女だからだ。


「私の究極形態『最終(ファイナル)・キューティクル・ユニバース』。これを使わせたことは褒めてあげる。宇宙などちっぽけと気づかされる『世界』そのものよ。あなたの今世に来世、全時空全並行世界においてのアナタの穢れた魂をキヨメ祓うわ………」


 神妙な表情でそう言った鳴上は手に持っているプラスチックのステッキを、大きく振りかぶる。


「ねえ、ヒロ」

「うん?」

「私のこと好き?」


 渚はヒロの腕を宝物のように抱きしめて、鳴上のショーから目線を逸らすことなく訊ねた。


 突然の問いに、普通ならどう返すかを困惑するかもしれない。だけどヒロは特に慌てることも、表情を変えることもなかった。


 何故なら渚は交際が始まった日以来、一日に一回以上は必ずこの質問をしてくるからだ。


 交際が始まってまだ一週間と少し程度だが、その質問をされた回数は実に十回以上にのぼる。なんて答えてやれば渚が満足してこの質問をやめるのかは、謎だった。


「好きだよ」

「ほんと?」

「うん」

「私も、ヒロが好きー」


 そう言った渚は心から満足したように笑い、頭をヒロの頬にすりすりと擦り付けた。その仕草のあざとさときたら、悪役令嬢すら驚愕の洗練具合だ。


 ヒロは苦笑いしてそれを受けると、訳の分からないダンスを踊り出す鳴上を見ながら渚の頭に手を乗せて撫でた。


 渚は頭を撫でると喜ぶというのは、ヒロがここ最近学んだことの一つだった。


 しかしその手つきは優しくない。不器用なオッチャンが泣いている小さな子供をあやす時みたいな、わしわしとした手つきだった。


「ぷー」

「ん?」

「もっと優しくがいい」


 渚は頭を撫でられながら、ほんの少し不満げにヒロを見つめる。


「そうなの?」

「うん」

「分かった」


 前だけを見て不満げな渚へ視線を返さずに、その訴えに承諾したヒロ。


 そして───鍋でもかき混ぜるみたいにもっと動きを大きく、早くした。


 渚の柔らかくて美しい髪が、ヒロの器用ではない手によってくしゃりと無造作に跳ねる。だけど、その動きはわざとだった。


 いつも俺に悪戯をしてくるから、仕返しだ。


「やー!いじわる!」

「え?なんのことかな?」


 大きく早い動きにぐわんぐわんと視界が揺れ、驚きに目を見開いて悲鳴を上げる渚。そんな渚にヒロは構わずに、頭をわしわしとさすった。


 悲鳴を上げた渚を、ヒロは一応ちらりと見てみた。しかしそれは、自分の感覚を疑う結果に終わる。


 だって頬を桜色に染めた渚はへらへらと笑みを浮かべていて、どうしても嫌がっているように見えなかったから。


「んん……!いやーっ!」


 再び上げた悲鳴だってそうだ。嫌がっているどころか、有頂天な感情すら見え隠れした声に聞こえる。


 これは自分の捉え方がおかしいのだろうか。渚を誤解したくなくて、負の感情を全く感じさせずに自分の手で揺れ続ける渚をヒロはまじまじと見る。


 純粋な悪意が無くたって、被害者の心情を履き違えていれば加害者となり、いじめになる。それを考えると、恐ろしさすら覚えずにはいられない。


 しかしそれはそれとして更にダイナミックな動きを付け加えてみると、渚の身体全体が揺れた。


 何だか少しだけ面白くなってきて、ヒロはそれを続行する決断に至り───



 バチン。


 振り向いた渚が、わりと容赦の無い強さでヒロの頬をビンタしていた。


 大きく勢いをつけて叩きつけられた手のひらは、鼻の奥がつんとするほどの痛みをヒロに与えていた。


 本当に痛かったので、ヒロは思わず僅かに涙を目に浮かべて顰めた頬をおさえる。


 しかしそんなヒロのことなど眼中に入れずに、渚は乱れた髪の毛を両手の指先で整えていた。


「理不尽だろ」

「何のことー?」


 渚はちょっと怒っている。


 このモードに入った渚は、ご機嫌を取ってあげるまでまともに口を聞いてくれない。


「ごめんって」

「………」

「やっぱり、よく見ると渚って超可愛いよな」

「………」

「よく見なくても超絶可愛いんだけどな。はは」

「………」

「言うの忘れてたけどさ、最近前髪ちょっと切った?その長さかなりいい感じじゃん」

「………」

「あとさ。この間渚が観たいって言ってた映画公開日決まったらしいよ。予約しとくから今度一緒に」

「うるさい」


 はい、無事に撃沈しました。


「これがァァァァァッ!!超魔法…………!アルティメット・テリヤキ・ユニバースだッッッッ!!!!前世から反省してその目に焼き付けろッ!!!!!……そして。そのはみ出している汚い鼻毛はちゃんと外出前に切りなさい」


 ステージで炸裂した、鳴上による『甘目まどか』の究極必殺技と決めゼリフ。そしてギャラリーは、大人が何人いれば収拾がつくのかも分からないほどの歓声となった。


 あれの何がいいのかは、今でもよく分からない。赤く腫れた頬を撫でながら、ヒロは静かに読書でもするような目でステージを眺めていた。


 渚の方へ目を戻すと、隣にいる彼女は心底不貞腐れた表情で足を組み、スマートホンをいじっていた。


 心なしか先ほど謝罪していた時よりも、冷たい目になっている気がする。ヒロはそんな渚に、手を合わせて縋り寄る。


「なぁ。許してくれよぉ」

「………」

「渚そういえばさ!ネイル変えた?黄色好きなんだっけ?可愛いわー」

「………」

「思い出したんだけど、渚が好きって言ってた飯屋で新作出たらしいよ。明日仕事終わったら行こうよ」

「………」

「疲れた?肩でも叩いてやろうか?なんならマッサージ」

「行かないししなくていい。帰りたいもう」


 明日までまともに口を聞いて貰えないコースという事が判明した。


 色々な提案をしてみたものの、不機嫌な渚は揺るがない。がっかりした顔で大きなため息をつき、今には立ち上がってこの場を去ってもおかしくない空気感である。


 なんか、俺も帰りたくなってきた。


「嗚呼!私はここで負ける訳にはいかないわ……。燃え盛る聖なる蝶よ、舞い降りなさいッ!!!あと、その一本だけはみ出た鼻毛を切れッ!!!」


 鳴上も戦っているらしい。膝をつき、さも絶望に呑まれそうになったヒロインかのように目を見開いてその手を天へ伸ばした。


 子供たちからの応援の声が絶え間なく響き、ガチムチの大男が演じる魔法少女へ勇気を与える。


 とりあえず帰りの電車と自宅到着が何時になりそうか調べとくか。


 ヒロはポケットからスマートホンを取り出して、乗り換えサイトを開いた。今日もまあ、帰り着くのは二十一時三十分くらいかな。


「………して」

「え?」

「背中凝ってるからマッサージして」


 不意に聞こえた、消え入りそうな渚の声。ヒロは思わず聞き返したが、渚はマッサージしてもらう気満々のようで、ヒロに背中を向けて座り直した。


 しなくていいって言ったやん。


 ヒロはそう思ったが、流石にそれを口に出すという愚かしいことをする男ではなかった。仕方が無いと思い、渚の肩に手を両手を置く。


 そして肩甲骨付近のツボを、親指でぐいぐい押したりさすったりした。


「あーーー生き返る。サイコ〜〜〜」

「連勤明けの休日に温泉でも入るおっちゃんかお前は」


 純粋に疲れが取れてリラックスしたのか、気持ちよさそうな声を出す渚。そんな彼女の背中を絶妙な力加減でさすり、大円筋下のツボをごりごりと押した。


 本当に気持ちいいらしく、時折「う”お”ー」という、可愛い女の子から出てはならない野太い声が漏れる。


 それに安心してしまうのは小心だからなのだろうか、とヒロはマッサージをしながら思った。


 五分くらいマッサージをしてやると、渚はもういいよと言ってヒロに向き直った。


 そこにあったのはピカピカしたご機嫌で普段通りの笑顔。先ほど怒っていたのなんて、記憶の彼方へ吹き飛んでしまったかのようだった。


「身体軽くなったー。ありがと。褒めて遣わす」

「あ、はい。お褒めに預かり光栄です」

「……ヒロ?なんか反応薄くない?何むんつけてんだよっ♡」


 渚は高笑いしながらヒロの肩をバシン!!と叩いた。


 痛え!むんつけてたのそっちな!??


 ヒロはそう思ったが、機嫌が直ったので良しとするしかない。ひとしきり笑い終えて満足した渚は再びヒロにぴったりとくっついて、今度は腕ではなく身体に抱きついた。


「頭撫でろー?」

「はい」


 今度は優しくゆっくりと、渚の頭を撫でてやる。


 乳幼児にするよりも優しく丁寧なタッチで撫でながら、渚の身体を抱き寄せた。渚は安心したように瞑目して息を吐き出し、ヒロに自分の身を委ねる。


「………ねー。私の髪の毛に、夢中になっちゃったの?」

「なってない」


 渚はヒロの顔を見て、完全に確信を持った目でずいっと覗き込んだ。


 ヒロはドキリとして、そのポーカーフェイスを逸らす。しかし自分でも気づかない間に、渚の髪の毛を夢中ですくって、指先で弄んでいたのは事実だった。


 中毒になりそうな触り心地は、先ほどのような大きな動きではまず気づけなかった。ついつい長く触っていたくなる。


「うそ。私の髪の毛、色んな人に綺麗って褒められるし人気なんだよー?」

「なってないって」

「じゃあ、好き?」

「なにが?」

「私の髪の毛」


 うっわ。なんて返してもめんどくさそうな質問が来た。


「皆様。渾身の一曲を歌わせてください。甘目まどかの魔法少女記 〜耳を揃えて持ってこい〜 オープニングテーマ………『照り焼きは英語でもTeriyaki』」


 ワァァァーーーーッ!!!

 キャーーー!キャーーー!


 コスプレコーナーはもはや、鳴上の独壇場と化していた。


 もともと独壇場だっただろうというツッコミはさておいても、歌うと決めた鳴上の眼光は先ほどまでとは比にならない覚悟を秘めている。”ガチ”とはあれのことをいうのだろう。盛り上がりはついに、ピークに達した。


 そんな光景をベンチから眺めがら、渚の髪の毛を弄び、おもちゃにすることを結局やめることが出来なかった。


 少しでも指の力を緩めれば、サラサラと手からこぼれ落ちていく。まるで、細長い砂だ。


「………ちょっと好き」

「ふーん?」


 渚は興味が無さげに返事をしたが、ヒロの身体に抱きつく腕の力を強めた気がした。


 ほんの少しだけくいっと引っ張ってみる。するとピンと髪の毛が張るのと、腕に抱かれる渚がほんの少し深く息を吐き出すのはほぼ同時だった。


 毛の艶一本一本が、美しい琴の糸みたいに見えた。


「───もっと」

「えっ?もっと?」

「もっと引っ張って」


 渚はどんな顔をしているかをヒロに見せずに、ごくごく小さな声で言った。


 ぽかんとしたヒロは何も言い返せずに、思わず摘まんでいた髪の毛を手放してしまう。渚の髪がさらりと落ちて、ヒロの指をくすぐったく撫でた。


「………っ」

「………」


 抱き合ったままのヒロと渚の間から、会話が消失していた。先ほどまでのじゃれ合っていた空気感が、まるで嘘だったかのように。


 宙ぶらりんになり、何を言えばいいのかも、何を質問すればいいのかもお互いに分からなくなったまま、言葉が霧散してしまったみたいだった。


 抱きついて胸に顔をうずめたまま、渚はその顔をヒロに見せない。ただ、彼女の呼吸が大きく、深くなったのを、ヒロは確かに感じ取っていた。


 何かに歯がゆさを感じたみたいに、渚の腕の力が更に強まる感覚も、同時に。


「あなたは知っているのかしら?月に身を委ね、溺れるほどの全能と孤独に身を揉まれる感覚を。それを知らないならあなたは、生きることすら知らないのよ───喜びなさい。無知は、唯一の救いね」


 鳴上のショーも終わり、割れんばかりの大歓声が上がっても、それはヒロと渚の耳には入っていなかった。


 ───そんなものがか細くて、何百キロも遠くで轟いた音であるかのように感じるほどに、ヒロは渚によってその心臓を大きく鳴らされていたから。


「………私たちさ。もっともっと幸せになろうね」


 不意にそう言ってヒロを心底驚かせた渚の声には、どこか熱っぽさがあった。


「あ、ああ。当たり前だろ」

「私のこと、幸せにしてくれる?ちゃんと」

「うん」


 ヒロは渚の柔らかい手を握って、熱くなった身体をぎゅっと抱きしめた。


 抱きしめられた渚がヒロの出っ張った喉仏に鼻を擦り当てて、深く、心地良さそうに息を吸い込んだ。


 こそばゆい感覚を噛み締めながら、ヒロは絶対に渚を幸せにするのだと誓ったのだった。



 ……………………………………………………



 お風呂を済ませて寝るだけになり、寝室の机に向き合う渚。


 赤らんだ頬に、潤んだ瞳。我慢の限界にでも達したかのような顔で、震えながら日記を書いていた。


 言えるわけないよ……。


 ────ほんとは、頭を大きくわしわし撫でられるのも、髪の毛引っ張られるのも、気持ちいいだなんて。好きだなんて。


 だって、ヒロに引かれたくないんだもの。


 何も返事してもらえなかったけど、きっと鳴上君のショーで聞こえなかったんだよね……?それなら、良かったかも。


 今日も全然上手くいかなかった。ドキドキさせたいなんて思ってたくせに、そう思えば思うほどどうすればいいのか分からなくなって。


 挙句、自分の方がドキドキして、またヒロに当たっちゃった。


 ごめんね、ヒロ。


 ヒロに、嫌われたくない……。


 自己嫌悪に陥って、熱のある涙をこらえながらペン先を走らせる。その時、渚のスマートホンが鳴った。


 それはヒロからの通知だった。


『渚に会えると、俺はやっぱり毎日安心出来るよ。だけど、無理はしないようにね』


 それを見た渚は大きく目を見開き、日記を書いていた事実も返信することもほっぽり出して、衝動的にベッドにダイブした。


 いろいろなことをぐるぐると考えて、いろいろな感情が胸の中を弾けて、それらに結論を見出すことは全然出来ず、


「───大好き」


 それだけ小さく呟いて、絶対にヒロのことを幸せにすると誓い、深い深い眠りについた。




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